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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1章 悪童とお人好し
2/47

その1 レインツェル、思い出す






 人里離れた場所にある大森林の奥深く、太古の昔よりそこに住みつく種族がある。

 エンシェントエルフ。

 女性個体しか存在せず、大聖樹の祝福により転生を繰り返す、神秘と知識を司るエルフ族が、千年以上も昔よりこの地で生活していた。

 清浄な空気に満ちる大森林の最奥に、エンシェントエルフが住まう集落が存在する。


 悠久の時の流れの中、緩やかな歴史を刻むエルフの集落。

 巨木をそのまま家屋として住まうエルフ達の集落で、一際大きな、屋敷と呼んでもそん色のない建物の中では、ちょうど二人のエルフが食卓を囲んでいた。

 時刻は小鳥が囀る早朝で、朝食を取るにはちょうど良い時間だろう。


 木製の低いテーブルを挟んで、対面に座る二人。

 座るのは椅子では無く、床に藁で編まれた座布団を敷いた物の上に、一人は胡坐、一人は正座で腰を下ろしていた。

 横に長く伸びる耳は、エルフ種族共通の特徴だ。

 テーブルの上には野菜を煮込んだスープと、香草のサラダが置かれている。


 一人は眼鏡をかけた、如何にも堅物なイメージのあるエルフのお姉さん。

 対面に胡坐で座るのは左右を白と黒、アシンメトリーな色をした髪を、後ろで三つ編みにしている小柄なエルフの少年だった。


 そう少年。

 彼こそ、女性個体しか存在しないエンシェントエルフで、唯一の男性個体であるレインツェルだ。

 その為、男の子にしては小柄で、とても綺麗な顔立ちをしている。

 特に会話も無く、淡々と食事が進む中、思い出したようにレインツェルは、食事を口に運ぶ手を止めた。


「俺さ。生まれる前、こことは全然違う世界の人間だったんだけど」


 唐突に何の前振りも無く、そう何気ない口調で切り出した。

 向い合せで朝食を取っていた、エルフのお姉さんは、スプーンを握る右手の動きを僅かに止めるが、何事も無かったかのようスープを掬い、口元に寄せると、上品に音を立てず啜った。

 スプーンを口から離すと女性は、


「そう」


 興味が無い様子で、短く言葉を返した。


「おいおいリリーシャ、何だねその素っ気ない態度は。仮にも息子同然の男の子が、割と衝撃的な発言をしているんだよ? もう少し興味を持って頂いてもよろしいんじゃないですかねぇ」


 冷たい態度にレインツェルがそう非難すると、リリーシャは眼鏡越しに、睨むような眼光を向けてきた。

 その迫力に、思わずビクッと身体を震わせる。


「レインツェル」

「お、おう」

「貴方が生まれ、私が貴方の育ての親として暮らすようになり、もう十五年になりますね」

「ああ、そうだな。早いモンだ」


 昔を懐かしむよう、レインツェルは頷く。


「確かに貴方は男子。女性しか存在しないエンシェントエルフの中では、異端とも呼べる存在。口の悪い者達からは、忌み子などと呼ばれたりもしていました」

「その点に関しちゃ、リリーシャには感謝してるぜ」


 閉ざされた封建的な集落の内部は、年長者を中心に保守的な思想が広がっている。

 故に例外的な存在であるレインツェルは受け入れがたく、当初は激しく反発。森林の外に捨てるという意見や、酷いモノでは処分すべし。何て意見まで飛び出した。

 それに対して断固として反対を貫き通したのが、何を隠そう目の前にいるリリーシャなのである。


 リリーシャは集落の長で、百年以上生きる年長のエルフ。

 転生を繰り返す種族故に、エンシェントエルフに老いという概念は無い。反面、他のエルフ族に比べ、肉体的寿命は百五十年ほどだ。

 その為、リリーシャは若い見た目ながら、集落でも最年長に属する。


「長様の鶴の一声で、俺はこうして毎日、暖かい飯にありつけるんだ。感謝感激雨あられ。足を向けて眠れないとは、まさにこのことだ」

「今更何を、白々しい」


 拝む姿に、リリーシャは呆れるよう視線を細める。


「別に感謝される謂れはありません。男子であろうと、大聖樹より生まれし子は等しく同胞、家族です。そこに例外は存在しません」


 眉一つ動かすこと無く、リリーシャはそう言い切った。

 自分にも他人にも厳しい人物ではあるが、こういった懐の広さがあるからこそ、長として一族をまとめていけるのだろう。

 そのおかげでレインツェルは、衣食住に困らない生活を送れるのだ。


「いやいや。当然だからこそ、俺は日々、感謝を忘れないよう心掛けているんだぜ?」

「な、なんですか気持ちの悪い……まぁ、感謝されて悪い気はしませんが」


 煽てる言葉にリリーシャは、思い切り眉を潜めた。

 不審がっていると言うより、急に感謝の言葉を述べられて照れているのだろう。

 ニヤケるレインツェルの視線に、誤魔化すよう咳払いを一つ。


「何度も言う通り、感謝の必要はありません。私達は家族なのですから」


 言いながら、リリーシャは不器用に微笑む。


「ですが、その言葉は大切に受け取っておきましょう……普段は不真面目な貴方が珍しく口にする、殊勝な言葉なのですから」

「おう。受け取ってけ受け取ってけ」

「……その軽いノリだけは、どうにかならないのかしら」


 呆れながら、リリーシャは大きくため息を吐いた。

 思いの外冷たい反応をされた所為で、すっかり本題を切り出すタイミングを見失ってしまい、そのまま木製の食器の中はすっかり空に。食事を終えたリリーシャは、さっさと片づけを始めてしまう。

 同じく食べ終えたレインツェルも、空の食器を重ね立ち上がり、水桶の中に沈めた。


「……はぁ」


 と、先ほどまでの軽いノリとは打って変わって、湿っぽい吐息を漏らす。

 真面目に話を取り合って貰えなかったことに、落胆している……のでは無く、単純に食べたりないのだ。


 エンシェントエルフに、肉や魚を食べる習慣は無く、必然的に口にするのは野菜や果物、穀物を使用したパンなどが中心となる。森の中ということもあり、味付けは薄く、食べ盛りの男子には物足りないだろう。

 成長するにつれ、食に関する欲求は高まるばかりだ。


「あ~。化学調味料の身体に悪い味付けが、懐かしいなぁ。油とか塩分とか、高カロリーの食材が恋しい」


 桶に沈めた食器をサッと洗い、濡れた手を側の手拭いで水気を取る。

 下手に記憶が戻った所為か、昔は差ほど気にならなかった、近代的な欲求がムクムクと顔を出してくる。

 しかし、無い物を欲した所で、どうにもならない。


「……だとすると、アレっきゃないか」


 何事も、創意工夫が大切だ。

 無いなら無いで、存在する物で補えばいい。

 レインツェルが遊佐玲二だった頃からの教訓を元に、早速、今日一日のスケジュールを組み立てた。

 善は急げとばかりに、外へ向かおうとするのを、リリーシャが呼び止める。


「何処に行くのですかレインツェル。今日は朝から精霊魔法の勉強だと、前から言っておいたでしょ。忘れたのかしら?」


 何時の間に用意したのか、古びた書物をダンと、テーブルの上に置く。

 固まるように制止したレインツェルが、首を動かし無表情な顔を向けると、同じく無表情のリリーシャが、クイッと眼鏡を押し上げた。

 見つめ合うこと数秒。


「俺、ちょっと腹ごなしの運動に……」

「お待ちなさいな」


 玄関に向けて一歩足を踏み出すが、肩をガッチリと掴まれてしまう。

 流石は長。文系知的眼鏡と思わせておいて、肩を握る力は中々のモノ。


「ヘイ、ボス。勘弁してくれよ。俺にそっち系の才能が無いってのは、もう大分昔からわかってんだろ?」

「それは単純に、努力が足りていないだけです。足りない才能は、直々に指導する私が補いましょう!」

「――い、嫌だッ! アンタのは指導じゃなくて拷問だッ!」


 昔に似たようなことを言われ、渋々指導を受けたのだが、思い出しても怖気がする。

 別に間違えたりしても、暴力を振るったり、怒鳴り付けられるわけでは無いのだが、感情の薄い口調で、何故間違えたのか、何故出来ないのか、淡々と問い詰められ続けるのだ。それも、丸一日。最後の方はほぼ、精神が死亡していた。


 その日以来、何とかレインツェルは、精霊魔法の勉強を避け続けているのだ。

 今回も何とか抗いたいのだが、肩を掴んだリリーシャは全く隙を見せてはくれない。

 どうやって逃げ出すか。そう思案すると、願いが通じたかのよう玄関の扉が開かれる。


「長ぁ~。いらっしゃいますか?」


 平坦でのんびりとした口調で家を訪ねてきたのは、レインツェルもよく知る人物。

 小柄なレインツェルとほぼ同じ身長で、眠そうな目付きが特徴のオリカという女性だ。

 子供っぽい見た目だが、レインツェルよりずっと年上で、リリーシャの側近を務める。


 レインツェルの誕生に、リリーシャと共に立ち会った人物で、彼にとっては頼れるお姉さん代わりと言えるだろう。

 肩をガッチリ掴まれる、レインツェルの姿に、「おおっ」と気の抜けた声を出す。


「またまたもめ事ですか、レインツェル。お盛んですね」

「お馬鹿なことを言って無いでオリカ。貴女からもレインツェルに……って、ああッ!?」


 気が逸れると同時に、レインツェルは肩を掴んだ手を振り解き、オリカの横をすり抜けて玄関を飛び出る。


「――コラ、待ちなさいレインツェル!」

「ちょっと身体動かしてくる! 暗くなる前には帰るから、じゃあな!」


 呼び止める怒鳴り声に、レインツェルは振り向かず叫んだ。


「森の奥の方へは、行ったら駄目ですよ~」


 止める気の無いオリカのノンビリとした声に、レインツェルは手だけ振って答えた。

 追いかけようかと踏み出すが、すぐに思い直して足を止める。

 年中森の中を走り回っている為か、追い駆けっこで彼に敵う者は集落に存在しない。

 仕方なしに追いかけることを諦めたリリーシャは、こめかみを押さえて、大きくため息を吐いた。


「……全く、あの子は。聖女様の転生体だという、自覚を持って欲しいモノだわ」

「まぁまぁ、長。レインツェルは、レインツェルですよ」


 オリカはマイペースに言う。


「今のレインツェルは、聖女では無いのです。押し付けはいけませんよ?」

「貴女に言われずとも、わかっています……ですが、あまり自由すぎるのも、困り者でしょう。最近、集落の者達にあの子、何て呼ばれているか知ってますか?」

「ああ、悪童のレインツェル」


 そうオリカが言うと、リリーシャは思い切り顔を顰めた。

 元々は彼を快く思わない年長者が、やんちゃなレインツェルを皮肉ってつけた蔑称なのだが、思いの外本人が気に入り、自ら名乗ったりしている為、現在では好意的なエルフ達からもあだ名代わりに呼ばれている。

 何とも豪胆な話だが、真面目なリリーシャには、お気に召さないようだ。


「清く正しく育てたつもりだったのに、何処をどう間違えて、ああなってしまったのか」

「まぁまぁ長。落ち着いて、お茶でも飲みましょう」


 嘆くリリーシャの横をすり抜け、遠慮なく家に上がり込むオリカは、ごそごそと棚を漁り、お茶の準備を勝手に始める。


「……あの子がフリーダムなのは、絶対に貴女の影響があると思うのだけれど」

「え~、そんなぁ。私のような、清廉潔白なエルフを捕まえて~……と、冗談はこの辺りに置いておいて」


 取り出したティーセットをテーブルの上に置くと、オリカは表情を引き締める。


「例の方々。どうやら、近日中にも集落を訪れるらしいですよ」

「……そうですか」


 リリーシャは眉を潜めながら頷く。

 表情には僅かながら、嫌悪感が浮かんでいた。


「正式な手順を踏んで訪れるのなら、我々としても受け入れざるを得ません……何事もなければ、よろしいのですが」


 視線が自然と、レインツェルが出て行った扉の方へ向けられる。

 嫌な予感がする。胸の中でそう呟き、暫し扉を見つめ続けていた。




 ★☆★☆★☆




 自分の本当の名前。

 いや、この場合は、前世と呼ぶべきだろうか。が、遊佐玲二という人間だと思い出したのは、つい最近のことだ。と、言ってもいきなり記憶が覚醒したわけでは無く、断片的に記憶の欠片は残っていて、徐々に思い出したと言うべきだろう。

 そのおかげか、記憶や人格に影響なく、思いの外すんなりと事実を受け入れられた。


 昔から、習った覚えも無い知識や、何処の国のモノかわからない言葉を知っていて、薄々と何かがおかしいと感じていただけに、ある意味で納得のいく答えと言えるだろう。

 逆に言えば、納得しなければ理解不能なほど、不可思議な状況なのだ。


「最も。これが単なる思い込みって可能性も、無いわけじゃないんだよなぁ」


 前世とか生まれ変わりとか、何分自分の中の感覚だけで、証拠も何も無い話。

 誰かに強く「それは思い込みだッ!」と言われたら、そうかなぁ? と思ってしまう。

 日本で暮らしていた時のことだって、細部までハッキリと覚えているわけでは無い。何分、体感時間的には十五年も前のことなのだから。

 精神年齢的には三十五歳。中年と言っても良い年齢だろう。


「うっわ。それ、自分で言ってて、ちょっと落ち込むなぁ……でも、前世と今生だろう? 足しちゃっていいもんかね」


 まぁ、どちらにしても、慌てた所で仕方が無い。

 前述の通り、もう十五年もレインツェルとして、この世界で暮らしているのだ。漫画やテレビが見られないことや、近くにコンビニが無くても不便とは思わない程度には、順応している。

 現代社会を彩る電化製品と利便性は懐かしく思うモノが、此方の世界も悪くは無い。

 何故ならば、男子なら一度は夢見るファンタジーな世界観が、目の前一杯に広がっているのだから。


「そう考えると、何だか目の前の光景が、やたらと新鮮に思えてくるな……あ~。そういや、珍しく予約してまで買ったゲーム、結局クリアーしてねぇや」


 掘り起こされる遊佐玲二の記憶を辿りながら、レインツェルは目新しくも、歩き慣れた道なき道を突き進む。

 リリーシャの魔の手から逃れたレインツェルは、集落を出て森の奥へ。

 最古の森林と呼ばれるだけあって、森の深部はまさに神秘的の一言に尽きる。


 家屋のように巨大な木々が、至る所に立ち並び、これまた巨大な根っ子が地面を割り、大きく表面に突出し、凹凸の激しい特殊な地形を作り出している。樹齢も百年単位の物が多く、時の流れを感じさせるよう、分厚い苔がビッシリと覆っていた。

 見上げると空を覆うように、広がった枝と葉が木陰を作り、キラキラとした木漏れ日を演出していた。


 森の中は意外にも賑やかで、生命力に満ちている。

 姿は見えないが、動物達の気配や息遣いがそこら中に溢れ、緩やかに吹き抜ける風が木の葉を奏でていた。

 何百年、何千年と変わらぬ風景が、この森にはあるのだろう。


「……ん?」


 目的の場所を目指す途中、直ぐ近くに気配を感じて足を止める。

 腰の重心を低くして、息を殺し、グルッと視線を巡らせながら、周囲の様子を探る。

 視線を足元に落とすと、豆粒ほどのコロコロとした黒い物体が。


「動物の糞か……ってことは」


 転がる糞を追うように、視線を地面に這わせていくと、僅かながら草が倒れ、苔が剥がれているのに気が付く。

 意識を聴覚に集中させ、長い耳がピクピクと動かした。

 すると、側の草むらから、僅かな物音と気配を察知する。


「…………」


 更に腰を深く落として、腰のベルトに繋げたナイフを抜く。


「投擲は、草が邪魔だな……距離が近いから、やれるか」


 口の中で呟き、抜いたナイフを口に咥える。

 足音を鳴らさぬよう爪先から地面を踏み締め、草を指で摘み、ゆっくりと気配を殺しながら中を覗き込む。


 草むらの中には、木の実か何かを一心に貪る、兎に似た小動物の背中があった。

 食料が豊富で、動物たちには暮らし易い森の中。丸みを帯びた、良い肉付きをしている。


「……よし」


 食事に夢中になる兎もどきに気取られぬよう、レインツェルは呼吸を止めた。

 右手をゆっくり咥えたナイフに添えて瞬間、素早く左手を伸ばすと、殺気を感じてピンと立てた長い耳を握り締める。

 そして暴れるより早く、右手に持ったナイフで、兎もどきの喉を掻き斬った。


「――ッ!?」


 急所である首の血管を斬られ、兎もどきは抗う間も無く小さな身体を痙攣させると、すぐに力尽きクタッと脱力した。


「よっと」


 レインツェルは右手のナイフを地面に突き刺すよう投げ捨て、絶命した兎の後ろ脚を持つと逆さにする。


「血抜きをしとかなきゃ、肉が腐りやすくなるからな」


 逆さになった兎もどきの首からは、ダラダラと赤黒い血が流れる。

 ある程度、血抜きを追えるとレインツェルは、地面に突き刺さったナイフを拾い上げ、兎もどきを片手に立ち上がった。


「幸先いいねぇ。上手い具合に肉も手に入ったから、獲物を探して森を走り回る手間が省けた……捌くのは、隠れ家に行ってからにするか」


 にひっと歯を見せて笑いながら、レインツェルは更に森の奥へと向かう。

 一見、残酷に見える所業だが、これは狩り。悪戯に命を粗末にする遊戯などでは無く、食べる為に必要な事柄だ。


 菜食主義が当然である集落で、動物性蛋白質を摂取するには、このように自分で行動しなければならない。

 断片的に残る遊佐玲二の記憶の中で、ある程度のサバイバル知識は存在していたが、大部分は他のエルフ達に教わった物。閉鎖的な集落であっても、人数が多ければ変わり者も出てくる。


 これらは、サバイバル知識に秀でたエルフから、学んだことだ。

 他にも狩りの仕方、森の歩き方。リリーシャが聞けば、眉を潜めるモノばかりに、レインツェルは興味を惹かれた。


 中でも一番、レインツェルが熱心に学んでいるのは、剣術だ。

 エンシェントエルフ達の中にも、集落を守る為に剣を持って戦う、兵士のような存在がいるので、彼女達から教えを受けていた。

 魔法の勉強そっちのけで稽古に励んでいたので、今ではそこそこの腕前、の筈。


 同年代の比較対象がいないので、正確なことは言えないが、少なくとも剣を教えてくれたエルフ達からは「もう、教えることは何も無いわ」と、苦笑交じりに言われてしまう程度の実力はある。

 なので最近はもっぱら、独学で剣の修業を続けていた。


「リリーシャはまぁだ、俺が剣を習うのにいい顔しないけどな。いい加減、魔法が使えない俺の無能さを、理解して欲しいんだけど」


 魔法が使えるのなら、興味はそちらに集中していただろうが、残念なことに全くと言って良いほど、そちら方面の才能は皆無のよう。

 何度同じ基礎理論を説明されても、レインツェルにはさっぱり理解出来ない。

 ここらの感覚の違いは、やはりレインツェルの中に、遊佐玲二の存在があるから、なのだろうか。


 レインツェルと遊佐玲二。

 果たして本当の自分は、一体どちらなのだろうか?


「……ま、何て悩んだ所で、現状がどうなるわけでも無いしな」


 森を歩きながら、レインツェルは自分探しの悩みを一笑する。

 レインツェルであっても玲二であっても、今の生活は変わらないし、進んで変えようとは思わない。


「外の世界には興味がるけど、リリーシャが許してくれそうにないしな……ま、その辺りのことは、今は考えなくていいか。幸い、エルフの寿命は長い。のんびりと、今のところは森で、なんちゃってサバイバルを楽しむことにするさ」


 現状を嘆くくらいなら、現状を楽しもう。

 住めば都と言う通り、異世界で過ごすエルフの日々も悪くは無い。

 リリーシャは厳しいが、根っ子はとても優しい人物だ。オリカも変わり者という点を除けば、信頼できる姉代わり。昔は敬遠されていた集落のエルフ達とも、随分と良好な関係を築けてきた。

 何よりも美人エルフの中に、男が自分一人というハーレム状態は、中々に素晴らしい。


「あ~、こういう無邪気さの欠片も無い考え方は、精神年齢三十五歳の弊害かなぁ」


 などと言いながらも、レインツェルのエルフらしく整った顔立ちは、嫌らしく歪んでいた。

 三十五歳と言うより、中学生男子の発想だから、年相応だろう。


「ま、アホな話はさておき、今日の昼食は焼き肉パーティだ! ……ボッチ飯なのは、寂しい所だけど」


 呟きながら、兎もどきを片手に森の奥へと進む。

 千年以上も変わらぬ、悠久の時を生きるエンシェントエルフの中で、明らかな異端であるレインツェル。彼の望む望まざるに関わらず、変化は唐突に訪れるだろう。


 何故ならば、止まっているように思えても、時は過去から現在、現在から未来へと、確実に流れているのだから。





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