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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第3章 武神の娘たち
19/47

その19 大平原の虎






 目の前に広がるのは、一面の大平原。

 起伏が殆ど無く、大地を覆い尽くす緑色の草原と、目が覚めるような蒼穹が地平の彼方まで伸び、曖昧な境界線を描いていた。


 雲一つ無い晴天の空の下、眩く輝く太陽が燦々と日光を照らし続けているが、北方から吹き抜ける涼を纏った風のおかげか、日差しに対して思った程、暑さを感じない。むしろ風が強く吹き続けるから、少し肌寒いと感じるくらいだ。

 カタリナの話では今日は風が強いらしく、普段はもっと暖かい気候らしい。

 日が落ちると気温はグッと下がるらしく、夏場でも厚着をする必要があるとか。


 ただひたすらに、大地が広がっているだけなのに、それが果てまで続くこの光景は、まさしく絶景の一言に尽きる。土地が変われば風景も変わる。当然の事実ながら、自身の目で見てみると、感動に打ち震えずにはいられなかった。

 最初の内は、だが。


 順応力が高いと言えば聞こえはいいが、それはある意味で飽きっぽいことを意味する。

 大平原に足を踏み入れた当初は、上機嫌な様子で無駄にあちこちをチョロチョロしていたレインツェルだったが、丸一日も過ぎるとすっかり変わり映えのしない景色に飽き、ゲンナリとした顔で、両肩を落とした状態で歩いていた。


「……なぁ。まだ着かないのかよ?」


 覇気の無い声で、今日何度目かになる質問を繰り返す。

 荷物を背負った自分の愛馬を引くカタリナは、面倒臭いのか舌打ちを鳴らすだけで、後ろをダラダラと歩くレインツェルを、見ようともしない。

 それでも何度となく同じ問いをするモノだから、仕方なく苛立だしげに答える。


「しつこい。大平原は広いんだから、んな簡単に辿り着くわけないっしょ」

「マジかよ」


 素っ気ない言葉に、レインツェルは湿っぽい息を吐く。

 同じ答えで何度もガッカリ出来るなんて、ある意味でお気楽な奴だと、カタリナは馬を引きながら思った。

 肩をガクンと下に落とすレインツェルの横に、トテトテと近づいてきたドロッセルが、心配そうに顔を覗き込んだ。

 前半はしゃぎ過ぎた為か、表情には薄らと疲労の色が浮かんでいる。


「大丈夫ですか? 疲れたのなら、お姉ちゃんがおんぶしてあげましょうか?」

「いらんいらん」


 そんなこっ恥ずかしいこと、出来る筈が無い。

 ニコニコ顔で申し出るドロッセルに、手首を振って断ると、残念そうな顔で身を引いた。

 年上の自負があるからなのか、ドロッセルは何かとレインツェルの世話を焼きたがる。

 彼女は見た目も悪くないし、ドジなところはあるが基本的に真面目な努力家だ。


 女子に面倒を見て貰うという行為自体は、別にやぶさかでは無いのだが、正直、レインツェルの内面には。遊佐玲二が過ごした二十年間がある。その為、感覚的にはドロッセルは、年下の女の子なのだ。

 一回り以上年下の女の子に甘えるのは、流石にちょっとばかり躊躇ってしまう。

 お姉さんぶる時のドヤ顔が、若干イラッとくるし。


「う~む。改めて考えると、ドロッセルは女子高生くらいか……女子高生とお姉ちゃんプレイとか、そこはかとない犯罪臭がしてしまうな……女子高生、セーラー服……むふん」


 邪な妄想が膨らみ、鼻息が荒くなる。


「いかん! 自重自重……!」


 つい頭の中で、セーラー服姿のドロッセルが、クルリとプリーツスカートを翻し、一回転するのを思い描いてしまい、レインツェルは慌てて首を左右に振る。

 ピンク髪にセーラー服とか、違和感があり過ぎるだろう。


「へっ? レイ君。何か、言った?」

「いいや、何も」


 素知らぬ顔でレインツェルは、欠伸と共に大きく腕を上に伸ばした。

 足元は草で柔らかく風も涼しいので、起伏の激しい森の中に比べれば、歩くことは全く苦にはならない。


 問題は、ただ黙々と歩くだけという、退屈極まりないこの状況だ。

 本当は馬に乗れれば、移動時間を短縮できるのだが、流石に一頭の馬に三人も乗っかるのは酷だろう。

 そもそもにして、その問題を解決する為、目的地に向かっているのだし。


 暫くは無言で歩き続けるが、一向に景色が変わる気配も、目的地にたどり着く気配も無く、レインツェルの退屈は増すばかり。

 少しでも紛らわせようと、唐突にレインツェルは提案を出す。


「しりとりでもするか」

「は? いやよ」


 振り向きもせず、カタリナはキッパリと拒否する。

 思わずレインツェルの目尻に、じんわりと涙が浮かんだ。精神年齢三十五歳なのに。


「い、いや、あの、その……しりとりはともかく、ただ歩いているだけだと疲れてしまいますし、何か気を紛らわす為に、お喋りでもしませんか?」

「……はぁ。ま、別にいいけど」


 拒否するのも面倒なのか、カタリナはやる気なく許可を出す。

 手綱を軽く引き馬の速度を落とすと、カタリナも後ろを歩く二人と並び、歩調を合わせた。


「んで? 誰が何の話をすんのさ」

「なら、俺が気の利いた小話を一つ」


 そう言って、レインツェルは咳払いをして、喉の調子を整える。


「ある日、男同士で酒を飲んでいる時、男の一人が友人に自分の彼女に関して愚痴を言ったんだ。『俺の彼女、寝相が悪くて困るよ。昨夜も一晩中抱き着いてきて、寝苦しいったらありゃしないよ』そう言ったら、友人はこう答えたんだ。『ああ、うん。だよね』ってね」

「――下ネタじゃねぇかッ!」

「へっ? え? 寝相の、話? ん?」


 カタリナはすぐさま目を三角にしてツッコんだが、ドロッセルには意味が通じなかったようで、目を点にして首を傾げていた。

 その姿に、直ぐに反応してしまったことが恥ずかしくなったのか、カタリナは頬を赤らめて悔いるように拳を握る。


「――んぐッ。自分のツッコみ体質が恨めしいっ」

「やーい。カトリーナの、ムッツリスケベ!」

「うるさいっ! 後、カトリーナって呼ぶな!」

「れ、レイ君、カタリナさん! わたしにも、わたしにもわかるように説明してくださぁい!」


 ギャーギャーと壮大な大地の真ん中で、仲良く戯れあう三人組。

 途端に精神年齢が下がったような気もするし、和気藹々と呼ぶには、少しばかり賑やか過ぎる気もするが、長い旅路だ。行脚僧でもあるまいし、苦しい思いをして道を進むよりは、これくらい砕けていた方が、旅も内輪も長続きするというモノだろう。

 レインツェルの場合は、大人げない気もするが。


 からかうレインツェルに、顔を真っ赤にしてカタリナが怒りを露わに、怒鳴りつけてやろうと空気を吸い込んだ瞬間、風に乗って遠くの方から、此方に近づいてくる気配と足音が耳に届く。

 緩んでいた空気に、緊張感が走る。


「「――ッ!?」」


 レインツェルも気が付いたようで、同時に気配の方を振り向く。


「へっ!? こ、今度は何ですか!?」


 一人状況を理解していないドロッセルを尻目に、レインツェルも地平の彼方に目を凝らしてみるが、遠すぎるのか薄らと影らしき物が見えるだけで、それが人なのか何なのか判別は出来なかった。


「何だ、人か?」

「だったらいいけど。魔物の類だったら、ちょっと不味いわね」


 大平原は昔から部族同士の争いや、周辺諸国からの侵略などで戦争が絶えず、至る所に古戦場が存在する。治安が安定した現在も、そこから発する瘴気に充てられ魔物が発生し、人や家畜を襲うことが度々起きているそうだ。

 大型だったり群れを成していたりすると、大分面倒なことになる。


「どうするんですか?」

「ちょっと待って。これ、持ってな」


 心配げなドロッセルの言葉に、カタリナは手に持った手綱をレインツェルに渡して、その場に停止させた自分の愛馬にひょいと跨ると、座らずにそのまま、鞍の上に両の足で立ち上がった。

 より見通しの利く場所から、気配の近づく方向を見渡す。

 この大平原の出身だけあって、カタリナの目はかなり見通しが利くらしい。


「……魔物じゃないわ。アレは、馬ね」

「馬?」


 レインツェルは立ち上がるカタリナの下から、もう一度同じ方向に視線を向ける。

 横のドロッセルも、つま先立ちをしながら、両目を細めていた。

 やはりこちらに向かっているらしく、先ほどより影は鮮明になっている。まだ、馬かどうかはレインツェルには判別出来ないが、横に広がっていることから、一頭や二頭では無いことは確かだ。


「この辺、盗賊とかは出ないよな」

「……それは無いわね」


 一瞬、答えるのに躊躇った割には、キッパリと断言した。

 何故、躊躇ったのかとレインツェルが顔を見上げると、馬上に立つカタリナは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「盗賊じゃないわよ。もっと面倒な連中……あたしにとってはね」


 そう言って、八つ当たりでもするように、頭を乱暴に掻き毟った。


「ああ、くそっ! まだ距離があるからって油断してた……まだ、心の準備が出来てないってのに」


 失敗したなぁと、カタリナは顔を両手で覆い、苛立っているのかゴシゴシと擦る。

 その反応にレインツェルとドロッセルは顔を見合わせ、なるほどと頷き合う。


 言葉に出さずとも二人は同じ答えに辿り着いたらしく、警戒心を緩めて、徐々に鮮明になっていく馬影を見ながら、急に馬を走らせてカタリナが逃げ出してしまわぬよう、レインツェルは確りと手綱を握り締めていた。




 ★☆★☆★☆




 気配を察知してからものの数分。

 真っ直ぐ迷うことなく、此方に近づいてきた騎馬は七頭。跨るのは、軽装の鎧を身に着け武装した男達だった。


 彼らは皆強面で、一見すれば盗賊と見間違えそう。

 現にドロッセルなどは彼らの顔を見た瞬間、ギョッと表情が青ざめ、怯えた様子を見せた。

 レインツェルも彼らの装備の一部に、金細工で作られた虎の紋様がなければ、腰の剣を抜いていただろう。

 あの紋様はカタリナの剣と同じ物。

 だとすれば、彼らは黄金の虎に関係ある人物達なのだろう。

 まぁ、怖がるドロッセルの反応に、ちょっぴり傷ついた顔をしていたので、悪人では無いことは確かだ。


 騎馬はある程度まで近づき、此方が逃げたり交戦したりする意志が無いことを確認すると、ゆっくりと馬の足取りを緩め、少し距離を置いた場所で停止させた。

 横に広がる騎馬達の中から、一頭だけ前に進み出る。

 馬に跨る青年の姿に、馬から飛び降りたカタリナは、舌打ちを鳴らした。


「……よりにもよって、アイツかよ」

「知り合いか?」


 レインツェルが問うと、カタリナは無言で、ただ首を縦に振った。

 歩み出てきたのは、二十歳そこそこくらいの青年。

 引き連れている連中の強面に比べれば、若さがあり中々の男前だが、厳しさの滲み出る精悍な顔付きと、露出した部分から見え隠れする引き締まった筋肉を見る限り、相当腕の立つ人間だと予想される。

 日に焼けている影響か、青年を含め彼らは肌の色が浅黒く、髪の毛も色褪せ若干、白っぽくなっていた。


 青年は右手に槍を握り、左手で手綱を操りながら、レインツェル達の前に馬を進める。

 馬上から視線をレインツェル、ドロッセルと続き、最後にカタリナに向けた。


「帰って来たのか、カタリナ」

「……うっす。兄貴」


 素っ気ない言葉に、カタリナは顔を背けたまま、手だけを軽く上げた。


「ご家族、なのですか?」

「ああ。まぁね」


 実の兄を前にして気まずいのか、家出娘であるカタリナは、終始兄の方を見ないよう顔を伏せていた。

 そんな妹の態度に兄である青年も、呆れ気味に短く息を吐く。

 言葉の続かない兄と妹を交互に見たドロッセルは、いい子ちゃん属性特有のお節介に火が付いたのだろう。眉根を寄せてソッポを向くカタリナの顔を覗き込み、諭すような言葉を投げかけた。


「駄目ですよカタリナさん。ご家族なのでしたら、仲良くしませんと……長らく家を空けていたのですから、帰宅のご挨拶くらいキチンとしてください」


 怖がりで臆病な癖に、こういった正論を言う時ばかりは、ドロッセルは何時も強引だ。

 思いの外強い口調に、うぐっと言葉を詰まらせたカタリナは、舌打ちを鳴らすとズボンのポケットに両手を突っ込み、仕方が無いといった様子で、青年の方へと向き直る。


「ただいま帰ったわよ、シュウの兄貴」

「……やれやれ。困った妹だが、無事に帰って来たのだから、まぁ良しとしよう」


 兄シュウはそう言うと、口元に僅かだが笑みを浮かべた。

 しかし、直ぐにカタリナに向けるシュウの視線は、厳しいモノへと変わる。


「だが立場上、俺はお前にこう言わねばならない……どの面下げて帰って来た、と」

「――ッ!?」


 突き放すような言葉に、カタリナは表情を歪めた。

 シュウの厳しい言い草に、反射的にドロッセルが声を上げた。


「そんな言い方……!?」

「そんな言い方をされる真似を、この愚妹は行って来たのだから仕方あるまい。それも理解出来ず、おかえりと当然の如く迎え入れられると思っていたのなら、愚妹では足りん。本物の大馬鹿者だぞカタリナ」


 ドロッセルの言葉を遮り、シュウは真っ直ぐとカタリナの目を見て言う。

 淡々としているが、胸に突き刺さる叱責の言葉に、カタリナは無言のままドンドンと両肩を沈めて行った。

 代わりにドロッセルが、柳眉を吊り上げ、遮られた言葉を強引に続けた。


「酷すぎます! それが妹にかける兄の言葉ですかッ!」

「いいんだよ、ドロッセル……あたしが悪いのさ」

「カタリナさん……でも」

「いいんだ。いいんだよ」


 食って掛かるドロッセルの肩を掴み、カタリナはそう言って力の無い笑みを見せた。

 その顔に渋々と、ドロッセルは引き下がる。


「流石に叱責される理由がわかる程度の頭はあるようだな……それがわかるのなら、最初からやるなという話だが」

「……悪かったよ。勝手に出て行って……あのことを、納得したわけじゃないけど」


 謝罪の言葉を口にすると、シュウは深々と息を吐く。


「やはり、お前は大馬鹿者だ、カタリナ……俺はお前が無断で村を出たことや、その原因となった事柄を咎めているのでは無い」

「だったら何さ?」


 心当たりは無いと苛立ちを露わにするカタリナに、もう一度シュウは大きく息を吐いてから、首を左右に振った。


「お前、方々で悪さを働いていたらしいな……それも、虎の名を語って」

「――ッ!?」


 その一言にカタリナは息を飲み、向けられる視線から逃れるよう、顔を下に伏せてしまう。


「悪さ、ですか?」


 事情を知らないドロッセルは首を傾げるが、レインツェルは内心で「ああ、なるほどね」と納得した。

 カタリナと出会うことになった切っ掛けは、彼女がスリを働いたことだった。

 随分と手慣れた様子だったし、問い詰められると虎の紋様をチラつかせていたことから、他でも似たようなことを、何度も繰り返していたのだろう。

 俯き黙り込むカタリナに、馬上のシュウは容赦せず問い詰める。


「訪れた町々で喧嘩を吹っかけたり、手癖の悪いことを繰り返していたようだな。それだけならお前だけの責任と、憲兵辺りに突き出せば済む話。だが、黄金の虎の名を出されたのなら話は別だ……お前の軽率な行動で、親父殿がどれだけの人間に頭を下げたと思う」

「け、けどそれはッ!」


 弾かれるように顔を上げ、カタリナは反論する為口を開こうとする。


「……ッ!」


 しかし、自分でも言い訳が出来ぬ程の心当たりがあるのか、すぐに上げた顔を伏せてしまった。

 悔いるように唇を噛む姿に、黙っていられなくなったドロッセルが口を挟む。


「でも! ほら、カタリナさんだって、何も普通の人に悪さをしたわけでは無いのでしょう? 多分、きっと……ねぇ、レイ君」


 同意を貰うとドロッセルがレインツェルの方を見るが、


「……俺も最初、金盗られそうになったけどな」

「うぐっ……もう! 何でこのタイミングでそんなこと言うんですかっ!」


 思惑とは逆の発言に、ドロッセルは両手をぶんぶんと振り回した。

 ドロッセルにしてみれば、カタリナは自分を助けてくれた恩人だ。その恩人が叱責されているところを目の当りにすれば、彼女の味方をするのは当然の流れだろう。

 酷いです、薄情ですと非難するドロッセルに軽く嘆息して、レインツェルは横目を向けた。


「だったらお前は、理由があれば悪事を働いてもいいってのか?」

「うっ……そ、それは……」


 ドロッセルは言葉を詰まらせ、唇をごにょごにょと動かしていた。

 根っからのお人好しであると同時に、ドロッセルは根っからの善人でもある。

 恩人を庇いたいという気持ちと、非のある行為を許容出来ないという、自分の中の相反する意見に、上手く折り合いがつけられないのだ。

 その辺りの不器用さは経験の有無では無く、根本的な性格の問題なのだろう。

 そしてそれは、馬上にいる青年にも、似たような言葉が当てはまる。


「…………」

「…………」

「…………」


 シュウはむっつりと、カタリナとドロッセルは俯いて黙りこくる。

 兄妹の方はともかく、何でドロッセルまで落ち込んでいるんだと呆れつつ、レインツェルは両手を後頭部にまで持っていき、沈黙を取っ払うように口を開いた。


「本人も反省した面見せてんだ……もうその辺でいいだろ?」


 止めに入る言葉を発すると、皆の視線が一斉に向けられた。

 まさかレインツェルにまで庇われるとは思っていなかったのか、カタリナは驚いた視線で此方を振り返る。

 そしてシュウも一瞬、大きく目を見開くと、直ぐに表情を険しくした。


「このような場所にエルフとは珍しいな……その物珍しさに免じて、今の発言は聞き流そう。これは家族間の問題、関係の無い部外者は黙っていて貰おうか」

「じゃあ問題無いな、俺とコイツは関係ありありだから」

「ほう?」

「れ、レインツェル……」


 興味深げにシュウは眉を吊り上げ、カタリナは今の発言が嬉しかったのか、少し気恥ずかしげに頬を赤らめた。


「まさか、仲間だから、友達だからなどと言う、青臭い理由ではあるまいな?」

「ああ。コイツは俺の女だから」


 事も無げに言い放った一言に、場に沈黙が舞い降りた。

 あまりにも堂々とした発言にシュウは二の句が告げなくなり、何を言ったのか理解出来ないカタリナは、目と口を真ん丸くしていた。

 一人、ドロッセルだけが顔を真っ赤にして、自分の頬を両手で挟む。


「まままままま、まさかっ。お二人共、何時の間にそんな関係にッ!?」

「い、いやいや。いやいやいやいやいや! おいこら、この悪童エルフッ! いいい、いきなり何をとんでもないことを口走ってやがるのよさッ!?」


 興奮気味に鼻息を荒くするドロッセルと、慌てふためくカタリナ。

 二人の方を振り向いたレインツェルは、不思議そうに首を傾げた。


「あれ? そんな話になってなかったっけ?」

「何時っ!? 何処でっ!? そんな甘酸っぱい突発イベントを起こしたってのよ!?」

「えっ? お前、俺のこと好きだから、ここまでくっ付いてきたんじゃないの?」

「アンタが無理やり引っ張ってきたんでしょうッ! 都合よく記憶を捏造するんじゃねぇわよ!」


 カタリナは全力で否定するが、黄金の虎の面々は妙なざわつきを見せていた。

 反応に困っていたシュウはワザとらしく咳払いをして、気まずそうに視線を泳がせる。


「ああ~、まぁ、異種族同士の婚姻は、前例が無いわけでは無い。互いに合意というのなら、兄として俺もうるさく言うつもりは勿論無いぞ。うむ」

「アンタも急に物分りのいい兄貴面してんじゃないわよ!」


 ギロッと周囲を睨み付け、カタリナはプリプリと肩を怒らせながら、この生温い雰囲気に耐えられないと、自分の愛馬の上にひらりと跨った。


「もういいッ! 説教も仕置きも、後で幾らでも受けてやるから、さっさと帰るわよッ! ドロッセル、アンタはあたしの後ろに乗りな!」

「えっ? は、はいッ」


 オロオロと戸惑うが、カタリナに鋭い眼光を向けられ、ドロッセルはビクッと身体を震わすと、慌てた様子で手を借りながら馬に跨ろうとする。

 ドロッセルを後ろに乗せると、カタリナは目を三角にしてレインツェルを睨む。

 馬上にいるカタリナを見上げ、レインツェルは視線を細めた。


「おい。俺はどうするつもりだよ」

「そこで雁首並べてる誰かに乗せて貰えばいいじゃん……くたばれ、この悪童エルフッ!」


 ベッと舌を見せて、カタリナは手綱を操りさっさと馬を走らせて行ってしまった。

 残されたレインツェルは後頭部を掻きながら、横に馬を寄せてきたシュウの顔を見上げた。


「ちょっと、じゃじゃ馬が過ぎるんじゃないの。兄貴としてどうなのよ、その辺」

「わかっててからかう、お前が悪い」


 そう苦笑してからシュウは、真面目な表情でレインツェルにだけ聞こえるよう、ポツリと呟いた。


「……済まなかった。拳の下ろしどころを作って貰って」


 シュウはそう言うと、視線だけでレインツェルに向け礼をする。

 チラッと視線だけを向け、レインツェルは肩を竦めた。


「親父殿に頭を下げさせてしまった以上、愚妹の一言でアイツを迎え入れるわけにはいかんのでな……面子というモノは、面倒なモノだ」

「アンタの大概、貧乏くじだな」

「ふっ。性分でな……もう大方、諦めはついている」


 苦笑してから、シュウは下にいるレインツェルに向けて、自分の右手を差し出した。


「乗ってくれ。俺の名はシュウ。黄金の虎で、副頭領をしているカタリナの兄だ」

「レインツェル。先に行っちまったお人好しが、ドロッセルだよ」


 名乗りながら、レインツェルは差し出された手を握った。


「歓迎しようレインツェル。草原の守護者たる我ら、黄金の虎の本拠地へ」


 そう言って引っ張り上げる力は逞しく、腕一本でレインツェルの身体を持ち上げ、馬の後ろへと乗っけた。

 シュウの力強さに感心しながらも、また馬の揺れによる尻の痛みに悩まされるのかと思うと、延々と歩かされるのと同じくらい憂鬱だった。





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