その18 龍は未だ目覚めず
エルゼバルド帝国。
連邦都市国家の北西に位置する、大陸屈指の巨大国家だ。
元々は他国と差ほど変わらぬ領土しか持たぬ、中堅国家であったのだが、四代前の皇帝が唐突に、国家方針を軍事方面へと大きく方向転換。武力によって、近隣諸国を次々と制圧し僅か数年で、国土を倍以上に拡大した帝国は、その名を古き神々の国にあやかり、エルゼバルドと改名した。
四代前の皇帝は軍事の基礎を作り、大陸随一の軍事国家を築いたのだ。
そして、大陸に存在感を決定づけたのは、次の皇帝の方針。
偉大なる先帝に対する対抗心もあったのだろう。彼は帝国による、大陸統一構想を打ち出し、更に戦火を広げていった。
百年以上にも渡り、開戦と休戦を繰り返しながら、帝国はゆっくりと肥大化。何時しか大陸統一は皇帝一族の悲願となり、帝国の使命、存在意義という思想が、国民の間にまで刷り込まれていた。
時が流れ、十五年前のラングラードの死闘を最後に、帝国と周辺諸国は歴史上初めて、休戦では無く、停戦協定を結んだ。
理由としては戦時中に当時の皇帝が死去。後を継いだのが、穏健派と呼ばれる人物であり、即位と同時に最初の大号令として、停戦を打ち出したから。その用意周到で素早い手腕は、父親である前皇帝を暗殺したのでは? という噂がまことしやかに流れた程だ。
元々が拳を振り上げたのは帝国側。一方的に始まり、一方的に終わりを告げるとなれば、当然停戦協定には手痛い代償を払うこととなる。
帝国は数万人の命を引き換えに獲得した領土を、一部手放さざるを得なく、多額の保証金と共に、周辺諸国へと返還。それまで政治の中枢を担っていた軍事も、大幅縮小せざるを得なかった。
これにより帝国は一気に、諸国に対する影響力を失うこととなる。
だが、ある意味でこれが、帝国の運命を滅びから救ったと言えるだろう。
永遠とも思える長い時間続いた戦争は、病理となり帝国を蝕んでいた。誰もが疲れ、希望が見いだせない中、停戦という名の休息は、帝国に生きる全ての人間に必要な物だったのだろう。
十五年という歳月は、疲れを癒し、再び未来へと歩き出すには、十分な時間と言える。
最盛期に比べ、勢いを失ったとは言え、元々が地力のある国。戦争に頼らずとも、平和的に帝国を繁栄させることが出来るだろう。
その舵取りをする者が、存命だったのなら。
帝都アズラエルの中央に存在する皇帝居城。その中枢たる最奥。
最も神聖であり重要な箇所である玉座の間に、帝国を担う重鎮達が集結していた。
高い天井の下、塵、埃とは無縁の磨き上げられた床には、赤い絨毯が入り口から真っ直ぐ、乱れることなく玉座へと伸びる。荘厳な雰囲気に満ちる玉座の間は、身動ぎをし、衣擦れを奏でることすら躊躇われる程の、緊張感が張り詰めていた。
玉座に続く道は段になっており、その頂点、帝国最高峰たる椅子に座を下ろすのは、一人の頼りない少年だった。
「…………」
少年は玉座にだらしなく座り、頬杖を突いてつまらなそうな顔で自分の爪を弄っていた。
頭上には帝国の旗印である、剣、槍、斧が交差する紋章。
彼の者こそ、エルゼバルド帝国第十四代皇帝ミドガルドだ。
皇帝と言っても、まだ十三歳程の少年である彼の横には、長い髪を持つ眼鏡の青年が立っていた。
彼の名はクールーズ。最年少で帝国宰相を務め、まだ年若い皇帝に変わり政治を取り仕切る人物。帝国の主導権を、実質握っているのは、彼と言っても良いだろう。
段の下、絨毯の左右に並ぶのもそうそうたる顔ぶれだ。
継承権を持つ六家と呼ばれる皇族の当主や、軍部や政治のトップ達が顔を揃えていた。
もしも仮に、この場が襲撃されれば、帝国の体制は崩壊してしまうだろう。
その中で異彩を放っていたのが、六家からの厳しい視線を一身に浴び、皇帝の対面に堂々と佇む一人の少女の姿だ。
竜の鱗を象った鎧を身に着け、左目に眼帯をした赤毛の少女。
年齢は十六、七と言ったところ。この場では皇帝に続き、年若いだろう。
玉座の間に満ちる空気は、決して赤毛の少女に対して好意的な者では無い。少年皇帝はこの場自体に興味を抱いていない様子だが、六家それぞれの当主達は、赤毛の少女に対して敵意、または憐れみに満ちた視線を向けていた。
参列する者達の中には、赤毛の少女に好意的な気配も見受けられたが、やはり憐憫に近い視線が殆ど。
中でも宰相クールーズは、勝ち誇ったような笑みを、唇に湛えていた。
「では、六家の方々の賛成を持って殿下、殿下の皇位継承権を剥奪。皇家から廃嫡されるモノとする……よろしいですね、陛下?」
「ん? ああっ。いいんじゃないかなぁ」
問われた皇帝は、欠伸混じりに気の無い返事を漏らした。
やる気が感じられない態度ではあるが、これでも帝国の最高指導者。彼の言葉が全てに置いて真実であり、言質を得たクールーズは、玉座の側から赤毛の少女を見下ろす。
決定的な言葉に、少女に好意的な一部の面々からため息が漏れた。
空気を読まない少年皇帝も、流石に薄らと流れる雰囲気に嫌な気配を察したのか、取り繕うように声を懸ける。
「よ、余も不本意なのだぞ? 仮にも六家の当主であったのだし、貴公は優秀な人材だ。余の帝国を担う者として、色々と期待していたのだ。ゆくゆくは、余の妃として迎えるのもやぶさかでは無かったのだが……その、なぁ……」
チラチラと、気にするように横のクールーズを見る。
その姿に、赤毛の少女はふっと微笑を零す。
クールーズはそれを見逃さず、すぐさま厳しい言葉を飛ばした。
「陛下の御前である……言いたいことがあるのならば、今の内に言っておくことだ。この場を離れれば君は、皇族では無くなる。もう二度と、陛下に謁見することは叶わぬのだからな」
「……ならば、一言だけ」
赤毛の少女は笑みを湛えたまま、優雅に一礼した。
「我が身を委ねる夫は、我自身が選びますのでご安心を……どうも私は人より、面食いであります故」
「――ッ!?」
手痛い一言に皇帝の表情が崩れ、思わず周囲からぷっと失笑が漏れた。
周囲が絶句して叱責も出来ぬ内に、少女は朗々と言葉を続ける。
「失礼ついでにご忠告を。お気をつけあそばれ、陛下。その玉座、存外滑りやすい上に脆いと聞き及びます。特に大きいだけで薄い背もたれ故に、背後からプスリ、などと言う事態にならぬようご注意を」
「――ッ!?」
思わず皇帝はビクッと身体を震わせ、弾けるようにだらしなく預けていた背を、背もたれから離した。
少女は口元を押さえる。
「……おっと、二言になってしまいましたな」
「もういい、下がれ!」
怒気の満ちるクールーズの言葉に、赤毛の少女は優雅な態度を崩さず、もう一度一礼してから玉座の皇帝に背を向けた。
重苦しい沈黙の中、足音すらも絨毯に掻き消される。
臆することなく皇帝、そして今や帝国の実質的な支配者であるクールーズ相手に、己を貫き通した姿に、現状を快く思わない一部の人間は、口や態度には出せぬモノの、心の中で賞賛せずにはいられなかっただろう。
だからこそ、これを最後に、失脚していまうことが悔やまれる。
堂々とした態度で退室する赤毛の少女は、ふと右側から視線を感じ、横目を向けた。
「……ふん」
金髪巻き毛の少女。六家当主の一人が視線に気が付き、心配げな表情を一転させ、ぷいっとソッポを向いてしまった。
見知った少女の反応に苦笑しながら、突き刺すような視線の中、玉座の間を後にした。
近衛兵達が守る大きな扉を潜ると、振る返る間も与えず音を立てて閉ざされる。
これで赤毛の少女は皇族では無くなった。家系図からもその名を削除され、何の力も持たない一人の平民へと落ちる。もう二度と、華麗な晩餐会の呼ばれることも無ければ、華やかな社交界との縁も途切れてしまった。
もっとも、赤毛の少女は昔から、その手の行事に積極的では無かったが。
どちらにせよ、少女にはもう帰るべき家も、名乗るべき名も失ってしまった。
「……殿下!」
扉の前を離れると、すぐ側で待機していたのだろう。
見知った人物二人が、心配げな表情で赤毛の少女へと駆け寄ってきた。
「殿下は止せ。もう私は、そのような呼ばれ方をする身分では無い」
「で、ですが殿下!」
納得出来ないという表情をするのは、モノクルを右目に装着した、背の高い黒髪の女性。
才媛と言う言葉が相応しい、理知的な佇まいをした彼女は、納得が出来ないといった表情で、主である赤毛の少女に食って掛かる。
それを制したのがもう一人の人物。
腰に大刀を吊るした、長髪の青年だ。
「止せ。こうなることは避けられないと、我らも事前に分かっていた筈だ」
「だからって、納得しろと言うのかッ!」
モノクルの女性は、怒りの矛先を青年に向ける。
「身に覚えのない罪を着せられ、弁明の場も与えられぬ内に廃嫡だぞ! これが理不尽と言わず、何を理不尽と呼べないいのだッ!」
「それは……我とて、腹に据えかねておるわッ!」
この状況に怒りを感じているのは、青年も同じだったのだろう。
両腕を前に組み、表情を不機嫌そうに崩した。
しかし、当の本人である赤毛の少女は、二人の様子にやれやれと、困り顔を見せる。
「クールーズが他の六家を味方に引き入れた時点で、我らに勝ちの目は消えていた。今更喧々と騒ぎ立てることではあるまい」
宰相クールーズの名を聞いて、青年は不愉快そうに舌打ちを鳴らす。
まだまだ若手でありながら、才覚を前皇帝に見いだされ重用されていたクールーズは、前皇帝の死後すぐに今の少年皇帝を擁立。巧みな手腕で他の対立候補を蹴落とすと、ミドガルドを即位させ、自らは宰相のポジションへと座った。
流れるような一連の行動に、前皇帝はクールーズによって暗殺されたのでは? などという噂も流れた……いや、もしかしたら、噂では無いのかもしれない。
そんな経緯もあってクールーズは現在、前皇帝死去により分裂しつつある帝国内を取りまとめる為、早急に新皇帝による体制の、地盤固めをしなければならないのだ。
周囲への根回し。そして、敵対者の排除。
見事赤毛の少女は、クールーズにとって最初に排除しなければいけない、敵に選ばれたのだ。
帝国内は一枚岩では無い。
六家の中にもクールーズの対等を快く思わない者も多いだろうが、次の皇帝の座を狙う場合、どうしても障害になるのが赤毛の少女だと、不運にも皆が同じ考えに辿り着き、今回の顛末に至ったのだろう。
実質、帝国内の殆どを敵に回したのだ。謀殺されないだけ、幸運だったかもしれない。
青年は、不満の残る顔を少女に向ける。
「……しかし、お前なら何とか上手く立ち回れたのではないか?」
「ふっ。無茶を言わないでくれ。殺されずに済んだだけで、精一杯よ」
そう言って、赤毛の少女は微笑を浮かべた。
それでも納得しきれないのか、モノクルを外して浮かんだ涙をハンカチで拭いながら、女性は嘆くような言葉を吐く。
「くっ……異端と呼ばれながらも、苦労に苦労を重ね、六家の一つを手に入れて、これからと思った矢先に……全ては帝国とその臣民の幸福に繋がればと思えばこそ! なのにこれでは、殿下があまりにも報われないではないかっ!」
「……確かに。きな臭い動きをしていた西方を、押さえ、牽制していたのは我らぞッ」
モノクルの女性は目に涙を浮かべ、青年も口惜しいと唇を、噛み切らんばかりに食い縛っていた。
そんな二人を一笑するよう、少女は声を張り上げた。
「泣くな……笑えッ」
赤毛の少女は覇気に満ちる声が、悲しみに暮れる空気を一変させた。
驚く女性が顔を向けると、赤毛の少女は不敵に笑って見せる。
「これで終わりでは無い。これから、我が覇道が始まるのだ……喜べ。これで堂々と、私は王の座を目指すことが出来るのだぞ」
二人は思わず、言葉を失って赤毛の少女を注視した。
他人が言えば、妄言としか受け取れない言葉も、赤毛の少女が発すれば確かなモノとして受け取れた。
呆気に取られる二人に微笑みかけ、少女は一人、颯爽と廊下を歩いて行く。
二人は顔を見合わせ、慌ててその後ろを追い駆ける。その姿に、先ほどまで背負っていた悲壮感は、微塵も残っていなかった。
眠れる龍、未だ目覚めず。
のちに少女の覇道が龍の如き飛翔を見せ、大陸を席巻するのは、まだ少し先の出来事である。
★☆★☆★☆
嫌がるカタリナを引き摺り、ディクテーター支店のある町から旅立ったレインツェル一向が、次に向かうのは、連邦都市国家の西にある大平原。決まった国が治める土地では無く、大小様々にわかれた複数の部族が各地方を取り仕切る、大陸でも珍しい場所だ。
目的地はその中で、黄金の虎と呼ばれる部族が治める町。
正確に言えば、黄金の虎とは部族名では無く組織名であり、他の部族のように首長が治めているわけでは無い。
元々は戦後、乱れた平原地帯の治安を取り戻す為に、結成された自衛組織だったのだが、頭領のカリスマ性に惹かれて自然と人が集まり、気が付けば一つの大きな町が生まれてしまったらしい。
頭領の名はホウセン。
武神と呼ばれる、連邦都市国家の英雄だ。
町を出て四日。小さな山を越えたあたりから、道はなだらかになってくる。
平原地帯に近づいている証拠だろう。
黄金の虎が治安維持を務めている影響があるのか、ここまでトラブルも無く、少し退屈かもと思ってしまう程、旅は順調に進んでいて、このペースなら明日には大平原に辿り着けることだろう。
時刻は既に日は落ちて、周囲は闇に閉ざされている。
治安が良い街道を進んでいるとはいえ、夜の暗闇を歩くのは流石に危険。そんなわけでレインツェル一行は日が落ちる前には既に、安全な場所を確保して、野宿をする準備を進めていた。
近くに小川が流れていたので、野宿をするには最適だ。
旅慣れたカタリナがいるおかげで、準備も滞りなく完了。後は食事をして、歩き疲れた体をゆっくりと休めるだけ。
水辺から少し離れた場所に起こした火が、暗い周囲をオレンジ色に染めていた。
小川が流れる音に、パチパチの火の中でくべた枝が爆ぜる音が混じる。
「よっと……けほ、煙い。こりゃ、生木だな」
火の側に座り番をするレインツェルは、立ち昇った煙を思い切り吸い込んでしまい、咽ながら顔の前を手の平で仰ぐ。
煙が目に沁みて、ジワッと涙が溢れてくる。
どうやら、集めてきた木の中に、乾燥しきってない物が混ざっていたようだ。
座っているのはレインツェル一人だったが、すぐにカタリナが戻ってきて、反対方向へ腰を下ろした。
近くの木に繋いだ馬に、餌と水を与えてきたのだ。
「ほい、ご苦労さん」
「ん。サンキュ」
レインツェルは腰を浮かせ、木製のカップに注いだお茶を、カタリナに手渡した。
鍋に入れた水を目の前の火で沸かし、お茶は町を出る時に餞別として、ラビリンスから貰った物だ。
疲れた身体には、ただの水よりお茶の方が良い。
ちょっと沸かし過ぎて熱々のお茶を、ズズッと啜ったカタリナは、少し驚いた顔をする。
「……美味い。ってか、これかなり高いお茶じゃん」
「そうなのか? まぁ、美味いは美味いが」
正直、熱すぎるのもあってか、味の違いなどよくわからない。
美味しいかと聞かれれば、確かに美味しいお茶ではあるが。
そう素直に感想を述べると、カタリナは焚き火越しに思い切り眉を潜めた。
「この味の違いがわからないって、アンタ舌が死んでんじゃないの?」
「うっさいな。俺はお茶よりコーヒー派なの」
「なによ、コーヒーって?」
「焙煎した豆の煮汁」
「なにそれ、不味そう……やっぱ舌が死んでんじゃないの?」
理解出来ないと、カタリナは不味そうな顔で舌を出した。
そこでふと、もう一人の姿が無いことに気が付く。
「あれ、あのお嬢様は? ……ってか、今日の夕飯は?」
「俺が釣った魚は、絶賛ドロッセルお嬢様がお捌きあそばしているよ」
「……マジ?」
カタリナは困惑気味に眉を顰めた。
ここまでの道中で短い期間ながらも、ドロッセルが裏表の無い善人で、何事にも一生懸命な人物だということは理解出来た。
同時に、良家のお嬢様らしく、世間知らずの箱入り娘だということも。
不安げな表情をすると、遠くの方から「ひぃぃぃッ。お腹から、何か変な生き物がぁ~!」と、今にも泣きだしそうな悲鳴が聞こえてきた。
お世辞にも明るい展望が見えず、カタリナはゴクリと喉を鳴らした。
「……物凄く不安なんだけど。魚じゃなくって、切り落とした指差し出されても、あたしは食わないわよ?」
「刃物の扱いはくれぐれも慎重にと、昨日口を酸っぱくして言ったから、まぁ大丈夫だろ。何事も経験だ」
「せめて、食べられる物が出てくると、ありがたいんだけど」
ため息交じりに言って、手持ち無沙汰から近くの枝を広い、半分に折ってから火の中に放り込んだ。
パチパチと弾ける炎を見つめ、カタリナは浮かない顔で、またため息を吐いた。
見るからに憂鬱そうな表情。原因は、ハッキリとわかっている。
「何だよ。まだ、帰りたくないって拗ねてんのか?」
「拗ねてるとか言うなし……拗ねてんじゃなくて、憂鬱なのよ」
「憂鬱って、家族に怒られることがか?」
ニシッと歯を見せて、レインツェルはからかうように笑う。
てっきり食ってかかってくるかと思いきや、カタリナはジロッとした視線を向けてから、もう一度ため息を吐き出した。
「……アンタは知らないから、そんな暢気な面構えしてられんのよ」
「そんなに怖いのか? まぁ、武神って呼ばれるくらいだから、相当の強面だとは思うが」
そう言うと、カタリナは首を左右に振った。
「親父は何だかんだ言って、身内には甘いから……おっかないのは長姉。ウチの馬鹿姉よ」
寒気でも感じるように、カタリナはブルッと身体を震わせた。
余程、恐ろしい想像をしたのだろう。カタリナは若干、青ざめた表情で、自分の肩を抱きながら身を縮こませる。
どんな場所でも堂々としていたカタリナにしては、何とも珍しい姿だ。
「おいおい。お前の姉貴って、どんだけ恐ろしいんだよ」
「恐ろしいなんてモンじゃないわ。鬼とか悪魔とか、人を形容する言葉は色々あるけれど、アレの場合は災害よ。地震とか台風とか、人知が及ばないのと逃げ場の無いところが、まさにそれ」
言ってから思い出したくないと、カタリナは一際大きく、身体を震わせた。
人より口が悪いところのあるカタリナだけに、今回も大袈裟に言っているだけかと思いきや、彼女の怯えた様子を見る限り、あながち誇張した表現でも無いらしい。それに対して逆に興味がそそられてしまうのは、やはりレインツェルにとって、他人事だからだろう。
それを察してか、カタリナがジト目でレインツェルを睨み付ける。
「言っておくけど、機嫌の悪い時に遭遇したら最悪なんだからな。アンタが幾ら無関係を貫こうってしても、絶対に巻き込まれるんだから……いや、あたしが絶対に巻き込む!」
鼻息荒く決意を固めるカタリナに、はいはいとレインツェルは半笑いで肩を竦めた。
余裕のある他人事丸出しの態度に、「今に見てろよ」と、カタリナが不機嫌に舌打ちを鳴らして、火傷しないようお茶を啜った。
自分も飲もうと、枯れ木を火に投げ入れてから、カップを口元に運ぼうとした時、水辺の方からバタバタと慌ただしい足音と共に、二人の座っている場所へドロッセルが飛び込んできた。
「――見て下さいお二人共! 上手に出来ましたぁ!」
満面の笑顔で、枝を削って作った串に刺さる川魚を、レインツェル達に見せびらかす。
決して上手では無いが、初めてにしてはまぁ上出来であろう。
内臓を処理する為に裂いた腹部の切れ目が大きすぎて、揺らす手の動きに合わせて、パカパカと開きのようになってはいたが。
まぁ、焼いて食うぶんには問題無いだろう。
それ以上に気になることがあり、レインツェルは引き攣った顔で頬を掻く。
カタリナもあちゃ~と、額を押さえていた。
視線の先にあるドロッセルの手は、ちょっと引くレベルで血だらけ。
「あ~……カトリーナ。魚、焼いておいてくれ。俺はドロッセルの怪我の手当するから」
「はいはい。切り傷にいい軟膏があるから、それ使いなさい……それと、カトリーナって呼ぶな」
「……しゅびませぇん」
串に刺した魚を両手に持って、ドロッセルはしゅんと肩を落とし、鼻声で謝った。




