表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2章 最初の旅路
11/47

その10 拳骨交渉






 情報収集と言えば酒場である。

 ゲームや漫画の影響もあるだろうが、実際多くの人々が集まる場所であり、ここは街道の中継点である宿場町。住んでいる人々だけでは無く、行商人や傭兵、旅人達が集まり酒や食事で長旅の疲れを癒している。

 人の出入りが多いからこそ、人探しには有益な情報が手に入るかもしれない。

 まぁ、それも、ゲームや漫画で得た知識なのだが。


 通りの目立つところにある、木造建ての大きな建物。スイングドアで壁には、酒を思わせる樽の看板が下げられていた。

 中からは賑やかな喧噪と、若干のアルコール臭が漂ってくる。


「ここが、この宿場町で一番大きい酒場……ってかアンタ。んなちっこい身なりで、酒なんか飲む気? 生意気ぃ」


 この場所を案内してくれた少女は、そう言ってからかうようにニッと歯を見せた。

 横に立ち、建物を見上げていたレインツェルは横目を向けて一言。


「お前はおっぱいがちっぱいけどな」

「な、何よ生意気ッ! 生意気ッ! ここまで誰が案内してやったと思ってんのさ!」

「スリという犯罪行為を、こうして道案内一つで許してやった、俺の寛容さに感謝してもいいんだよ?」

「えっ。それは、ありがとう……って、ちが~うっ!」


 やいのやいのと少女は騒ぎ立てる。

 地団駄を踏む姿に、何が気に入らないのかと、レインツェルは面倒臭そうに耳を指で穿った。


「そんながなり立てんでも、感謝くらいしてるっての……サンキュ。ええっと……」


 そう言えば名前を来てなかったと、レインツェルは少女を見つめて、問いかけるように首を傾げた。

 少女は舌打ちを鳴らしてから、自分の名を口にした。


「……カタリナよ」

「えっ。カトリーナ?」

「カ・タ・リ・ナ・よっ!」

「そかそか。んじゃ行くぞ、カタリナ」

「はぁ? ちょ、ちょっと!」


 軽く流して、さっさとレインツェルは店の方へ入っていく。

 それを、カタリナは慌てた様子で追いかけた。


「……ってか、何であたしも一緒に来てんのよ」


 道案内を頼まれただけで、別に友達になったわけでも無ければ、一緒に連なって付いて行く道理も無い。なのにレインツェルの強引さに流されて遂、後を追ってしまい、カタリナは表情を顰める。

 レインツェルがスイングドアを押して店内へと入ると、中は視界が白むほどの煙が充満していた。


 原因は、客達が吸っている煙草の所為だ。

 不意打ちで吸い込んでしまい、レインツェルは軽く咳き込みながら、店内を見回す。

 煙草を吸い酒を飲み、大笑いで談笑していたのは厳つい男達。女っ気が皆無に等しい店内の喧噪は、不意に訪れたレインツェル達の気配に、僅かだが声の大きさを納め、ギラギラとした不躾な視線を向けていた。


 レインツェルには物珍しげな、カタリナには好色な視線が、それぞれに注がれる。

 嫌な雰囲気の注目と煙草臭さに、カタリナは露骨に顔を顰めた。

 一方、レインツェルはグルリと店内を見回した後、向けられる好奇の視線もなんのその。遠慮も躊躇も無く、奥のカウンターを目指して歩き始めた。


「ちょ、ちょっとアンタ!」


 慌てて、カトレアも小走りに追う。

 そんな彼女の姿をチラリと見て、レインツェルは意外に律儀だと苦笑する。

 馬鹿にされたと感じたのか、途端にカタリナの機嫌が目に見えて悪くなった。


「……あにさ?」

「いんや。煙草、ここにもあるんだなって思って」

「はい? ……ああ。森育ちのエルフには、馴染みは無いかもね。北部や西方じゃ流通が制限されてるから流行ってないけど、連邦都市じゃ大人の男の嗜み。とか言われて、パカスカ何本も、紙巻の煙草を吸ってるのよ」


 好き好んで煙を吸うなんて理解出来ないと、カタリナは軽く肩を竦めた。

 そういう意味で言ったのでは無いが、どうせ説明しても無駄だろう。

 歩く姿を追うような衆目に晒されつつ、レインツェルはカウンターまで近づいた。


「…………」


 カウンターの向こうでは、店主らしき細身の髭を生やした男が、無言でグラスを磨いていた。

 レインツェルはおもむろに、椅子に飛び乗る。


「いよう店主。景気はどうだい? まずは駆けつけ一杯……そうだな。ミルクでも貰おうか」

「…………」


 陽気な口調で片手を上げるが、店主は口を真一文字に結んだまま、黙々とグラスを磨き続けている。

 反応が無いことに眉を潜めつつ、レインツェルはカウンターを拳でコンコンと叩く。


「もしも~し。お客さんですよ?」

「無駄よ」


 尚も反応の無い店主に、眉間の皺を更に深くしていると、横に腰掛けたカタリナはカウンターに頬杖を突く。


「マスター。あたしにオレンジジュースを一杯貰える?」

「かしこまりました」


 すると、店主は素早く反応を示し、瓶からオレンジ色の液体をグラスに注ぐと、カタリナの前にそっと置いた。

 カタリナは此方に横目を向け、ニヤッと笑ってから、グラスを取って口に付ける。


「ん。中々、悪くないじゃん」

「ありがとうございます」


 と、店主はクールに一礼した。

 一連のスマートな行動を目の当りにしたレインツェルは、額に青筋をビキッと浮かべると、カウンターを叩いて身を乗り出す。

 手を伸ばし驚く店主にお構いなく、鼻の穴にズボッと、指を二本突っ込んだ。


「――ふごっ!?」

「おいコラ! これは何の苛めですかコノヤロー!」


 叫びながらレインツェルはカウンターの上によじ登り、突っ込んだ指を上に吊り上げた。

 いわゆる鼻フックの状態になり、流石の店主も無視出来ないらしく、涙目でふがふがと鼻息を荒くしている。


「何言ってっかわかんねぇぞ! こっのこのこの~ッ!」

「ふががががっ!? もげちゃう!? 鼻が、もげちゃう!?」


 尚もグリグリと店主を物理的に攻め立てる姿に、客席の男達も唖然としてしまう。

 横に座るカタリナも同じ。

 これ以上、黙っていると本当に店主の鼻が取れてしまうので、カタリナはオレンジジュースを一口含んでから、ちょいちょいとレインツェルの肩を指で叩く。


「その辺にしてやんなよ」

「あん?」


 呼ばれたレインツェルは、鼻フックしたままカタリナの方を振り向く。


「世間知らずのエルフ様はご存じないかもしれないけど、人間の町ってのは多かれ少なかれ、こんな感じさ。西方ほど種族や階級の差別は少ない反面、連邦都市は実力主義だからね。鍛冶や製鉄に優れるドワーフとかはともかく、森に引き籠って周囲と交流しないエルフには、皆冷たいのよ」

「…………」


 頬杖を突き、さも当然と言った風にカタリナは語る。

 その説明にレインツェルも納得するかと思いきや、再び目を三角にすると、鼻フックを今度は捻りを加えながら、上へと吊り上げた。


「事情はわかったがそれで客商売が務まるかド阿呆がッ! そ~れそれそれ!」

「ふんぎゃあああぁぁぁ!?!?!?」

「お客様は神様って精神で接客せんかい! 勿論、スマイルゼロ円で!」

「んぎょぉぉぉおおお!?!?!?」

「……えんってなに?」


 別に止める義理も無いので、カタリナはやれやれと肩を竦め、オレンジジュースの注がれたグラスに口をつけ、酸味の強い果汁を味わう。


 暫くしてようやく溜飲が下がったのか、店主の鼻から指を引き抜き、涙目で鼻頭を押さえる店主から貰ったタオルで、指を拭いながらレインツェルはホクホクと、満足げな顔をしていた。

 そして目の前には、ようやく注文のミルクが置かれる。


「おっと、ようやく来たぜ」


 無意識にレインツェルは、唇を舌で湿らせた。

 特別にミルクが好きという訳では無いが、未成年が酒場で飲む飲み物といえば、ミルクと相場は決まっている。森での生活では縁の無かった飲み物だし、久しぶりに乳製品を味わうのも悪くは無い。


 一番の理由は、メニューに何があるか、わからなかったからだが。

 ミルクが注がれたグラスを手に取って、味わおうと唇を尖らせた瞬間、背後から下品な笑い声と共に濁声が投げかけられる。


「おいおい! 酒場に来て酒を飲まねぇたぁ、どういった了見だぁ?」

「んだんだ! 場の統一感を乱されたらぁ、折角の酔いも冷めるってなもんだぁ!」


 そう叫んで此方を挑発するかのよう、ダンダンと足を踏み鳴らす。

 途端、店内の客が一斉に笑い声を上げた。

 ガラの悪い連中の絡み酒だ。

 まだ日の高い時間から酒を飲み交わしている辺り、仕事空けの傭兵か、今日はもうこの宿場町に一泊することを決めた、商隊辺りが集まっているのだろう。


 軽く暴れたレインツェルの威勢の良さに感化されたのか、アルコールも手伝って、客連中のテンションは一気に跳ね上がる。その対象は町では珍しいエルフのレインツェルだけでは無く、露出度の高いカタリナにも向けられた。


「よぉ、そこのセクチーな姉ちゃん! 俺達に酌の一つでもしてくんなよ!」

「違うシャクでもいいんだぜ? げらげらげらげら!」


 一人の男の下品な一言に、店内は大爆笑に包まれる。

 完全に酔っ払いのノリが支配していて、カタリナは無視を決め込んではいるものの、眉間の皺はドンドン深くなっていく。


「昼間っから、良いご身分ね。ったく」


 オレンジジュースを飲みながら、そうイラつくよう呟いた。

 相手は酔っ払い。酒を捌け口に、日々のストレスと疲れを発散する、苦労の多い中年労働者の一団だ。まもとに取り合ったって喧嘩になるだけで、何も得るモノは無い。無視してしまうのが一番穏便で、賢いやりかただろう。


 けれど、賢く無いのが、この悪童エルフ。

 飲みかけたミルクをカウンターに置くと、レインツェルは椅子から飛び降りて、クルッと背後を振り向く。

 唐突な行動に、やかましいほど賑やかな喧噪が、少し治まる。


「ちょ、レインツェル?」


 何事だと顔を顰めるカタリナの問い掛けに答えず、レインツェルはツカツカと店内を横切り、最初に絡んできた髭面の男達のテーブルまで歩み寄った。

 皆の注目を一身に浴びつつ、レインツェルはテーブルの側まで寄り足を止める。

 怪訝な顔をする髭面達に、ニヒッと歯を見せて悪戯っぽく笑うと、テーブルのど真ん中の置いてあった酒瓶を手に取った。


「なにを……」


 する気? とカタリナが問いかけようとした瞬間、酒瓶の先端を口に咥えると、顔ごと瓶を天井に向けた。


「――んぐきゅぐきゅぐきゅがぼぼぼぼぼ……!」


 封を開けただけで、丸々残っている酒を、一気に口の中へと流し込んだ。

 思っていたよりアルコール度数は高いようで、食道から胃にかけてが、お湯でも飲み下したかのようにカッと熱くなり、咽そうになって唇の端から琥珀色の酒を吹き出すが、堪えて喉を鳴らしていく。


 まさかの行動に、カタリナを含め唖然とする人々。

 ほんの数十秒。透けて見える液体の全てが、レインツェルの口の中に吸い込まれた。

 唇を離すとアルコール臭と大きくゲップを口から吐き出し、顎まで垂れた酒の雫を服の袖で拭ってから、半笑いで髭面の男達を一瞥した。


「不味い酒だ……こんな安酒で悪酔いしてるようじゃ、男が下がるぜ大将達。ひっく」


 そう言い放って、レインツェルは空になった酒瓶を、テーブルのど真ん中に叩きつけた。

 シンと静まり返った後、テーブルを囲む四人の髭面達が、威勢よく立ち上がる。


「言ってくれるじゃねぇか。エルフのクソ餓鬼がッ!」


 その中で一番体格の良い、揉み上げと髭が合体した大男が、バキバキと拳を鳴らしつつ、店の真ん中に歩き出る。

 同時に、空気を読んだ他の客連中が、一斉にテーブルと椅子を持って避難。


 真ん中はダンスホールのように、ぽっかりとした空間が誕生した。

 一気に拓けた店の真ん中で仁王立ち揉み上げ髭の男は、酒に酔った赤ら顔でボキボキと指の関節を鳴らす。


「男に上等決めたんだぁ。ブッ飛ばされる覚悟は、出来てるんだろうなぁ?」


 揉み上げ髭は、大きく息を吸い込む。


「――ふぅんぬっ!?」


 気合を入れるようにポーズを決めると、盛り上がった肉団子のような筋肉が、シャツの前のボタンを弾き飛ばした。


「体力自慢の旅商人を、舐めたら怪我じゃすまねぇぞゴラァ!」


 啖呵を切るように叫ぶと、蒸気でも吹き出すかのよう、鼻息を一際荒くした。

 僅かが間を置いて、店内な客達の歓声によって包まれる。

 一方のレインツェルも、「へっ」と笑いながら親指で鼻の下を撫で、マントと剣を外して、カタリナの方へ投げ渡す。

 渡されたカタリナは、何をするつもりか察して、目を丸くしながら怒鳴る。


「ちょ!? アンタ、正気なの!? いやいやいや。あり得ないでしょこのノリ!?」

「正気も正気だ。かっぱらうなよ?」


 笑顔でそう言って、レインツェルはポーズを決める揉み上げ髭と対峙する。

 同時に歓声も、一際大きくなる。と言うかレインツェルに向けられているのは、殆どがブーイングだ。


「そのクソ度胸だけは認めてやんぞクソ餓鬼。だが、男の勝負っつたら拳骨でぇ。上等切った手前、痛いからって泣いても、許してやんねぇぞ?」

「おっさんこそ。餓鬼に苛められて泣くなよ?」


 正面に立ち、レインツェルはぐるぐる右腕を回しながら不敵に笑う。

 不遜な一言にブーイングは更に激しさを増すが、揉み上げ髭は唇を吊り上げて楽しげに笑うと、何の前触れも無く脳天に自慢の拳骨を叩き落として来た。

 喧嘩に開始の合図など無く、不意を突かれたレインツェルは、まともに拳骨を喰らう。


「――ぬぅん!」

「――ギッ!?」


 石と石がぶつかり合うような激しい音と共に、レインツェルは目から火花が散るかのような衝撃に襲われる。

 あまりの衝撃に、一瞬だけ視界が真っ暗になった。

 割れたんじゃないかと思うほど強烈な脳天への拳骨に、倒れはしなかったモノの、フラフラと足元がおぼつかない。


「がっはっは! どうだ俺の拳骨はぁ? 痛ぇだろ、泣けるだろう?」

「……ああ。そうだ……なッ!」


 フラフラとした足取りが止まり、レインツェルは顔を上げた。

 同時に蛙が飛ぶように膝のバネを使い、揉み上げ髭の顎に拳を叩き込んでやった。


「――がふっ!?」


 調子よく喋っていたところを、顎を下から突き上げられ、揉み上げ髭は大きく後ろに仰け反った。

 してやったりと微笑み、目尻に浮いた涙を親指で拭う。


「いて、えじゃ……ねぇか!」

「――ふごっ!? ……ってぇなぁッ!」


 上体を元に戻しつつ、その勢いで右フックを振り抜いた。

 左頬を殴られて、レインツェルは横に数歩、倒れ込みそうになるがグッと堪え、返す刀で腰を振り、鋭いボディブローが揉み上げ髭の脇腹に突き刺さる。


 ボディの攻めは地獄の責め苦。

 臓物に響く一撃に、揉み上げ髭は表情を歪ませるが、気合でそれを抑え込み、再び脳天に拳骨を叩き落とす。

 二度目の衝撃に脳震盪を起こしかけるが、此方も気合では負けていられない。

 膝が抜けそうになるのを踏み止まって、逆に脛を蹴り上げてやった。


「――ずおっ!?」


 いいところに入ったらしく、揉み上げ髭は飛び上がって痛がる。


「オラオラぁ! テメェの筋肉は見せかけですかコノヤローッ!」

「こっのぉッ! 餓鬼がッ! エルフのクソ餓鬼がッ!」


 ゴングが鳴った直後の拳闘士が如く、二人は店の中央で殴り合いを始めた。

 体格差があるのに、二人共避けたい防御したりしないモノだから、打撃音と共に繰り広げられる殴り合いは、何とも見ごたえ十分。他の客達を大いに、興奮の坩堝へと叩き込んでいく。


 レインツェルに向けられていたブーイングも、次第に歓声が増していき、興奮した客達は揃って足を踏み鳴らし、木造の店内がぐらぐらと天井から埃が落ちるほど、建物全体を揺らす。

 熱気を帯びる店内で、カウンターに座るカタリナだけが、冷めた視線を向けていた。


「ホント、男って馬鹿ッ。大馬鹿ッ」


 吐き捨てて、残ったオレンジジュースを一気に煽る。

 馬鹿、馬鹿言いながらも、荷物を持って待っている辺り、カタリナはやっぱり律儀な人間なのかもしれない。




 ★☆★☆★☆




 日が傾きかけた頃、人の増え始めた酒場は、賑やかな笑い声に満たされていた。


「いやぁはっはっはっは! 驚いたぜぇ。最近のエルフは、度胸も腕っぷしも一端なモンだなぁ! 気に入ったぜ!」

「そりゃこっちの台詞だぜおっさん。商人ってパワー系の職業だったんだな。全然、知らなかった」


 騒ぎの中心にあるのは、青あざだらけで顔面を腫らした揉み上げ髭の男と、一緒のテーブルに座るレインツェルだ。

 あの後、一通り殴り合った両者は、互いの度胸と腕っぷしに感銘を受けて和解。こうして同じ卓を囲み、談笑するまでの関係になった。

 連邦都市の商人は実力主義の風土から、他人にも自分にも厳しい気質を持つ。


 反面、一度実力を認めれば、こうして互いに杯を交わし蟠りも水に流してしまうのだから、この気風の良さも、連邦都市人の特徴と言えるだろう。

 今回はエルフとは思えない度胸を見せつけた、レインツェルの漢気に、揉み上げ髭以下の商人達は心を許したらしい。


 一方、一人でカウンターに座るカタリナは呆れ顔だ。

 殴り合いの喧嘩までした商人達と、アッサリ仲良くなってしまうレインツェルのコミュニケーションスキルもそうだが、同じくらい殴られた筈なのに、顔に多少、傷の痕が残っている程度ということに驚いている。


「アイツ、どんな身体の作りしてんのよ」


 ジト目を向けるカタリナを尻目に、揉み上げ髭のテーブルには追加で料理と酒が運ばれ、更なる盛り上がりを見せた。


「さぁさぁ。詫びの印といっちゃなんだが、ドンドン食ったり飲んだりしてくれぇい。今日は奢りだ、遠慮はいらんぞい。なんせ、一仕事終えたばっかだからなぁ!」

「そういって大将。いっつも奢りすぎて、直ぐに素寒貧になっちまうじゃねっすかぁ!」

「がっはっは! 違げぇねぇ!」


 ドッと、笑いの渦が巻き起こる。

 運ばれてきた料理は、肉が中心でどれも食欲をそそるが、レインツェルは何も喧嘩をしたり食事をする為に、この酒場に訪れたわけでは無い。

 会話が切れるタイミングを見計らい、揉み上げ髭に問い掛ける。


「なぁ、おっさん。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど?」

「おうよ。言ってみな。俺らにわかることなら、何でも答えてやんよ」


 ジョッキの注いだ酒を飲み下しながら、揉み上げ髭は上機嫌に答える。


「ディクテーターって連中、知ってる?」


 瞬間、あれほど賑わっていた喧噪が、波が引いたかのよう静まる。

 口を付けていたジョッキを静かにテーブルに置くと、揉み上げ髭は若干青ざめた表情で、レインツェルを見据える。


「……お前さん。連中の知り合いけ?」

「知り合いだよ。仲良く無いって意味で」


 そう言うと、揉み上げ髭はホッと安堵の息を吐いた。

 途端、緊張感に満ちていた雰囲気が、緩むのがわかる。


「その反応、おっさん達知ってんだな?」


 レインツェルが再度問いかけると、男達は困惑したように顔を見合わせる。

「知ってるに決まってんじゃん。この連邦都市で商売してて、商業ギルド・ディクテーターを知らない奴なんて、モグリ以下よ」

 返答したのはカタリナ。

 彼女は椅子ごとクルリと身体を此方に向け、カウンターに両肘を置く。


「ってか、レインツェル。アンタ、あの連中を追っ駆けてたの?」

「うん。実はそうなんだよカトリーナ」

「カトリーナって言うなっ!」


 怒鳴るカタリナに笑みを向けてから、再び揉み上げ髭に視線を戻す。

 が、迷っているのか、揉み上げ髭は挙動不審に視線を動かしている。


「言い辛い連中なのか?」

「……おっかない連中さ。商売人としても、同じ人間としても」


 暫くは言い辛そうに食事を口に詰め込み、酒で流し込んでいたが、意を決したらしく飲み干したジョッキを、勢いよくテーブルに置いた。


「……何が聞きたい?」


 真っ直ぐと見つめてくる視線には、僅かに怯えの色が浮かんでいる。

 しかし、恐怖を押し退けて背中を押す信念と漢気が、揺れる視線を確りと此方に向けさせていた。


「いいねぇ、男だねぇ」


 レインツェルは嬉しそうに笑い、揉み上げ髭に問い掛けた。


「色々と聞いたり話したりすると、迷惑かけそうだからな。聞きたいことだけ聞くぜ……この三日以内に、連中が大勢で出歩いたりして無いか?」

「昨日、ディクテーターの商隊がこの宿場町を通って行ったな……恐らく、北にある町に行ったんだろう。そこには、やっこさん方の支店があるからの」

「ここから遠いのか?」

「足の速い馬があれば、一日もかからんだろうさ」


 それを聞いたレインツェルは、カウンターに座り、今まさに来たばかりの料理に手をつけようとする、カタリナに声をかけた。


「おい、カトリーナ。お前、馬持ってるか?」

「んがっ……持ってるけど。ってか、カトリーナって言うなってば!」

「よぉし! じゃ善は急げだ」


 椅子から立ち上がると、レインツェルはカウンターまで歩いて行き、食事中のカタリナの首根っこを掴んだ。


「ちょ!? あたしは行かないっての、巻き込むなっ!」

「まぁまぁ。旅は道連れ世は情けって言うだろ?」

「聞いたことねぇよ、何処の言葉よそれっ! せめて、ご飯終わるまで待ちなさいよ……ってか、は~な~せ~ッ!」


 文句を言うカタリナをズルズル引き摺りつつ、レインツェルは揉み上げ髭の男に笑顔で手を上げた。


「サンキュ、おっさん。感謝するぜ」

「いいってことよ。気をつけろよ、エルフの兄ちゃん……連中は、下手な軍隊より恐ろしいで?」

「い、いやだいやだ! あたしは行かないわよ! って人の話を聞けよこの悪童エルフ!」


 真顔で忠告する揉み上げ髭に不敵な笑顔を見せて、レインツェルは罵詈雑言を並べるカタリナを引き摺り、店の外へと出て行った。

 騒ぎの中心だったレインツェルが去り、店内に一抹の寂しさが宿る。

 そんな中、客の中の一人が思いだしたように声を上げた。


「さっきからずっと、何処かで見たことあるなぁって思ってたんだけどよ。あの露出狂の姉ちゃん、もしかして、武神の娘じゃないのか?」

「――なにっ!? クィーンか? それとも、プリンセスかっ!?」


 途端に、治まっていた熱が再び戻ってくる。

 けれど、先ほどの熱気とは質が違い、例えるなら芸能人と出会った一般人。のような、何ともミーハーな空気だ。

 しかし、それも長くは続かなかった。


「いや、俺も思い出したけど、一番下、末娘だな、ありゃ」


 誰かがそう言うと、店内に残念そうに空気が萎んでいく。

 まるで当てか外れたとばかりに、ため息が連なる中、誰かがポツリとこう呟いた。

 何だ。三姉妹の、みそっかすの方か。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ