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伊藤

 櫻井の目に狂いが無ければ、今朝、電車の中で見かけたピンク色のリュックサックの女性は駅前のゲームセンターに入って行った。あんな女子大生みたいな人が友人同士でプリクラを撮りに行くならまだしも、たった一人でゲームセンターに入ることに大きな違和感を覚えてしまう。今朝までなんの興味を持つことのなかった櫻井が初めて彼女に興味を示した瞬間であった故に、櫻井も当初の予定も兼ねてゲームセンターに入店する。店内ならば様々な人間が居る故に自分が居てもなんら不思議はない。もし、振り返ってこちらに気付いたとしても相手のことをジロジロと見続けなければ、ただのゲームセンターの利用者にしか思われない、ゲームセンターというのは都合の良い場所だと櫻井は内心笑みを浮かべる。対する彼女はというとのんびりとクレーンゲームに目を通していた。様々なクレーンゲームがある中、一定の個体の前で足を止めてじっと中の景品と睨めっこをしていた。


「スティッチのぬいぐるみか、あの大きさは少し難しいかな」


ゲームセンターによく通う櫻井はクレーンゲームにも多少の心得はあった。一つの景品に何千円か投資して、ようやく落とせた景品もあったくらいだ。その櫻井からしてもあのスティッチのぬいぐるみはおそらく何千円かはかかる景品なのだと思ったのだ。まさか、あれを取る気なのではないだろうかと思った瞬間に財布を取り出して、百円玉を投入口に入れていったので他の景品を見るフリをしながらその挑戦を見物しようと櫻井は決めた。しかし、何度やっても彼女が景品を落とせる気配はない。遠目からはどういう状況なのか詳しく見えないために移動していきながらその個体を通り過ぎた時にちらりと見てみるも位置が微妙にしか動いていない。まさか、このアームはそんなにも緩いのだろうかと思ってしまい、それなのに彼女はさらに投資している。20回はチャレンジしたのではないかと思った時に残念そうな表情を垣間見せながらゲームセンターを後にしていった。彼女のクレーンゲームのやり込みには驚いてしまう櫻井ではあったが、彼がさらに驚いたのは彼女がクレーンゲームをしている時間、ずっとその様子を見物していた自分自身にだった。結局その日はアーケードゲームをすることもなくゲームセンターを後にすることになった。


「女の子が一人で何回もクレーンゲームしてるトコなんて見たことないからかな」


帰宅してから自室のベッドでゴロゴロと寝転がりながら今日のゲームセンターでのことを考えていた。それだけピンク色のリュックサックを背負った彼女は櫻井に印象を与えたのだ。櫻井はただ考えた。何故彼女は一人でゲームセンターに行ったのか、何故スティッチのぬいぐるみにあれだけ投資するのか。スティッチのぬいぐるみが欲しいのならゲームセンターでなくても売っているだろうに。結局、その答えは櫻井にはわからなかった。


 一週間が過ぎて、再びチュートリアルの日がやってきた。櫻井は寝坊しており、目覚めた時には既に一限目の講義が始まっていた。こんな時の櫻井は大抵休む。今から大学に行っても到着した頃には昼休みが終わる頃、午後はチュートリアルなので自分が行く必要もないだろうと思うも携帯電話をチェックすればメールが一通。相手は小林だった。


「今日のチュートリアルは各グループに一人、先生がつくみたいだから休まないほうがいいぞ」


その内容を見てはため息をつき、仕方がないなと思いながら櫻井は身体をなんとかベッドから身を起こして洗面台で歯を磨き、顔を洗う。こういう日こそ大学を休みたいのにと思う一方でばしゃばしゃと音を立てながら洗顔し、頭髪も最低限それなりに整えたところでリビングに入るも誰も居ない。父親は仕事に行っているはわかるとして、母親はただ単に出かけているのかとすぐに連想された。そういえば、今日は愛知県から姉が帰ってくるという日でもあったことを思い出すと、きっと迎えにでも行ったのだろうなと考える。寝間着から青いジーンズと黒いシャツというサッパリとした服装に着替えて、お気に入りの黒いショルダーバッグに筆記用具とプリントの入ったファイルを詰め込む。教科書類は大学のロッカーに置いたままにしてあるので櫻井のカバンの中はそんなに重くはない。朝食と昼食は兼用になるだろうと考えて、家では何も食べずにコンビニでおにぎりを購入して電車の中で食べようと思案し、自宅を後にした。


 大学に到着したのは13時30分頃。チュートリアルが始まるギリギリの時間帯だ。あらかじめ大学側から指定されていたカンファレンス室に向かうと友人の小林を始めとするメンバーが集結していた。


「寝坊するなよ」

「ごめんごめん。これでメンバーは全員なのかい?」

「いや、あと一人向こうの大学の伊藤さんって人が来てないな。先週も来てなかったんだ」


もう一人欠席者が居ることを知り、このチュートリアルも実はそこまで必要性は無いのではないか。いや、ただ単に自分と伊藤さんという人が不真面目なだけか。櫻井は仕様もないことを考えてながらカンファレンス室に入り、用意された席に着席してその場にいるメンバーに軽く自己紹介をする。


「薬大の櫻井です。先週は欠席してすみませんでした」


一応礼儀として欠席をしたことの謝罪と知恵と案を絞り出す仲間に対するよろしくお願いしますという挨拶を済ませると、メンバーは快く挨拶を返してくれる。このグループが大学から指定された第40グループなのだと櫻井は認識し、全員が挨拶を返してくれた時に一人の女子生徒がカンファレンス室に入ってくる。


「あの、第40グループってここですか?」


女子生徒の問いに小林が答えると彼女は櫻井の隣の席に座る。ようやくメンバーが全員揃ったのだ。メンバー達はやる気が湧いて来たらしいものの櫻井にとってはそれどころではない。何故なら、その女子生徒は先週ゲームセンターでスティッチのぬいぐるみを手に入れようと何千円も注ぎ込んでいたピンク色のリュックサックを背負った茶髪の女性だったのだから。座席に着いた彼女が自己紹介を始める。


「看護大の伊藤愛です。よろしくお願いします」


第二話になります。

何気なく一話から登場しているピンク色のリュックサックを背負った彼女の名前と正体が明らかになりました。


ところで皆様は何をしている時に夢中になりますか?

勉強している時、ゲームしている時、スポーツしている時、料理している時、様々あると思います。


しかし、中には何事にも夢中になれない人もいる。そんな人がもし、何か夢中になれるものを見つけた時。

勉強にしか夢中になれなかった人が料理に夢中になってしまった時。

人は「何かが変わりそうだ」と思ってしまうのではないでしょうか?


次回もお楽しみいただけたらと思います。

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