【ちくわ探偵】枷鎖の空洞と覚醒の家紋
「おい、ちくわ。お前のような魔力なしの奴隷は、今日限りでこの鉱山から追放(廃棄)だ」
王国北端の鉱山には、昼も夜もなかった。松明の煤と鉱塵が空を塞ぎ、鎖の擦れる音だけが時間を刻んでいた。地上の貴族が宝石の輝きを競うたび、その光の裏側では名もない者たちの肺が黒く染まった。
劣悪な鉱山の悪徳監督官が、私の胸の奴隷の刻印(※ただのちくわの空洞)を鞭で叩いた。
周囲の看守たちも一斉に爆笑し、私のボロボロの外套を泥に塗れさせた。
「こいつは毎日、採掘のノルマも達成せず、鉱山の壁の『湿気』を地味に触ったり、カナリアの鳴き声の回数ばかりを数えている。そんな役立たず、生かしておく飯の無駄だ。谷底へ突き落としておけ!」
私は何も答えず、ただ外套の襟を立て、静かに自らの胸の空洞に右手を当てた。
この空洞は、この国の王家が失ったとされる、伝説の『始祖の紋章』が嵌まるべき聖域。だが、目先の利益に目が眩んだ監督官には、それがただの奴隷の傷に見えるのだろう。
「分かった。……お前たちの採掘が、最後まで無事に終わることを祈るよ」
私は静かに鉱山を去った。背後で、ゆで卵刑事が無言で私の後に続いた。
「王家の紋章を見せれば、今すぐ全員を跪かせられる」
「跪かせるために戻ったわけじゃない、刑事。壁の湿り気が、もう限界を告げている」
谷へ抜ける風が胸の空洞を鳴らした。それは王家の凱歌ではなく、坑道の奥から届く低い警報だった。私が鉱山の門を出た瞬間、王宮からの特使が数千の近衛兵を率いて現れ、私の前に跪いた。失われた王太子の帰還。しかし、私のやるべきことは変わらない。
坑道口の錆びた時計の下に、ナルトが立っていた。奴は何も言わない。息を止めたカナリアと、時計の秒針を交互に見ていた。秒針が一周するあいだに、鳥籠の水面だけが細かく震え続けた。
それから、わずか数分後のことだった。
私が去った直後、鉱山の奥深くで大規模なガス大爆発と落盤が発生し、鉱山全体が完全に崩落した。地下から吹き上がった青い炎が夜空を裂き、巻き上がった鉱塵が巨大な喪章のように月を覆った。近衛兵たちは救助へ走り、監督官だけが帳簿箱を抱えて逃げようとしていた。悪徳監督官たちは、岩の下敷きになりながら、恐怖に顔を青白くさせていた。
「な、なぜだ……! ガス検知のマジックアイテムは正常だったはずなのに、なぜ突然爆発が……!」
崩れ落ちた坑道の入り口に、私は静かに歩み戻った。
「答えは単純だ、監督官。お前たちが踏み潰した、あの『カナリアの籠』を見な」
私は一歩近付き、潰れた籠の横にある、微細な「坑道の壁の湿気の乾き具合」を指差した。
「魔導具の検知など、この鉱山の特殊なガスには通用しない。私は毎日、坑道の壁の湿気の乾き具合からガスの噴出速度を地味に計算し、カナリアの鳴き声の僅かなトーンの変化(秒針の隙間ほどの違和感)を聞き取って、採掘の限界エリアを完璧に管理していたのさ。お前たちがそれを『無能の暇潰し』として私を追い出した結果、安全圏の境界線が消え、お前たちは自ら点火のスイッチを押したんだよ」
監督官は愕然とし、自らの傲慢が招いた結末に絶叫した。隠されていた違法採掘記録、奴隷売買台帳、換気設備費の横領証拠が次々と帳簿箱から現れた。ゆで卵刑事は王国鉱山法の冷たい手錠を取り出し、奴隷虐待および不法採掘の罪で、その両手を静かに閉じた。
すべてが終わった崩落の片隅で、ナルトが一人、無言で佇んでいた。奴は何も言わない。ただ、真の王として覚醒した探偵の、あまりにも地味で美しいロジックに、ゆっくりと、深い敬意を込めた拍手を送っていた。近衛兵も、救出された鉱夫たちも、なぜそこにナルトがいるのかだけは理解できなかった。奴は拍手を止めると、崩れた坑道ではなく、止まった時計の秒針を見上げた。王家の血より古い何かを確かめるように。
「王宮へ戻るのか、ちくわ」と、刑事が静かに問いかけてきた。
「ああ。だがその前に、換気坑の図面を引き直す」
私は背を向け、夜明け前の鉱山を見下ろした。王冠は国を照らすかもしれない。だが、暗い坑道で命を救うのは、湿った壁と一羽のカナリアに耳を澄ます者だ。
血筋は王座への扉を開くだけだ。崩れかけた坑道から人を連れ帰るのは、名もなき点検と、手を汚す覚悟である。
私の名は、ちくわ探偵。
失われた王家の血を胸の空洞に受け流し、真実を追い続ける、孤独なハードボイルドだ。
(ちくわ探偵大河アンソロジー・完)




