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クーリングクレジット:cooling credit  作者: マスター


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5/7

第5話 見えない仲間

第5話では、ユウトがいつもの街の中で「自分以外にも冷却で動いている人」がいることを、直接的な形で感じ始めます。

まだ名前も顔もはっきりしないままですが、“同じルールの中で戦っている誰か”の存在が、ユウトの視界を少し広げる回です。

 火曜日。

 相馬ユウトは、アパートのドアを出てすぐにスマホを開いた。


『累計Cooling Credit:0.192 CC』


「今日は、0.2を超える」


 小さな目標。

 でも、こういう区切りがあるだけで、足取りが少し軽くなる。


 午前中のバイトは休みだ。

 コンビニのシフトは木曜日までない。

 今日一日は、完全に自由だった。


 自由だからこそ、何もしなければ何も増えない。


「駅前、モール、公園……」


 昨日までに歩いたルートが頭に浮かぶ。

 そこにもまだ伸びしろはある。

 だが、今日は少し違う場所を見てみたい気持ちが強かった。


 ユウトは、地図アプリで「冷却ミッション」の表示をオンにした。


 画面上に、薄い赤や黄色のマーカーが浮かぶ。

 生活圏内の“ホットスポット候補”を示すものだ。


『新規ホットスポット候補:

 ・歩道橋連絡通路

 ・小学校横の通学路

 ・河川敷入口付近』


「河川敷……」


 アパートから徒歩二十分ほど。

 今まで一度も冷却対象として見たことがなかった場所だ。


 川沿いは本来、都市部よりは涼しい。

 だが、舗装や護岸の仕方によっては、逆に熱がたまることもある。


「見てみるか」


 決めると、足は自然とそちらへ向かった。


 途中、商店街を抜ける。

 昨日、街路樹の影に「ここ、少し涼しいです」と書いた紙を置いた場所を通りかかると、紙はまだ残っていた。


 小さな落書き。

 だが、その近くには一人、立ち止まって携帯をいじっている女性がいた。


 彼女が紙を見て立ち止まったのか、たまたまそこが影だったからなのかは分からない。

 でも、影が使われていること自体が、少し嬉しかった。


 河川敷への坂を降りると、空気が変わった。


 川面からの風。

 護岸の石。

 広い空。


 一見すると、街中よりは涼しい。

 だが、足元は別だった。


 入口付近の路面は、コンクリートの広場になっていて、日差しをもろに受けていた。

 ベンチはあるが、屋根がない。

 昼になれば、座ることすら難しくなるだろう。


「ここか……」


 ユウトは、《ThermoBalance》を起動した。


『局所熱滞留:中

 日射直撃:高

 人滞在率:低〜中』


「“川が近いから平気”って思ってるけど、ここだけ普通に暑いんだよな」


 その時、河川敷の階段から数人が上がってきた。

 ランニング帰りらしい若い男性。

 犬の散歩をしている中年。

 そして、ジョギングウェア姿の女性。


 女性は、入口付近のベンチに腰をかけ、タオルで汗を拭った。


「熱っ……」


 すぐに立ち上がる。


 ベンチそのものが熱を持っていて、座っていられないのだ。


 その様子を見て、ユウトは少しだけ歯を食いしばった。


「もったいないよな……この場所」


 川沿いの風がある。

 空も広い。

 でも、入口の造りだけが、熱を抱え込んでいる。


「影……」


 周囲を見渡す。


 入口広場の端に、一本だけ街路樹があった。

 だが、ベンチからは少し離れている。

 木陰は歩道側に落ちていて、広場には届いていない。


「ベンチ動かせないかな」


 近くの看板には、「施設設備の移動禁止」と書かれていた。


「ですよね」


 昨日と同じ台詞が口をついて出る。


「でも、“人を動かす”ことはできる」


 ユウトは、広場の端の木陰に立ち、日差しと影の境界を確認した。


 昼前になれば、影は少し広場側に伸びる。

 そこに、“座る場所”を作ればいい。


 ベンチそのものではなく、簡易的な座り位置。

 例えば、折りたたみのスツールや、スノコ。


 今は何も持っていない。

 だが、今日は様子だけ確認しておけば、明日以降の設計に活かせる。


 そう思いつつ、ユウトは広場と木陰の温度差をスキャンした。


『木陰部分表面温度:周辺比 -3.1℃

 利用率:低』


「3度違うのに、誰も使ってないのか……」


 その瞬間、スマホが小さく震えた。


『近隣プレイヤー活動ログを検知

 河川敷入口付近での冷却提案履歴があります』


「提案履歴?」


 初めて見る表示だった。


「誰か、ここで既に何か考えたってことか」


 詳細を開こうとしたが、「閲覧権限なし」と出て弾かれた。


「権限か……」


 おそらく、一定以上のランクか、特定のミッションをクリアしたプレイヤーだけが見られるログなのだろう。


「でも、“誰かがここを問題だと思ってる”ってことは分かった」


 それだけでも意味があった。


 ユウトはメモ帳を取り出し、簡単に書き込む。


『河川敷入口

・広場部分が熱い

・木陰との温度差約3℃

・他プレイヤー提案履歴あり』


 書き終えたタイミングで、背後から声がした。


「その場所、どうです?」


「え?」


 振り返ると、二十代くらいの青年が立っていた。

 ランニングウェアに、キャップ。

 汗はかいているが、呼吸は落ち着いている。


「ここ、最近ホットスポットに登録されたんですよね」


「知ってるんですか」


「まあ、ちょっと」


 青年は、左手に持っていたスマホを軽く振った。


 画面には、《ThermoBalance》のプレイヤーモードが表示されている。

 ランク帯のアイコンが、一瞬だけ見えた。


 Bronze。


「もしかして、ここで何か試しました?」


「試したことはありますけど、まだちゃんと形にはなってないです」


 青年は、少し照れくさそうに笑った。


「街路樹の影、いいですよね」


「影、いいですよね」


 思わず同じ言葉が重なった。


「街路樹、使わせる発想が悪くないって、誰かに言われませんでした?」


「……言われましたね」


 昨日の通知。

 街路樹の“休憩ポイント”にいいねを押した誰か。


「もしかして」


「もしかして」


 互いに言いかけて、同時に口をつぐんだ。


 変な沈黙だった。

 だが、嫌なものではない。


「君もプレイヤー?」


「まあ、初心者ですけど」


「俺もですよ」


 青年は、自分のランクアイコンを見せた。


 BronzeⅠ。

 ユウトより、ほんの少しだけ上の位置。


「名前は……まだいいか」


「そうですね」


 ユウトは笑った。


 見知らぬ相手。

 だが、今はまだ“匿名のまま話す”距離感のほうが心地いい。


「ここ、どうしたらいいと思います?」


 青年は、広場と木陰を見渡しながら聞いた。


「個人的には、木陰側に簡易ベンチかスノコを置きたいです」


「置けるかどうかが問題ですよね」


「許可取るとか?」


「河川敷の管理って、だいたい市なんですよね。市の窓口に行くの、結構ハードル高い」


「ですよね」


 同じ言葉がまた重なった。


 青年は少し考え込み、やがて言った。


「とりあえず、“ここに座っていい”って分かる印を増やすだけでも違うと思います」


「印」


「君、街路樹のところで、【ここ少し涼しいです】って書いてましたよね」


「見てました?」


「見てました」


 青年は、少しだけいたずらっぽく笑った。


「そういう、軽い誘導、大事だと思うんですよ」


「じゃあ、ここにもやります?」


「やりましょう」


 ユウトはメモ帳を取り出し、「ここ木陰です」と書いて、木の根元近くに置いた。

 青年はその横に、自分のメモを重ねる。


「“座れるゾーン”とか書きます?」


「いいですね」


 二人の紙が、並んで置かれた。


 ただそれだけ。

 だが、それを見た何人かが、その場所に立ち止まるきっかけになるかもしれない。


 スマホが震える。


『協調行動を検知

 日陰利用率:微増

 +0.009 CC』


「協調行動……?」


 表示された言葉に、ユウトは軽く目を見開いた。


「今の、協力扱いなんだ」


「みたいですね」


 青年も、自分の画面を見て頷いた。


「たぶん、同じ場所で似たタイミングに“類似の誘導”をしたからだと思います」


「システム、見てるんですね……そういうのまで」


「見てますね」


 青年は、少しだけ真面目な顔になった。


「人が一人で動かせるCCって、どうしても上限あるじゃないですか」


「ありますね」


「でも、協調行動のボーナスって、“一人の限界”をちょっと超える方法の一つだと思うんですよ」


 言われてみれば、その通りだった。


 同じ場所で、同じ目的で、複数人が動く。

 その結果として、冷却効果が広がる。

 それを、システム側が評価している。


「チーム……みたいなものか」


「まだチームってほどじゃないですけどね」


 青年は笑った。


「でも、いつかちゃんと組んだほうがいい場面、出てくると思います」


「どんな場面ですか」


「企業相手とか、市のプロジェクトとか。スケールの大きいところ」


 その言葉は、ユウトの胸の奥に少し刺さった。


 企業。

 市。

 プロジェクト。


 今はまだ、自分には遠い言葉だ。

 でも、やがて当たるはずの壁でもある。


「君、そういうところやったことあるんですか」


「ちょっとだけです」


 青年は曖昧に笑った。


「バイト先のチェーン店で、冷却提案が採用されたくらいですけど」


「それでもすごいですよ」


「すごいかどうかはともかく、個人でできる範囲と、組織を動かしたときの範囲の違いは、痛いほど分かりました」


 青年は、河川敷の広場全体を見渡した。


「ここも、本当はベンチ自体の位置を変えたほうがいいんですよね。入り口のど真ん中じゃなくて、木陰寄りに」


「でも、勝手に動かすわけにはいかない」


「誰かが“正式な設計図”として提案して、承認取る必要がある」


 設計図。

 承認。

 正式。


 ユウトは、その単語たちを頭に並べながら、自分の今の位置を確かめた。


 自分は、今、“非公式な誘導”を繰り返している。

 それでも意味はある。

 でも、それだけでは届かない場所がある。


「君は、今はどうしてます?」


「どう、って?」


「個人で動ける範囲と、組織を動かす範囲の間」


「……まだ、個人寄りですね」


 青年は肩をすくめた。


「YouTubeとSNSでアイデア出しながら、ちょっとずつ声かける程度です」


「SNS」


「冷却ログとか、アイデアとか。見てる人は少ないですけど」


 そこで初めて、ユウトの頭に「発信する」という選択肢が具体的に浮かんだ。


 今までは、ただメモ帳と自分の画面だけだった。

 それを、外に出すことは考えていなかった。


「発信か……」


「いきなりバズることはないですけど、同じようなこと考えてる人と繋がるには、悪くないですよ」


 青年は、少しだけ真面目な目で言った。


「街を冷やすの、個人戦じゃないですから」


「……ですよね」


 協調行動。

 チーム。

 発信。


 今の自分には、まだ早い気もする。

 でも、いつか必要になるものだとも分かる。


「今日は、このくらいにします?」


「そうですね」


 二人は、河川敷入口の広場をもう一度見渡した。


 木陰の足元には、小さな紙が二枚。

 誰かがそれを見て、そこに座るかもしれない。


 スマホの画面には、本日の途中経過が更新されていた。


『本日獲得:0.023 CC

 累計:0.215 CC』


「0.2超えましたね」


「おめでとうございます」


 青年は軽く笑いながら言った。


「じゃあ、BronzeⅠまでもう少しですね」


「ですね」


 別れ際、青年は少しだけ躊躇したあと、短く名乗った。


「ハンドルネームだけ。

 WindArc って言います」


「……ユウトです」


 本名を出すか迷ったが、結局そのまま言った。


 風の弧。

 風の軌跡。


 妙に、この河川敷の場所に似合う名前だと思った。


 青年――WindArcが階段を降りていくのを見送りながら、ユウトは静かに息を吐いた。


「街を読む目、少しだけ増えた気がする」


 見えているものが変わる。

 自分一人ではないことが分かる。


 それだけで、世界の厚みは少し増す。


 アパートへ戻る道すがら、ユウトは新しいページにこう書いた。


『今日の気づき

・協調行動ボーナスがある

・同じ街で動いているプレイヤーがいる

・個人戦ではない

・いつか発信することになるかもしれない』


 まだ、SNSのアカウントを作る決心はついていない。

 でも、その一歩手前まで来たことは、確かだった。

第5話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、ユウトが初めて「同じ街で冷却に取り組んでいるプレイヤー」と直接話す回になりました。

まだ本格的なチームではなく、名前もハンドルネームだけですが、“協調行動”という概念が数字として立ち上がったことで、個人戦から少しずつ世界が広がり始めています。


今後は、こうした他プレイヤーとの関わりが増えていくことで、ユウトの「街の読み方」と「動き方」が変化していきます。

いつかSNSやオープンな場でアイデアを発信し、共有していく流れにも繋がっていくので、その過程を楽しんでもらえたら嬉しいです。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)

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