2.
ルビアンside.
これは、俺が第一王子になる前のこと。
俺は毎日、第一王子として国に相応しい人間になるため、幼少期を捨てた。毎日、勉強漬けの日々。俺の人生は、生まれる前からレールが敷かれていた。
両親は厳しい人で、テストは満点しか許されない。
ある日、俺はクラスの皆の前で表彰された。テストで学年一位を取ったからだ。
でも―――
「どうせ、親の金で教師を買収したんだろ? 賄賂だよ、賄賂」
「お金持ちの家っていいよな、人生楽なんだから。俺も金持ちの家に生まれたかったわー」
何も、何も知らないくせに。
学校なんてクソだ。
だけど、クラスメイトに何を言われても良かった。両親に褒められるなら。
―――
「なんだこの点数は」
「今回のテスト、難しいって先生が言ってたんだけど、学年で一番だったんだ。俺、頑張ったんだよ」
「頑張るのは当然じゃないか。結果が出ていないなら意味が無い」
テスト用紙を持ち帰った日。
父は俺の目の前でそれを破り捨てた。理由は、テストの点数が九十八点だったから。百点じゃなかった。完璧に出来なかった。父の期待に応えられなかった。
――俺は、第一王子として常に完璧を求められてきた。誕生日の日も、家でゆっくり過ごすことも出来ず、父が開催したパーティー会場で周りの貴族に愛想を振りまいた。
「王子殿下! こちらは、世界一高級なキャビアでございます。赤ワインとよく合うんですよ」
「王子殿下! 私も、私もありますよ!」
皆、俺に気に入られようと必死だ。興味もないプレゼントを渡されて、味も分からない酒を飲ませられる。
家に帰ってからも、部屋のどこにも電気はついていない。
机の上には札束が置かれているだけ。これで好きな物でも買えという意味なのだろう。
一回だけ、クラスメイトに相談をしたことがあった。今思えば馬鹿なことをしたと思う。だけど、あの時の俺にはそうするしかなかった。
誕生日の日、お金を渡されるだけなんだ。虚しいんだ。
でも彼らは、金で好きな物を買えるなんて羨ましいと、俺の相談を真面目に聞いてくれなかった。
俺は、豪華なプレゼントが欲しいわけじゃない。お金が欲しいわけじゃない。お誕生日の日でいいから、使用人が作った冷めたご飯じゃなくて、両親の温かな手料理が食べたい。頭を撫でられながら、ロウソクを消して、"お誕生日おめでとう"って言われたいんだ。
虚しい。満たされない。高級なステーキを食べても、味がよく分からなかった。
金があればなんでも解決できる。幸せになれる。そんなもの大嘘だ。世の中、金があってもどうにもならないことはたくさんある。そして、そのことに気づいているのは、金があるやつだけだ。
――深夜。窓を叩く音がする。
その日も、俺はいつも通り部屋にこもっていた。
(こんな時間に誰だ)
不思議に思いながらも、俺は窓を開けた。
すると、俺より一回りくらい小さな女の子がそこにいた。
顔と名前だけ知っている。学校に通わず、家庭教師を雇っているらしい。貴族の中で少しばかり有名な人だ。
「こんばんは! 貴方が、ルビアン?」
「そうだけど。何しにきたんだよ」
「今日お誕生日でしょ? お祝いしにきたんだよ! 家にいても、お勉強させられるだけだから、つまんなかったの」
笑顔でそう言いのける少女。変なやつだと思った。
俺はその子を部屋に招き入れることにした。
ただの気まぐれだった。
その子は嬉しそうに、俺の部屋にケーキを並べ始めた。
「なにそれ」
「ケーキだよ? お誕生日の日はね、ケーキを食べるものなんだよ! それに、甘い食べもは人を幸せにしてくれるの。私、甘い物食べるの大好き!」
その子は、拙い手つきでロウソクを取り出した。
そして、俺の目をじっと見つめる。
「お誕生日おめでとう、ルビアン。生まれてきてくれて、ありがとう」
「……何言ってるんだよ。大袈裟だ」
「どうして? お誕生日は、誕生をお祝いするものでしょ? だから、生まれきてくれてありがとう。おかしくないでしょ?」
なんだ、なんなんだこいつは。
周りの奴らは、王子殿下って呼ぶのに。なんでこいつだけは、当たり前のように名前で呼ぶんだよ。
「あ、それとね! はい、これ。うさぎのクッキー!」
その子は嬉しそうにうさぎの見た目をした茶菓子を取り出した。なんでうさぎなんか……
「ルビアンのお庭にね、うさぎがいたんだ! だから、うさぎ好きかなって思ったの。どうかな……?」
その子は不安そうに俺を見つめてくる。
正直、うさぎは好きでも嫌いでもない。庭にいたのも、野生の野うさぎだろう。ただの偶然だ。
それでも、高級な物じゃなくて俺のことを考えてプレゼントを選んでくれたのは……彼女が初めてだった。
その日から、うさぎは俺の特別な動物になった。
―――
時は流れ、俺は第一王子になった。
前よりも忙しくなり、仕事漬けの日々だ。
あの子……レオナは相変わらず学校へ行かず、使用人たちを困らせていた。だけど、俺は聞いてしまった。
レオナが学校を停学になっていたと。彼女は元々学校へ通っていた。だが、魔法でクラスメイトを傷つけたらしい。
あの子が? そんなことするわけない。
俺は、彼女に直接会いに行くことにした。
「なぁ、クラスメイトに魔法使ったって本当かよ」
嘘だと言って欲しかった。
だが、彼女は――
「うん、本当だよ」
「……! なんで……!」
「だって、ルビアンが第一王子になったのは、ルビアンの実力じゃないって言うんだもん。ルビアンは、あんっっなに頑張ってたのに!お金で今の地位を手に入れたなんて思われるのムカつく!」
「だからって……」
「その子に謝れば、停学は取り消すって先生に言われたの。でも私は、絶対謝らないから。だって、間違ったことしてないもん。ルビアンはすごい人だって知ってるから!」
この子は……レオナは本当に……
俺が、彼女を好きになるのに大層な理由など要らなかった。
目の前にいる君が、あまりにも普通の女の子だった。
甘い物が好きで、嫌なことは嫌だと言って。
自分の評判よりも、俺を優先するレオナに、俺はいつしか自分から彼女のそばにいるようになった。
好きだ、好きだ。好きだ。
そして、両親の反対を金で黙らせて、俺は彼女と婚約をした。
だが、レオナと婚約をしてから彼女の評判はもっと悪くなった。レオナは何も悪いことをしていないのに、何故そこまで言われなければならない。俺は、自分の彼女を好きという気持ちよりも彼女の立場を優先した。
「お前とは婚約破棄をする!」
彼女に借金を作らせたのも、彼女に支払い能力がないと分かっていながらのことだ。俺には金がある。金で彼女を繋ぎ止めれば、婚約破棄したって、レオナは俺のそばを離れられない。
……皮肉なものだな。金で解決することを何よりも嫌っていたのに、結局俺は好きな女を金を使ってそばに置くことしか出来ないなんてな。
でも、なんでもいい。彼女が、レオナがずっとそばにいてくれるならなんでもしてやる。
ああ……温かいな。人の体温はいつぶりだろうか。
―――
ルビアンの過去が、断片的に流れ込んでくる。
でも私は、視るのを止めた。今まで、色んな人の恋の終わりを視てきたけれど、もういいの。
彼が、私との恋を終わらせるつもりなんてなかったって知れただけで十分だったから。
それに、彼の恋の終わりは視たくない。
相手との恋の終わりが視えるのに、その人と付き合ったって、つまんないもん。
「……レオナ、好きだ」
「え、ルビアン…!? 起きてたんですか!?」
「騒がしいやつだ。今、起きたさ」
ルビアンはギュッと私を抱きしめた。
そして、すぐに名残惜しそうに離れてしまう。
「好きだ、レオナ。どう言えばいい? どう言ったら伝わる? ただ、そばにいて欲しい。金ならいくらでもやるから……」
「嫌い」
「え……」
「ルビアンの、そうやってお金で解決しようとするところ、嫌い!」
「す、すまない。どうしたらいいか分からない」
熱で弱っているからだろうか。目の前にいるルビアンが小さな子供に見えた。
「お金がなくても、そばにいますよ」
「本当か……? 捨てないか……?」
……やっぱり風邪で精神が弱っている。普段のルビアンなら絶対こんなこと言わない。
「捨てない。朝までそばにいますから」
「それは……ダメだ。風邪が移ってしまう」
「じゃあ、もう少だけ……そばにいてもいいですか? 私も、ルビアンのこと好きですから。……多分」
「多分なのか!?」
「ルビアンと婚約破棄をするのは嫌だし、ルビアンが他の人と結婚するってなったら、多分泣いちゃう。でも、好きかって言われたらまだ分からなくて」
「……阿呆が。今はそれでいい。いつか言わせてやる」
そして、私たちは他愛もない話をした。
この時だけは、何も考えずに、ただ気の向くままに。
婚約破棄まで一日。
―――
今日は婚約破棄当日。
私は一人で式場へと向かっていた。
怖くないと言ったら嘘になるけど、サフィールさんとキアン。……二人が教えてくれた。なんとかなるってことを。
―――
式場にはたくさんの人が集まっていた。
貴族も、街の人達も。子供から大人まで。皆の視線はどこか面白がるような高みの見物といったものばかり。
悪役令嬢の私が、ルビアンに婚約破棄されるところを見たがっているのだろう。
だけど、皆が望むようなスカッとする展開には出来ない。
私は、私のやるべきことを全力でやるって決めた。
私は、深呼吸を一つしてから壇上へと登った。
その途端、ザワザワとした空気が静まり返る。皆の視線が一斉にこっちを向くのが分かった。
静まったのは一瞬のこと。
彼らはすぐに、隣同士で声ををひそめて何かを話している。
内容は聞かなくても大体見当はつく。
多方、私の悪口で盛り上がっているのだろう。昔の私なら……いや、昨日までの私なら、"どうせ慣れている"からと、何も言わずにいただろう。
でも、ルビアンが言ってくれた。
"傷つくことに慣れるな"って。
今までは悪役令嬢だから、そう言われても仕方ないのだと思っていた。だけど、私は悪役令嬢である前にただの女の子なんだ。ルビアンがそのことに気づかせてくれた。
私は、静かに、でも会場中に響くように言葉を切り出した。
「本日はお忙しい中、ご出席賜り、心より御礼申し上げます」
私がそう挨拶すると、会場は更にザワついた。
ただの悪役令嬢だと思っていた人が、急に敬語を使いだしたのだから無理もないだろう。
病み上がりの時に、サフィールさんに叩き込まれた知識だ。忘れたくても忘れられるはずがない。
「本日は皆様に、兼ねてより、ご報告申し上げます。――私、レオナ・エメラルド・ローヴィッチは、ルビアン・クロードとの婚約破棄を破棄します」
そう言い終わった直後、会場中に大きな声が相次ぐ。
「婚約破棄を破棄!? そんなのありかよ!」など、驚きや批判的な声が多数押し寄せてくる。それでも私は、続ける。
だけど……
「いい加減にしろ! このクソビッチがっ!!」
会場から、野太い声がした。
貴族の男だろうか。全身ピカピカと光っていて、身につけている物全てが高級そうだ。男は、ズカズカと壇上へ駆け上がると、息を荒らげながら手を振り上げた。
その途端。私は、男の手首を掴み、勢いよく回し蹴りをする。これも、サフィールさん直伝だ。もちろん、キアンのおかげでもある。
嫌なやつはぶん殴っちゃえばいい。ふふ、本当だね。すごくスッキリした。
私は、男を床に押し付けたまま、会場中に聞こえるよう声を張り上げた。
「次、私のことをビッチと口にした者は、この拳で! 叩きつけます!」
「ふっ、よくぞ言った! それでこの俺の婚約者……いや、妻だ!」
空から巨大な飛行船が飛んでいる。会場の人達は、一斉にそちらに意識を向いた。
手前にある窓から、バサァッと長い縄ばしごが投げ降ろされる。ルビアンがその上で、手を伸ばしている。
「来い、レオナ!」
「ルビアン――!」
バッとルビアンに抱きつくと、彼は力強く中に引っ張ってくれた。
病み上がりとは思えない力だ。
「――これから、新婚旅行に行くぞ」
「え、新婚旅行!?」
「当然だろう。お前はもう俺の妻だ。結婚式も、そちらでしよう。祝福してくれないと分かっている場所で、結婚式を開く必要はないからな」
本当にこの人はーー! 色々突然すぎる!
私は、唖然としながらも彼の腕の中に収まっている。
でも、ルビアンって真面目な人だと思っていたけれど……
式場での挨拶、しなくていいのかな?
私がその疑問を彼に投げかけると、彼はなんてことのない顔でルビーの宝石を取り出す。そこには、会場の映像が映し出されていた。
私がさっきまで立っていた場所には見覚えのある人形が佇んでいた。そしてその人形が、あろうことか喋り出した。
「知っての通り、俺はこの国の第一王子だ。だが、それも今日で終わりだ。俺はもう第一王子ではない。王国はこれまで通り父が継ぐ。皆もそのつもりでいるように。ああ、それと――俺の妻に暴言を吐いた者は、どうなるか覚悟しておくように。以上だ」
人形が話し終えると、会場の人達はその内容よりも人形の作りや見た目に関心が向いているようだった。
「え、ええと、これって……サフィールさん自作の人形ですか?」
「そうだ。録音機能が付いているらしいな。便利なものだ。さて、これで仕事は終わった。第一王子としての俺はもういない。仕事に追われる日々から解放されて、清々しているくらいだ。これからは、第一王子としてではなく、ルビアン・クロード、もとよりお前の夫として接するからそのつもりでな」
ルビアンが私の唇にチョンと人差し指を置く。
それについてドキドキする暇はない。私にはまだあれが残っている。私は、恐る恐る彼を見上げながら、借金について聞いてみた。あの一千万ある借金だ。
「あの……夫として借金を返済してくれたりは……?」
「それはそれ、これはこれ。催促なしにしてやっているんだから、感謝するんだな。旅行から帰ってきたら、いい仕事を紹介してやろうか?」
「い、いえ。自分で探します」
そんな私をルビアンは楽しそうに後ろから私を抱きしめている。
「あの、熱は大丈夫なんですか?」
「お前がそばにいてくれれば、問題ない」
……いい加減すぎる。
彼に言いたいことは山ほどあるけど……今は、このままでもいいかな。
私は、彼に身を委ねて暖かな風を感じるように目を瞑る。
今日は五月二十九日。
世間では語呂合わせで、幸福の日と呼ばれているらしい。
借金がある中、本当に幸福かどうか定かではないが……それでも、私は幸せな女の子だと思う。ルビアンの気持ちが分かったし、何よりこれからも彼の隣にいられるのだから。
婚約破棄までゼロ日。
借金金額一千万。
返済まで???日。




