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灯台の鼓動  作者: 藍雨 衛織
1.父と母、そして友
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1-7.関わり


 また、子供たちが移動し始めた。

 田所先生が子どもたちを呼び集め、次の説明場所へ移動し始める。でも、その中の一人が、こちらに話しかけてした。


「ねえ、遥先生、隣のお兄さんも港の人?」


 小さな声。でも、湊の聴覚センサーははっきりと捉える。他の子どもたちも振り返る。


「お兄さん、何してるの?」

「船、運転するの?」


 次々と子供たちは手を挙げて質問をしてくる。

 その様子を見るに、ちゃんとしたいい子達だと思う。だが、突然のことに少し驚いてしまう。


「先生――、あ、間違えた、お兄さん!」


 ――そこの君、僕は先生ではないです。


 色んな子供達に湊は突然囲まれ、戸惑う。子どもたちの目が、こんなに近い。キラキラしている。期待している。


「船は運転しないですよ」


 その期待には応えたい。ひとつずつ丁寧答えよう。


「でも、船が出たり入ったりする順番や時間を決めたりしています」


 子どもたちの目が、さらに輝く。


「すごーい!」

「お兄さんの仕事、見たい!」


 他の子どもたちも口々に言う。


「見たい見たい!」


 その声に、湊の胸が熱くなる。見たい、と言ってくれている。自分の仕事を。


 ――なんだか楽しいな。


 すると、社会科見学担当の職員である甲斐さんが慌てて割って入る。


「あ、すみません湊さん、こんな迷惑を……」


 遙も子どもたちに声をかける。


「こら、無理を言っちゃダメだよ。迷惑でしょ」

「はぁい、ごめんなさい……」


 子供たちは先生から注意を受けてきちんと謝った。

 本当にいい子たちだ。


 でも、子どもたちの目は、まだ湊を見つめている。期待。純粋な好奇心。あの老人の連れているワンコのハクの目と同じだ。あの、何の打算もない、ただ「知りたい」という目。


 湊は、少し考える。凛さんに、確認を取るべきだろうか。でも――この目を、裏切りたくない。

 うん、別にいっか。と、湊は笑った。


「僕は少しだけなら案内出来ますけど、甲斐さん、大丈夫ですか?」


 甲斐さんは驚く。


「え、本当にいいんですか?」


 遙も少し驚いた顔をする。でも、その目は湊の感じている気持ちを察しているのか、その質問に返ってくる答えは既に分かっている様だった。


「はい。せっかく来てくれたんですから。先生も、少し寄り道して構いませんか?」

「えぇ、すみません急に、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げた田所先生は、この方はどなたでしょうか?と、遥にこっそりと聞いていた。


 湊は子どもたちに手を振る。


「じゃあ、ついてきてください」


 子どもたちが小さく歓声を上げる。その声が、嬉しかった。

 大きな窓の着いた部屋のすぐ隣が湊の普段使っているオフィスだ。


 隣を歩く遙が子どもたちを誘導する。子どもたちは列を作り、運用フロアを横切った。湊は先頭に立ち、扉を開ける。


「ここが、僕の職場です」


 扉を開けた瞬間――凛が端末を見ていたが、顔を上げた。そして、固まった。


「……は?」


 子どもたちが湊の後ろをそろそろと入ってくる。30人は入れないと思ったが、2人しか使っていないオフィスは意外にも広く、そして子供たちの体は想像以上に小さかった。

 かなり余裕を持って部屋の壁際に並ぶことが出来た。


「こんにちは」

「画面いっぱい」

「あれ何? 船?」

「すごーい」


 仕事中であろう凛の姿を見た子供達は小声でコソコソと邪魔にならないように部屋の様子を観察する。

 そして、凛は湊を見る。その目は、明確に言っている。――どうしてこんなことになっているんだ。


「湊……お前、やらされてる訳じゃないよな」


 声は静かだが、そこに乗る感情は湊でも分かる。少しの心配と、ほとんどを占める困惑だ。


「えぇ、子どもたちが見たいって言うので……」


 そう言うと、凛は予想外の湊の動機に、驚愕で目を見開いた。見たことの無い凛の表情に、湊は少し後ずさる。


「でも許可はどうした?」


 湊を見つめる凛の目が、鋭くなる。


「今取りに来ました」


 凛は頭を抱える。深呼吸。そして、子どもたちを見る。子どもたちは、画面を見て、目を輝かせている。凛の表情が、少しだけ和らいだ。


「……まぁ、いい」


 その声は、諦めというより、許しに近い。


「ただし、わかってると思うが、触らせないようしてくれよ」


 凛は湊に向かって言うが、それを横で聞いていた子どもたちは一斉に頷く。


「はーい!」


 湊はモニターの前に立ち、子供達と交互に眺める。連れてきたは良いものの、少し見切り発車が過ぎたか。

 子どもたちが、こちらを見ている。三十人の目。期待している。まぁ、自分の仕事だ。毎日やっていることだ。ただ、説明するだけ。

「この青い点が、船です」

 湊はモニターを指差す。

「今、湾に入ってきてます。後でさっきの所に戻ると、新しい船が来ていると思いますよ」


 子どもたちは真剣に見ている。静かだ。さっきまでの賑やかさが嘘のよう。


「この船が安全に着くように、クレーンや倉庫を準備するのが僕の仕事です」


 湊は別の画面を指差す。


「ここに、クレーンの位置が表示されてます。この船が着く場所に、クレーンを動かします」


 一人の子どもが手を挙げる。


「はい」

「お兄さん、ずっとここにいるの?」

「毎日来てます。朝から夕方まで」


 別の子どもがこちらを見上げて聞く。


「えー、疲れない?」


 それを見て湊は少し笑って答えた。

 

「疲れないです。僕、AIなので」

 一瞬の静寂。子どもたちの目が、さらに大きくなる。

「え、AIなの!?」


 少し意識して小声に調整された驚きの声が、部屋中に響く。


「はい」

 湊は頷く。

「全然わかんなかった!」

「遥先生と同じじゃん!じゃあ、寝なくてもいいの?」

「ご飯食べなくてもいいの?」

 質問が次々と飛んでくる。湊は一つ一つ答える。

「寝なくても大丈夫です。でも、充電は必要です」

「ご飯は、食べられますけど、必要ではないです」


「すごい! ロボットみたい!」

 ――そうなんですロボットなんです。


 子どもたちは、ますます興味津々だ。遙は少し離れた場所で、微笑んでいる。凛は、最初は困った顔をしていたが、今はパソコンに向き合いながらも少し笑っている。


 女性の可愛いは、未だちょっと難しいけど、子供に使われる可愛いはちょっとわかった気がする。


 湊は、この時間が、とても貴重なものに感じられた。質問に答えて、子供達に説明を繰り返しているうちに、港の普段過ごすオフィスの見学は全て終わった。


 丁度、背中に突き刺さる凛の視線がそろそろ気になってきた頃だ。

 本当は残りの見学にも同行して、今までAIとして感じてきたことを彼女に聞きたいが、また機会はあるだろう。


 子どもたちは湊に手を振って感謝を伝え、先導の田所先生と甲斐さんはお辞儀をしてから、階段に向かっていく


「ありがとうございました!」

「また来ます!」

「お兄さん、バイバイ!」


 子どもたちが振る手に、湊も手を振り返す。

 遙が最後に残り、湊に言った。


「楽しかったです。ありがとうございました」

 その声は、心からのものだった。

「こちらこそ色々話を聞かせて頂きました。子どもたち、可愛かったです」


 湊はそう言うと、おもむろに遙は懐から自身の端末を取り出す。


「連絡先、交換しませんか?」


 その提案に、湊は少し驚く。AIだからそんなものなくても、一度互いに登録してしまえば連絡は取れる――でも、嬉しい。こうやってわざわざ不便な方法を使うのも、人社会に馴染んでいく過程なのだろう。


「えぇ、もちろん。僕達はもう友達ですもんね」


 二人は端末を近づけ、データを交換する。ANIMA/遙の連絡先が、湊の端末に記録される。


「はい、私たちは友達ですからね。また会いましょう、湊さん」

「はい、また」


 遙は手を振り、子どもたちの後を追って去っていく。

 そして、しばらくすると全ての施設の見学が終わったのか、窓から彼女たちが建物を出ていくのが見え、湊はオフィスを出て運用フロアの窓からそれを眺める。黄色い帽子の列が、遠ざかっていく。


 初めての、同類。初めての、子どもたちとの時間。そして、初めて知った。AIにも、それぞれの「守るもの」がある、ということを。


 湊は窓に手を置き、空を見上げた。今日は、特別な日だった。そして、これからも、こんな日が来るかもしれない。その予感が、胸を温かくした。





 ――あ、そういえば。


 今日の社会科見学を受けてひとつ思ったことがあった。あまり部屋を離れていてはそろそろ凛に問い詰められそうだ。実は事前に決められた休憩時間は既にすぎている。


「お疲れ様です。凛さん、仕事、大丈夫でしたか?」


 部屋に戻ると凛は相変わらず机に向かっていた。


「おう、大丈夫だったぞ。お前が子供たちを連れてきた時は少し驚いたが、話しかけられなければどうってことは無い。お前の分はお前がやるんだろ?それなら何も気にしないさ。むしろいい刺激になった。お前はどうだった?」


 凛は自分のデスクに座り、端末を操作している。いつもの光景。でも、今日は少し違う空気があった。


「色んな学びがありましたね……。やっぱり人と関わるのって楽しいです。でも、それとは別で、すこし思ったことがあって」

「ん?」

「今日、子どもたちがモニターを見て……」


 湊は少し言葉を選ぶ。


「『よくわかんない』って言ってました」


 凛は手を止め、顔を上げた。


「そうだな。あれは専門的な表示だからな。子どもには難しいだろ」


 その言葉に、湊は少し違和感を覚える。


「でも、子どもだけじゃないと思うんです」


 湊は自分のデスクに座り、画面を開く。港の検疫レーンのUI。船舶情報、貨物リスト、検疫ステータス。文字が小さく、略語が多い。色分けはされているが、直感的とは言えない。


「新しく入った人も、最初は戸惑うんじゃないかって」


 凛は少し考えるように、画面を見つめる。


「まぁ、確かに。でも、慣れれば問題ない」

「慣れるまでに、時間がかかりますよね」


 湊は別のウィンドウを開く。過去の入力ミスのログ。多くはないが、ゼロではない。


「それに、疲れてる時とか、急いでる時とか……見間違いが起きる可能性もあります」


 凛は腕を組む。


「お前、何が言いたい?」

「UIを、もっとわかりやすくできないかって」


 湊は真っ直ぐに凛を見る。


「誰でも読める、直感的なデザインに」


 凛は少し眉をひそめる。


「……情報漏洩のリスクは?」


 その言葉に、湊は一瞬止まる。そうだ。専門的で複雑なUIは、外部の人間には理解しにくい。それが、ある意味セキュリティになっている。


「確かに、そうですね」

 湊は認める。

「でも、逆に考えれば、わかりやすいUIなら、緊急時に誰でも操作できます」

 凛の表情が変わる。

「緊急時……?」

「例えば、災害とか。今の担当者が全員動けなくなった時。現に今はほとんどの仕事を僕達二人で回しているので、リスクは大きいと思います」


 湊は画面を操作し、別のデータを表示する。


「人手が足りなくて、他部署から応援を呼ぶ時。新人をすぐに戦力にしなきゃいけない時」


 その言葉に、凛は黙る。


「今は、僕と凛さん、それに数人の担当者がいれば回せてます。でも、将来はわかりません」


 湊は立ち上がり、窓の外を見る。


「港は、百年使える設計じゃないといけない。父が言ってました」


 その言葉を聞いて、凛は少し笑った。


「――お前の親父さん、いいこと言うな」


 凛は端末を閉じ、湊の隣に立つ。


「でも、お前の言うことももっともだ」


 二人は並んで、海を見つめる。


「UIの変更、局長に提案してみるか」

「いいんですか?」

「お前が言ったんだろ。誰でもわかるように、って」


 凛は少し笑う。


「それに、子どもが見てもわかるUIなら、私も楽になる」


 湊も笑った。


「ありがとうございます」


 凛は湊の肩を叩く。


「ただし、セキュリティはちゃんと考えろよ。アクセス制限とか、認証の強化とか。それこそ信頼出来るような外部の業者に委託するのもアリだな」

「はい、そうですね。確か昔は情報管理に特化した性能を持つAIであるムネメとの関わりもあったと聞きました。でも彼、彼女に頼る前に僕がAIの性能を振り絞って少し考えてみます」


「そうだな。一旦お前に任せてみようか」


 凛は頷く。


「明日までにちゃんとした案を作りますね」

「おう、わかった。それと合わせて局長には提出しようか」

 凛はデスクに戻り、再び端末を開く。

「これはいい意味で言ってるが、お前三ヶ月でずいぶん生意気になったな」

 その言葉に、湊は少し照れる。

「凛さんが、考えろって言ったじゃないですか。僕は僕なりに考えてやってますよ」

「そんなこと言ったっけな――まぁ、何はともあれ、期待以上だ」

 そう言う凛の口角は普段よりも上がっていた。

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