⑧
絶命した、レオナ。
その亡骸に少女は呟く。
「よかった。ね」
「あなたも、すくわれて」
響く少女の声。それは無機質そのもの。
まるで道端に転がる石に語りかけるかのような、そんな声の質だった。
立ち上がり、少女は振り返る。
己の闇に埋もれた双眸。そこにアレンを宿し、少女は自分の胸に手をあてた。
つたわる、小さな鼓動。
"「ーー。ごめんね、ごめんね」"
少女の記憶の片隅。
そこに残る、だれかの謝罪。
その謝罪はとても辛そうで、とても悲しげだった。
「どう、して。あやまるの?」
朧げな記憶。
少女はそれに問いかける。
「なにも。わるいこと、してない」
「ただ。ちょっとだけ、おかあさんは。とおくにいくだけなのに」
口をついて溢れる、少女の"置いて行かれた"時の思い。
「おなか。すいたな」
「おみず。のみたい」
「おかあさん。おそい」
「おじさん。だれ?」
「わたしをどこに。つれていくの?」
こぼれ続ける涙。
壊れた蛇口のように。涙は少女の闇色の瞳からぽたぽたと滴り続ける。
ふらふらと。
少女はアレンの元へと帰ろうとする。
唯一のつながり。唯一の、救い。
たとえそれが、闇による【救済】だとしても、少女にはもうそれしか残されてはいなかった。
だが、その歩みは止められる。
「とまれ」
少女の脳内。
そこに響く声。
止まった、少女の足。
いや、止められた。
そんな不自然に、アレンは自身に力を行使した。
【救済】
【未知の力を知らぬことから】
瞬間。
アレンは、少女に触れた力の質を知る。
「言霊の類」
力を知り、瞳に闇を瞬かせ、アレンは更に意思を表明する。少女に向け、躊躇いなく。
【救済】
【言霊の影響から少女を】
「レオナを殺ったのはーー」
おまえか?
三度、少女の中に響かんとしたその声。
しかし、その姿無き"声"はアレンの意思により遮られる。
止まれ。
という命令。
それを、アレンの【救済】によって解かれ、少女はアレンの元へと駆け寄る。
アレンに縋り、足元で震える少女。
だが、アレンの意識は既に奴に向いていた。
声の主は姿を現す。
レオナの亡骸。
その後ろに続く、月に照らされた道の奥から。
レオナと同じ銀髪を揺らす男。
腰に剣を携え、その容貌はどこか底知れぬ雰囲気を纏っている。
アレンは、男を見る。
そして、淡々と力を行使した。
【救済】
【耳障りな声から】
アレンの耳。
そこにまとわりつく、闇。
「動くな」
アレンに言霊を下す、男。
「指一本も動かせないはずだ。俺が直接、声をかけてやっているのだから」
「……」
ただ静かに男を見据える、アレン。
「最後に名を覚えておけ。クリス。それが、俺の名だ」
剣を抜き、クリスはアレンとの距離を詰める。
一気に。風さえも置き去りにして。
アレンは、動けない。
そう確信して。
そして、アレンの眼前に身を置きーー
「死ね」
と、クリスが忌々しく吐き捨て瞬間。
「てめぇが死ね」
アレンは呟き、容赦なく、クリスの顔面に闇を纏った拳を叩き込んだのであった。