⑦
雨があがり、月の光が街を照らす。
濡れた石畳。浮かぶ水溜り。ひんやりとした夜の外気。日の昇る時とは違う冷たい静寂が、街を包む。
その中を、少女とアレンは歩んでいた。
自分を抱きしめる格好。それをもって、少女は小刻みに身を震わせ続ける。そしてその震えに呼応するは、少女の足元に広がる漆黒の闇だった。
闇は少女にまとわりつく。
少女を庇護するように、まるで【救済】を体現するかのように。
そこでふと、声が響く。
「どう……して」
幼く掠れた声。
「わたし、を」
アレンにかけられた声。
その声に、アレンは答えようとした。
前を向いたまま。少女に視線を向けずにーー
しかし、そこに。
「みぃーつけた」
小馬鹿にしたような女の声が響く。
そして同時に、二人の視線の先に現れる。
小柄な軽装姿の少女。
短めの銀髪を夜風に揺らし、琥珀色の瞳に好奇の光を灯す姿。それはまるで、新しい玩具を見つけどう壊そうか迷ってる子どものよう。
「あんたでしょ? ダーゴ様の言ってた元奴隷さんって。骨みたいな手足。汚らわしい格好。それに、"痣だらけの醜い顔"……ぷっ。この絵の通りじゃん」
笑い。レオナは放り投げた。
手に握り、くしゃくしゃに丸められた紙を少女に向けて。
その紙を、アレンは受け止める。
表情を一切変えず。淡々と。
それに、怪訝な表情を浮かべるレオナ。
「なに、おまえ」
「……」
アレンは答えない。
舌打ちをし、レオナは続ける。
「もしかして。あんたが、そいつの新しい主様? だから、守ったの? そっか、そっか」
「なら、どう? わたしと取引しない?」
欲にまみれた笑み。
「わたしね。そいつの元ご主人様から依頼されてるんだ。なにをって? ふふふ。それはね……そのゴミを殺せって依頼」
「でもね。わたし、少しは話がわかるんだ。わたしと違うもう一人。そいつより寛大なんだ」
「どう? 話。してみない? はい。金100万からはじめよっか」
だが、その両手は自らの両腰にぶら下がった短剣の柄頭に触れ、琥珀色の瞳には明らかな殺気が宿っていた。
少女は一歩、前に踏み出す。
【救済】
【心の痛み。それを堪える苦しみから】
アレンにかけられた、救済の力。
それにより少女は自らの口で思いを語ろうした。
「わた、しは」
「あ? 奴隷さん。なにか言った?」
レオナは嗤う。
「新しいご主人様が側に居るからって、調子に乗らないでくれる? この」
めきっ
汚い嘲り。
それを遮るように、レオナの右腕があらぬ方向に曲がる。
【救済】
【骨が右腕を支える負荷から】
行使される、アレンの力。
前触れなく、貫く激痛。
それにレオナは悲鳴をあげた。
そして更に曲げられる、左腕。
【救済】
【骨が左腕を支える負荷から】
響く、絶叫。
レオナはその場に崩れ、その顔に汗を滲ませる。
しかしその唇は噛み締められ、未だ敵意は消えてはいなかった。
だがーー
「……っ」
こちらを見据える、見開かれた少女の目。
そこに蠢く闇。それに、レオナの敵意は畏怖へと変貌をとげてしまう。
ゆっくりと。
少女はレオナの元へと歩み寄る。
そしてその眼前に座り、呟いた。
「わた、しは」
「すくわれ、た」
「だから、もう」
「もう。ゆるしてください」
無機質な少女の声。
それにレオナは、
「ゆ、赦す? は、ははは……あんたが、赦されることなんてーーッ」
瞬間。
【救済】
【全身の骨が身体を支える負荷より】
べきっ
ごきッ
めきぃッ
「ッ……っぐ」
レオナの全身の骨。
それが自らの意思で砕け散る。
そして、最期の声をあげるまもなく、レオナはその命を散らしたのであった。