⑥
〜〜〜
「あの奴隷。まだ、この街にいるのか?」
街一番の大商人。
その屋敷の中にある豪奢な部屋。
そこに、不機嫌な声が響く。
「はい。どうやら、未だ」
従者は応える。
「さっさと殺せ。いつまでもこの街に居座られては、俺の評判が下がる。未だあの薄汚い奴隷に慈悲を抱いているのではないか……とな」
雨が降りしきる街並み。
それを大きな窓から見つめ、ダーゴは眉間に皺を寄せる。
体格は太く。見るからに、私腹を肥やした見た目がそこにはある。
「俺の傭兵共はどうした? クリスとレオナはどこにいる?」
「只今、近郊の調査に」
それを遮ったのは、扉が開かれる音。
そして響く声。
「ただいまー。一攫千金はできませんでした」
「……」
不満げなレオナと、無言を貫くクリス。
微かに濡れた二人がそこに居た。
「なにをしていた……いや、それより。今は」
ゴーダは振り返り、二人に命を下す。
「金は弾む。さっさと仲間を引き連れ、この奴隷を始末してこい。俺の評判が下がらぬうちな」
忌々しげに懐から紙を出し、二人に投げ渡すゴーダ。
その紙には、一人の奴隷少女の姿が鮮明に描かれていたのであった。
〜〜〜
ジークの死。
それに呼応し、雨が滴る。
人々は慌て、手近な建物の中へとその身を置く。
喧騒は雨の音にかき消され、街はしばしの静寂や包まれる。雨が地を叩く音。それのみを残して。
その中をアレンは、歩む。
【救済】
【雨に濡れることから】
雨にその身を濡らすことなく、ただ静かに。
その中で、アレンは足を止める。
そして、見た。
薄汚れた壁に背を預け、力無く頭を下げる少女の姿を。
手足は痩せ細り、痣が滲むその身。
気づけば、アレンはその少女の元へと歩み寄っていた。
芽吹く、闇の気配。
それに自らの闇が呼応するのを、アレンは感じる。
そして、アレンは少女を見下ろす。
光なき双眸で。ただ、静かに。
呼応し、少女は顔をあげる。
その顔。
それはひどく、腫れていた。
その目。
それはひどく、虚ろだった。
だが、その瞳には確かに"闇"が宿っていた。
〜〜〜
その幼き少女は、ソコに座りただ静かに空を見つめていた。
ボロに身を包み、その頬に痛々しい痣を滲ませながら。何度、ぶたれたのか。少女はもはや覚えてはいなかった。
手足は痩せ細り、その瞳は虚ろ。
行き交う人々は、見て見ぬフリをする。
中には嘲笑い、石を投げる者も居た。
"「捨てられた奴隷だ」"
"「どうせ。主に粗相を働いたのだろう」"
"「自業自得だ」"
"「さっさと野垂れ死んだらいいのに」"
浴びせられた、罵詈雑言。
しかし少女の表情は変わらなかった。
ただ一筋の涙。それをその瞳からこぼすだけで、少女は壊れた心にその身を委ね続ける。
首をさげ、少女は嗚咽を漏らす。
ぽつり。ぽつり。と、雨が降る。
雨は少女の身を濡らしーー
ふと、雨が止む。
少女は顔をあげ、空を見ようとした。
光なき虚な眼。それをもって空を見ようとした。
だが、その潤んだ視界にうつったのは灰色に濁った空ではなかった。
闇。少女はそう思った。
人のカタチをしている。
だが、その姿はどこか朧げで儚かった。
そして、それは声を落とした。
「救済する」
「心の痛み。それを堪える苦しみから」
その時。
少女の中で、なにかが弾けたのであった。