⑤
【救済の力】
それにより、ジークはアレンの身を"斬ること"ができなくなる。
斬られる。その行為そのものから与えられる苦痛。それから、アレンは【救済】される。
目を見開く、ジーク。
赤を帯びた刀身。
確かに。斬ったという感触はあった。
だが、今。目の前にはーー
「オマエが世界を救うのか?」
そう無機質に問いかけ、こちらを闇色の双眸をもって見据える存在のみ。
その身にあるはずの裂傷。
それは、一筋もない。
唇を噛み締め、二歩三歩と後退するジーク。
その顔に滲むは、焦燥。
その目に宿るは、畏れ。
剣を握る手。
それが震える。
なら、自分は今。
"なにを斬った?"
ジークは己に問いかける。
だが、答えは返ってこない。
自然と足が後ろに下がる。
まるで、捕食者から逃れる被捕食者のように。理性では抗えぬ恐怖によって。
じっと、じっと。
ジークを見据える、アレン。
そして、アレンはゆったりと手のひらをかざす。
【救済】
【オレを斬ることができないという苦悩から】
刹那。
ジークの内に、闇が広がる。
【斬ることができない苦悩からの救済】
それが意味すること。
ジークの双眸。
そこから光が消え、ぽつりと声をこぼす。
その手から、剣を落としーー
「斬る」
「それは……なにをする行為のことだ?」
虚な眼差し。
それをもってなにかに問いかけた、ジーク。
生まれもって剣の才に恵まれ、【斬る】ことで己を高みへと置いたジーク。
自身の力。真紅のオーラを刀身に込め、ジークは魔物や悪を斬り捨ててきた。
懇願するモノ。
許しを乞うモノ。
それらを全て、一太刀の下に。
そしていつしか、ジークを知る者は言った。
"「彼こそが」"
"「勇者」"
だと。
だからこそ。
【斬る】
という行為。
それが、ジークの内から失われればーー残るは、ただ虚にそこに佇む、ジークという名のただの一人の矮小な人間のみ。
アレンは歩み寄る。
一歩、一歩。
糸が切れた人形のように立ち尽くす、人間に向けて。
そして。
【救済】
【意味もなく生き長らえる苦悩から】
眼前で。
その虚な瞳を見つめ、アレンはジークに救済を与える。
瞬間。
ジークはその場に崩れ落ちる。
目から光を無くし、その顔から生気を消失させて。
死という救済。
それに抗うことなく。
その様を見つめ、アレンは身を翻す。
纏う闇と共に。
蠢く闇。
それをその双眸に宿しながら。