④
賑やかな街中。その中を、アレンは進む。
周囲の村々の特産品。加えて、王都から送られてきた品物の数々。いたるところに露店が開かれ、活気に満ちた人々の声が響くそこは、"闇"とは無縁の場所だった。
「ねぇ、聞いた?」
「ん?」
「どこかの村か街か知らないけど……勇者様が現れたって話」
「聞いた、聞いた」
「どう思う? ほんとに勇者様が現れたって思う?」
「うーん、どうかな。勇者様なんて伝説の存在でしょ? それに勇者様が現れるってことは、魔王も現れるってことでしょ? こわくない?」
「こわーい」
「だよね。まっ、そういうことは話半分で聞いておくのが一番だよ。わたしたちみたいな普通の人間には関係のないことだし」
「ははは。それ、言えてる」
「それにさ。もしほんとに勇者様が現れたんなら、もう既に。上の人が押さえてると思うんだ。身柄とかそういう意味じゃなく」
「"力をこっちのいいように使わせる"って意味?」
「そうそう」
「でもさ。この街にもいるかもよ?」
「勇者様が?」
「うん!」
楽しそうに声を弾ませ、アレンの側を通り過ぎていく軽装姿の二人組の女。
その声。
それにアレンは興味を示さない。
ただ静かに、表情を変えず、アレンは前へ前へと歩みを進める。
闇の跡。それを足元に残しながら。
そのアレンの姿を、路地裏から見つめる者が一人。
壁に背を預け、腕を組む黒髪のその男。
腰には剣を携え、その眼光は鋭くまるで獲物を見る狩人のよう。
漆黒のローブを纏い、その口元はなぜか固く結ばれている。
己の視線。
そこから外れ、人混みに紛れ視界から消えるアレン。
そして男は身を起こし、通りへと出る。
そして、呟いた。
「闇のニオいがする」
そう、忌々しく呟いたのであった。
〜〜〜
薄暗く、広い路地裏。
人々の喧騒から隔絶されたその場所を、アレンは進んでいた。
闇を纏い。表情を変えずに。
っと、そこに。
「おい、そこのお前。止まれ」
怒気のはらんだ声が響く。
足を止め、アレンは振り返る。
果たしてそのアレンの視線の先には、立っていた。
漆黒のローブを纏い。
「名は知らぬ。だが、その闇。見過ごすわけにはいかぬ」
そう声を発し、赤々としたオーラを纏う一人の男がそこに。
「名は?」
アレンは、しかし答えない。
答える義務などない。
そう言わんばかりに、その身に闇を纏わせて。
それを鼻で笑う、男。
「闇の分際で……死ぬ前に教えてやる」
「俺はジーク【勇者】を"やっている"」
刹那。闇が蠢く。
アレンの闇色の双眸。
そこに、明確な殺意が宿る。
剣を抜く、ジーク。
その剣は真紅に輝き、辺りを赤々と照らす。
「この剣はあらゆる闇を断つ」
「そして、お前もだ」
【神速の剣戟】
目覚めた力。
それをもって赤を纏い、ジークはアレンを剣の射程に納める。
一瞬にして。瞬きさえ許さぬ速さをもって。
「消えろ」
呟き。
ジークは、剣を一閃。
アレンを袈裟斬りにーー
刹那。
【救済】
【斬られる苦痛から】
闇を帯びた真の勇者の力。
それが、偽勇者を嘲笑うかのように発動されたのであった。