はじまり
「あ、お、お父様。ダメです。やめてください」
「いいじゃねぇか、マリア。うちの小僧は明日にはこの村には居ねぇんだからよ」
「で、でも。わたしも、明日。彼と一緒にーー」
「なら、どうして俺の家にきた?」
「そ、それは」
「そんなに俺の息子のことが好きだったなら、俺の家じゃなく小僧の小屋に行くはずだろ? しかも今日は、あいつの出発前夜。普通なら、俺の家なんかにこねぇよな?」
「……っ」
「ほら、言い返してみろよ」
「……」
「言い返せねぇよな?」
「あ、アレンじゃ世界を救えない。だから」
「だから?」
「お、お父様とわたしでアレンに絶望を与えて。旅立ちなんてしないようにしたいんです。あ、アレンが"勇者"じゃないのに"勇者だと勘違い"して旅立てば、この村はいい笑いモノになるから」
「へへへ。いい判断だ」
「村のみんなは?」
「大丈夫。村のみんなも了承済み。あぁ、それと」
「それと?」
「既に世界には数名の勇者様が居られる。世界公認のな。へへへ。だから、アレンはただの」
「偽の勇者ということですね」
「そういうこと」
「で、では優しくお願いします。お父様」
「わかってるよ」
〜〜〜
家の中。
閉じられた扉の向こうから聞こえた、その会話。
それに、アレンの両目から涙が溢れる。
胸が苦しい。心が痛い。
マリア。
アレンの幼馴染にして、いつも側にいてくれた優しい少女。
幼き日に母を無くしたアレンにとって、マリアは幼馴染以上のなにかだった。
"「ねぇ、アレン。大きくなったら、けっこんしようね」"
幼き日に交わした約束。
それを思い出し、アレンは声をこらし嗚咽を漏らす。
「ま、マリア」
そして、父。
いつもアレンを励まし、元気づけてくれた大きな存在。
"「アレンッ、男ならおっきくなれ!! この俺のようにな!!」"
かつて、村一番の強者だった父。
アレンの目標で、尊敬できる存在だった。
「と、父さん」
マリアに父。
そのアレンにとって大切だった二人。
その二人が。その二人が。
「……っ」
胸を抑え、アレンはその場を去る。
ふらふらと音をたてずに。
勇者として。
世界を救う。
三日前の夜。
アレンは夢で、「勇者」となるべき者としてお告げを聞いた。
かつて母に聞かされた、勇者様の伝説。
"「アレン。勇者になれる人はね。ある日、ある夜。夢の中で、神さまに教えられるの。あなたが此度の」"
「勇者」
だと。
母の言葉。
それを無機質に呟く、アレン。
しかしその瞳に光は無い。
あるのは、漆黒の闇。
どこまでも深く重い闇の瞬き。
背後から響く、聞きたくもない音。
「ちなみに。あいつの母さんが死んだのは、病死じゃねぇ。世界の意思だ」
それを余韻に、アレンは呟く。
「世界を闇に」
そう揺らぎなく呟いたのであった。
〜〜〜
翌朝。
「あ、アレン。ほんとにいくの? わ、わたしはやっぱり、村に残るね」
「アレン。父さんはやっぱり、心配だ。アレンが勇者だなんて」
赤面するマリアと、心配そうな父。
父の手。それがマリアの背後にある。
しかし、アレンの目には既に光は無かった。
村の人々もアレンを引き止めようとなぜか必死だった。
「行ってくるよ。勇者として、世界を救わないと。父さんとマリアの為に」
響くアレンの声。
それはひどく淡々としている。
当然、瞳に光は無い。
「あ、アレン。お前もこの村にのこーー」
「いってくるよ。この世界を守る為に」
父の声。
それを遮り、アレンは言い切る。
そしてその身を翻し、アレンは村から旅立つ。
守る。
ではなく、崩す為に。
この村ごと。世界を闇に落とす為に。