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初月の出

何もない夜空を、ただ見上げていた。

星も、雲も、月さえなかったハズだ。

その空は奇妙で、不気味に思ったことを今でも覚えている。

10月9日。

日本の季節は秋でも冬でもなく春だった。

2日前に起こった天変地異が原因だと、専門家や気象

予報士は言っていた。

生暖かい風が流れていく。

それは、なんとも言えない気持ち悪さだった。

その風にのってきた雲が空を覆い始めた時だった。

空はひとつの色を持って輝きだした。


「なんだ、あれ」


雲も空も紫色になって、大地を薄暗く照す。

初めは、空が紫色になったのかと思っていたが、その正体は空でも雲でもなかった。

再び風が吹いて雲がどかされた時、人々が見たのは…

紫色に染まる満月だった。

一瞬。ほんの一瞬だけ、人々はそれを捉えた。

その一瞬が、見た人々の記憶にこびりつく瞬間。

それからが、この一晩に起きた悪夢の始まりだった。

感覚が鈍りだし、急に立ちくらみになる。


「なんだ…これ」


もすうでに立ってられないほどのものだった。

だんだん視界が暗くなっていき、最後には意識が消え失せた。

この日起こったことは、あの月を見た人が次々と倒れていくという現象。

この前のテレビでは月からの紫外線に当てられて、脳が混乱したとか言っていた。

月から紫外線なんてでてたかという疑問には太陽の光を反射してるからあたり前だという。

あの日、月が紫色になったのも、人々が気を失って倒れたのも、たまたま紫外線が強くでてただけ…ならよかったのに。

勿論話はそんなに単純ではなかった。

逆にもっと深刻になった。

それはそのつぎの日。

倒れた人々が目を覚ましたときには日本に住む人間の半分近くが消滅していたということ。



紫色の月を見てからすぐ。

1日後に紫村(しむら)平太郎(へいたろう)は再起動した。

目覚めるとそこは自室のベットの上だった。

部屋…部屋って…

一瞬記憶が錯乱するが、確かにここは自分の部屋だ。

それ以上でも、それ以下でもない。

だが昨日、何をしていたかを思い出せない。

疲れきって寝てしまったのだろうか、

平太郎の今着ている服は普段着だった。

白いTシャツに下は黒のジャージ。

その上からまた黒のジャケットを羽織っていた。

体を起こして、取り敢えず家を徘徊する。

下に親と妹と弟の部屋があるのだが、ひとまず一階に降りることにした。

下に降りたときに妙な違和感を覚えたが、確かにいつもと変わらない光景にしか見えない。


「おーい」


何気なく誰かを呼んでみる。

少し待っても、誰の返事もない。

それはいつものことなのでわかってはいたが、何かがおかしいと感じた。

だがこれも感覚に影響される。

ただの勘なのだ。

それだけを信じるというのは、あまり賢いとはえない。

実際、妹はベッドの上で寝ていた。

他の3人は買い物とかに行っているハズだ。

そんなことよりも、平太郎は昨日見た月のことを頭から忘れられずにいた。

眺めていると魅入ってしまいそうなほどに綺麗だった。

あの月は一体なんだったのだろう。

そうしているうちに妹の視夜(みや)が部屋から出てきた。


「あ、起きたのか」


「あれ、今日は平兄(へいにい)だけ?」


「母さんたちに出かけるとか聞いてないか?」


「うん」


「何も言わずに…めずらしいな。まあ大方買い物だろう」


「そっか」


「じゃあ今から昼飯作るけど、お前は」


「私は大丈夫。というか、平兄のもあるよ」


「なんでそんなことわかるんだ?」


「昨日夕飯できたから平兄呼びに外出たんだけど、紫色の月見てたら寝ちゃってた」


「それ、大丈夫か?」


あれ、なんか変だ。

平太郎も似たような経験をした気がする。

いや、した。

思い出した。

確かに昨日、紫色の月を見たときに気を失った。

では尚更あれはなんだったのだろう。


「全然大丈夫、平兄の方こそ大丈夫?」


「いやそれが、俺もあの月を見て倒れたんだよ」


「えー!?なにそれこわっ!」


確かに今の話だとホラー要素しかない。

そして、平太郎は何か嫌な予感を感じていた。

何かを。

でも、これ以上考えても何かわかるわけでもない。

平太郎の思考はそこまでで、考えるのをやめた。


「あ、そうだ。ご飯は戸棚の中ね」


「おう」


少しおっさんぽく返した言葉の後に、視夜の言っていた戸棚へと向かった。

お菓子やらご飯の残り物やらはだいだいここにある。

戸棚の物質が尽きることはないのだ。


「昨日はグラタンだったのか」


中身を確認した平太郎がそうこぼす。

しかしグラタンだったのならこれを食べるのはまずいのではないだろうか。

見た目はどうであれ、もしかすると腐っている。

ひとまず平太郎は視夜に訊いた。


「おい、これ食べても大丈夫だと思うか?」


「どうしたの?」


「だってこれ、グラタンだろ?」


「そうだけど」


「腐ってないよな…?」


「わかんない」


「おいおい…」


食品ロスは避けたいが、食べられるのか怪しいものを簡単には口に運べない。

また加熱すればワンチャンあるのかもしれないが、それでも厳しいか厳しくないかのラインだ。


「でも、じゃあどうしよっか」


「これ母さんが作ったやつだろ?」


「多分?」


「何で疑問系なんだよ」


「わかんないから」


「なんだそれ」


「でもまあグラタンって言ったら母さんか」


母さん。

紫村(しむら)(さき)

咲の一番得意な料理がグラタンなのだ。

咲のグラタンが平太郎や視夜の産まれる原因のひとつだったりする。

平太郎の父、秋一(しゅういち)がそれを食べたときに感動して、そこから段々仲良くなったとか。

とにかく、それほど美味しいのだ。


「平兄どうする?」


「じゃあこのグラタンは俺が食べるよ。お前は今から何か作るからそれを食え」


「わかった」


そうして、平太郎は作業に取りかかった。

視夜の方はそうと決まればただ待つだけなので、呑気にテレビの電源を入れた。


「え、なにこれ……」


キッチンに向かおうとしたとき、視夜の声が聞こえてきた。

その声は震えていた。

恐怖と不安の感情が入り乱れる声。

その声に平太郎も何か怖くなった。

すぐにリビングにかけつけると、視夜がテレビの前で体を震わせていた。


「どうしかしたのか!?」


その手で視夜が指したのはニュース番組の右上だった。

そこには今紹介されている情報のキャッチフレーズがあった。

すかさず目でおい読み上げる。


「日本人口…半分が消滅……?紫色の月が…原因…」


つまりこれは日本の危機を知らせる内容だということ。


「平兄、私たちもあの月見たんだよね…?」


「……」


「私たちも消えるのかな」


「……」


平太郎は何を言えば良いかわからなかった。

その間もニュースは続いている。


『消えたのは、あの月を見た人たちなのでしょうか』


アナウンサーらしき人物が専門家にそう聞く。

そうですね、と少し間を開けて専門家は答えた。


『私もあの月を見ました。ですが消えていません』


これは前置きだ。

本命は次の言葉にある。

平太郎も視夜も、今は黙ってその専門家の言葉を待つ。

また数瞬の間を開け、専門家は口をひらいた。





『あくまで私の推測ですが、消えたのはあの月を見ていなかった人なんだと思います』







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