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第八話 翌日の教室


 いつも通りの朝を迎え学校へと向かう心太だがその顔はどこか憂鬱そうだった。

 昨日のカラオケ店での1件がどうしても頭の片隅にこべりつき続け、昨日はほとんど睡眠も取れず寝不足気味だった。


 「(まさか一晩中引きずるとはな。俺って意外と繊細だったのか?)」


 自分でそう自問しながら自嘲してしまう。仮にも多くの不良を震え上がらせた鬼神が何とも惨めったらしい。

 昨日の暴れっぷりはもうクラス中に知れ渡っているだろう。そして時間が経てば学校全体に広まる事も考えられる。元々かつての〝鬼神〟と言う噂がそれなりに浸透しているのだから簡単に想像できる未来だ。


 「鬼神か……そんな異名なんざ何の力になるんだろうな」


 どれだけの腕っぷしがあろうが人と結びつく力にはならない。自分のこの手は襲い来る下らない連中を排除するしか所詮は取り柄が無い代物だ。平穏な日常を送るにはどこまでも不向きな返り血に塗れた手なのだ。 

 結局人は簡単に変わる事なんて出来ない。また今年も去年と同じ孤独な青春を味わう事になるのだろう。


 そう諦めかけた時、不思議と自分の頭に浮かんだのは一途の姿だった。


 「あいつには悪いけどもう俺には近づかないよう言っておいた方がいいな」


 冬休み中に接点のあった彼女との関係も断った方がいいだろう。自分と違い彼女は新クラスでも打ち解けれている。折角順調に交流を築けているのに自分の様な疫病神が傍にいては彼女まであらぬ誤解をされる恐れがある。


 「人はそう簡単に変われやしない……か……」


 まるで締めくくる様にそう呟きながら学校の校門をくぐり教室を目指す。

 特に親しい人間も居ない心太は誰とも目も合わさずそのまま教室の扉を開き中を入る。そして待っているのは昨日の件が広まり皆の畏怖した視線……。


 「あっ、おはよう神侍君!」


 ではなく一途からの昨日と何も変わらぬ満面の笑みの挨拶だった。しかも心太へと挨拶をしてきたのは彼女だけではなかった。


 「おはよー神侍君。いやー昨日は先に帰っちゃったからお礼言いそびれたじゃん」


 そう言いながらフレンドリーに笑い掛けて来たのは美衣奈であった。

 

 「なんで……」


 つい思わずそんな言葉が零れ出てしまった。

 まだ一途に話し掛けられるのはそれなりの交流があったのだから理解できる。だがまさか美衣奈までもが自分から挨拶してくるとは予想外だった。間違いなく怖がられて近づきすらしないと思っていたから反応できずにいた。

 戸惑いで反応が取れないでいると一途と美衣奈は更に距離を縮めて来た。


 「どうかしたの神侍君?」


 「ちょーと何でぼーっとしてるの?」


 「いやお前達こそ何でだ? あんな事があって俺と関わってもしょうがないだろ。俺のせいで昨日は随分と嫌な思いもしてるはずだろ」


 折角気兼ねなく挨拶をしてくれたと言うのについそんな疑念を口に出してしまう。だがそんな心太の言葉に美衣奈は心底不思議そうに首を傾げる。


 「いやいや昨日の事は神侍君は悪くないじゃん。むしろあの時に神侍君が庇ってくれた事のお礼だって言いたかったし。ほんとありがとねー」


 「でもよ、場の空気をぶち壊した人間だぜ?」


 「それは神侍君のせいじゃないよ。あの人たちが因縁を付けて来た事が悪いんだから」


 そう言いながら一途は自分ではなく昨日の連中へとぷりぷりと怒りを向けていた。

 すると昨日のカラオケ店に来ていた他の女子達もこちらへとやって来て礼を述べ始める。


 「昨日はその…あ、ありがとうございました」


 「その、今までごめんね。私ちょっと君の事を誤解してたのかも……」

 

 「いやだからなんで……」


 まったく想像もしていなかった状況の対応に困っていると美衣奈がこんな事を言って来た。


 「多分だけど神路君さー、昨日の事で私達から怖がられると思ったんでしょ?」

 

 口にこそ出しはしないが内心で心太は頷いていた。あんな振る舞いを見せればもう誰も近づかないと思っていたのだ。

 そんな自分の考えを察知したのか美衣奈はケラケラと笑い飛ばしながら言った。


 「そりゃ最初は怖かったって思ったよ。でもさ、神侍君がああしたのは私たちを護る為でしょ? 理不尽に私たちに暴力を振るって来た訳でもないんだから過剰にビビる必要はないしょ。それにさ、新井さんも必死になって誤解を解こうとしてくれたしね」


 「当然だよ。だって神侍君は何も悪くないんだから!」


 「お前な、わざわざ自分の安寧を壊しかねない選択を取るなよな」


 「えへへ、でも神侍君が誤解されたままは嫌だったから」


 自分の様な不良を庇って自ら孤立しかねない愚行を働く一途に呆れてしまう。だが困り顔で笑いつつも彼女の顔には一遍の後悔も見られなかった。

 

 「ほんと、お前って自分の損とか考えねぇんだな」


 「それは神侍君だって同じだよ。どうせ『もう俺に関わらない方がいい』とか思っていたんでしょ」


 いつの間に読心術を身に着けたのだろうか? まさにその通りで何も言い返せない。ほんと……ダイエットしてから性格も随分と変わったのではないだろうか?


 かつて鬼神と恐れられた自分が1人の女の子に振り回されそうになっている事に少々情けなく感じる。だが同時に喧嘩に明け暮れたあの日々よりも今の方が居心地が良かった。

 

 「(あれ……今一瞬だけ……)」


 それは本当に時間にして一瞬の事だったが一途は確かに目撃した。いつも仏頂面の彼が年相応の笑顔になった瞬間を……。


 「(年相応に笑った心太君……もう尊すぎてしゅき……♡)


 心太の見せた笑顔で一瞬だけ壊れかけて愛情が顔に出てしまう一途。それを偶然隣で目撃していた美衣奈が心配そうに声を掛ける。


 「だ、大丈夫新井さん? 見間違いかもしれないけど今凄い顔してたような……」


 「うええ!? ぜ、全然大丈夫だけど何を言ってるのかな!?」


 「そっか…うん…見間違いだよね。なんか口元に涎垂れているけど……」




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