第六話 鬼神と呼ばれた少年の強さ
力づくでクズ野郎から美衣奈を引き剥がした心太であったが、当然他の二人がこの行動を良しとする訳もない。仲間の1人が蹲っている光景にしばし呆然としていたが、すぐに油紙に火のついた様に怒りの炎を燃え上がらせる。
「テメェやりやがったな!!」
「上等じゃねぇかこの陰キャ野郎が!!」
仲間がやられ怒号を上げる男達にクラスの皆は怯えて縮こまる。だがそんな中で心太だけは涼しい顔をして二人組を冷めた目で見ていた。
まるで虫でも見るかのような視線が更にクズ達の怒りを増幅させる。
「この野郎がッ!!」
顔面ピアスだらけの男が唾を飛ばしながら拳を振るってくる。
本格的に男達が暴れ出したことで女子達は小さく悲鳴を漏らす。ただ女子はともかく男子達の方もみるからにビビッており同じ男としては少し情けなさを感じた。
「(たくっ、マジでめんどくせぇな)」
「ぐっ、ちょこまかしてんじゃねぇぞ!!」
自分に繰り出される拳を素早いフットワークで躱し続けながら心太は考えていた。
ハッキリ言ってかつて不良界隈で鬼神の名を馳せていた彼からすればこんな状況などピンチでも何でもない。少し本気を出せばこんな小物達などぶちのめせる。ただここでそんな姿を晒せば明日からますますクラスメイト達から距離を置かれるだろう。
「(いやいや別に周りの視線なんてどうでもいいだろ)」
なし崩し的とは言えこうしてクラスメイトと遊びに出掛けたからだろうか。自分の中で保守的な考えが芽吹きつつある事を心太は自覚して苦笑する。
その逡巡が悪かったのだろう。最初に沈めた男が起き上がった事に気が付かなかった。
「ぐっ、喰らいやがれ!!」
痛みと屈辱に燃えたその男は床に転がっていたマイクを掴むとそれを投げて来たのだ。とは言え鈍痛からコントロールが乱れ心太の横を運よく横切った。いや……運悪くと言うべきだったのかもしれない。
「きゃッ!?」
「なっ!?」
狙いが逸れたマイクは心太の背後に居た一途の方へと飛んでいったのだ。不幸中の幸いにもマイクは彼女のすぐ隣の椅子に命中したので怪我はさせずに済んだ。
だがこの事がトリガーとなり、出来る限り穏便に解決しようという心太のブレーキが壊れた。
気が付けば心太は眼前で未だに拳を振るう男に膝蹴りを放っていた。そのまま流れる様にマイクを投げた男の顔面にボクシング選手並みの右ストレートをお見舞い。瞬く間に2人の仲間の意識を消されてしまい残された最後の1人が唖然とする。
「うそ…だろ……えっ、お前の顔……」
にわかに信じがたい光景に言葉を詰まらせる男だったが、よくよく心太の顔を注視してその正体に気が付く。
「うわわわ! お前はまさかあの時の〝鬼神〟か!?」
「あん、あの時だぁ?」
中学時代は名を上げようと馬鹿な不良が群がりその対処に追われていた心太にとって、目の前の小悪党の存在などいちいち記憶にとどめてない。
一方相手の正体がわかるや否や男はその場で土下座を始める。
「すすす、スンマセン! 俺達その、学校でちょっとむしゃくしゃする事があって八つ当たりしてしまいました!! まさかあの鬼神さんがこのカラオケに来ているとは露にも思わず!!」
過去にぶちのめされたトラウマがフラッシュバックした男は恐怖から聞いても居ない話を語り出した。
だが早口で長台詞を吐き出しているがこの男は根本的な部分を反省していない。その事がむしろ心太へ油を注ぐ。
「さっきからテメェは何ズレた反省を述べてんだよ? 絡んだ相手が俺かどうかなんざ関係ねぇだろうが。一番の大問題なのはくだらねぇ難癖を付けて来た事なんだよ。この部屋を先に利用してたのは俺らだ。違ぇかオイ?」
「ちちち違いません!! 今すぐコイツ等連れて消えますんで勘弁してください!!」
「なら今すぐ消えろ。それと……腹いせにこの店でまた迷惑行為を働いてみろ。その時はよぉ、ドアを蹴破って入って来るその行儀の悪い脚をぐしゃぐゃにしてやんよ」
「ひひぃっ!? も、勿論でございます。オイお前ら起きろ!!」
身の危険を通り超え命の危険を感じた男は壊れたように頷く。そのまま意識が未だ混濁している二人を半ば引き摺って部屋から消えた。
こうして五月蠅い蠅を追い払った心太であったが内心では後悔していた。
「(はぁ……やっちまったな……)」
静まり返っている室内で自分の小さな溜息が不思議と鮮明に聴こえた。
ヤンキー時代に畏怖され続けた鬼神としての貌を出したのだ。間違いなく引かれてしまったに違いない。今日の出来事は明日には他のクラスメイトにも広まるのも確定だろう。
背中を向けたままなので他のクラスメイトが今どんな顔をして自分を見ているのかは分からない。だが怖れている顔で統一されている事は簡単に予想できた。
「わりぃなオメーら。俺もこれで消えさせてもらうわ」
「まっ、待って神侍君!」
この場の空気に耐え切れず心太はまるで逃げるかのように部屋を出た。
背後から一途だけが彼を呼び止めるが心太はあえて聴こえぬふりをしてそのまま店を出た。
「(所詮俺には人並の青春なんて味わう資格なんざないってこった)」
これまで何人もの人間を病院送りにしてきた人生を歩んできたのだ。そんな人間が更生しようとしても空回りする事は必然だったのだろう。
こうして新クラスメイトと交流を深める事に失敗したと思っている心太であったが、翌日の登校で彼にとっては予想もしなかった展開が訪れる事となる。