第六十話 母親の拒否
一切の容赦もなく恵は目の前の少年に向けて冷酷に娘と今すぐ別れるように告げる。
自分や娘にとってこの少年は親子関係を修復してくれた恩人には違いない。だからこそ彼が娘と交際する事を否定するつもりなどなかった。しかし娘だけでなく他の女性と同時に交際しているとなれば大分話も変わってくる。
「あなたと美衣奈の関係を認めるわけにはいかないわ」
今しがたまで目の前の青年には心から感謝していたはずだった。だが今はそれとは対極ともいえる嫌悪感を感じずにはいられなかった。
1人の女性だけを見ず他の女にも現を抜かすなど、まるで自分を裏切った元夫を見ているようで不快だった。
「申し訳ないけどもう帰ってくれないかしら」
「待ってください。どうか最後まで話を聞いてはくれないでしょうか」
「あなたが何を言おうと娘は渡せないわ」
もう話すことはないと言わんばかりに顔を背ける自分に対し、この青年は全く挫けることなく言葉を紡ぎ続ける。
「このまま帰る訳にはいきません。俺と美衣奈……いえ、俺たちの関係を認めてもらうまでは」
いけしゃあしゃあと娘を含めた、複数の女性にまで愛情を振りまく男の傲慢な物言いに、恵は思わず感情的となってしまう。
「認められるわけがないでしょう! あなた私や娘の家庭環境が狂った理由は知っているんでしょう!? それなのに複数の女性と交際しているあなたを母親として認める訳にはいかないわよ!!」
仮にも家族関係の修復を取り持ってくれた恩人だ。だからこそ穏便に済ませたい気持ちはあったが、全く引き下がらない目の前の少年に感情が波立ってしまう。
話を聞く限りでは娘も複数人同時の交際関係については了承しているらしいが、それでも首を縦に振る訳にはいかない。
「どうしてなの? どうして娘だけで我慢できないの? どうして他の女性まで欲張ろうとするの?」
自分の責めるような口調を真っ向から受けても目の前の青年は怯まない。その瞳には一遍の後ろ暗い感情はなく、一層怒りの炎が自分の中で燃え盛る事を恵は感じた。
目の前の少年はハッキリ言って人間の持つ〝愛情〟の理解が浅く、深層まで把握しているとは思えなかった。
確かに現代の法では一夫多妻制が可決されはした。だからこそ法が制定された当初は一夫多妻制を最大限利用する男性は大勢いたが、今は複数の妻を持つ男性はかなり少数である。何故なら1人と複数人との恋愛は問題が多発しやすいからだ。
女性の持つ愛情は時に醜い独占欲を発揮する事がある。事実、過去には他の妻への嫉妬に狂った女性が自分以外の妻殺し、もしくは夫を殺害した事例もあるのだ。
この青年は今は娘を含めた3人の女性と上手くやっているのかもしれない。しかしその調和がこの先も維持される保証がない。むしろトラブルが発生し、不幸を招く確率の方が遥かに大きいのだ。
「申し訳ないけど私は母親として娘が不幸せになる危険を見過ごせないわ」
「そんな未来には絶対にさせないっス。俺は美衣奈を必ず幸せにすると誓います」
「結婚もした事もない子供が驕り過ぎよ。この先の未来をちゃんと想像できているの? あなたが娘を含め3人の女性と結婚した時の未来予想図は細かく描かれているの?」
先の将来について指摘を入れると目の前の神侍君は黙り込んだ。
やはり勢いだけの説得だと知って失望を抱きつつ、更に現実的な意見をぶつけて追い込む。
「それに私が許したとしても他の二人のご家族の方は納得すると思う? 不誠実だと言って今の私のように娘と別れるように突き放されるだけよ」
「そこは否定できないかもしれません。現に今がその状況っスから」
「そこまで分かっているなら『だけど!』……!?」
張りのある声が途中で差し込まれて思わず恵は口を紡ぐ。そして入れ替わるかのように心太は自分の覚悟を口にする。
「だけど俺は絶対に諦めません。美衣奈も、一途も、薫も、全員を幸せにするって3人に誓った! だから例え3人の家族から否定されても折れる気もなきゃ、誰か1人だけを選んで妥協もしない!!」
「そんな子供みたいに開き直って……!!」
「ええそうっスよ! 俺はまだ大人社会も知らねぇガキだ! でも、3人を愛する心は生涯ブレねぇ自信がある!」
そこまで言うと心太はその場で勢いよく土下座をする。
「もしも俺が少しでも美衣奈を不幸にしたのならその時は潔く身を引いたっていい!! でも俺は絶対にあなたの娘さんも、そして他の二人も幸せにして見せる! だからお願いです恵さん。どうか娘さんを俺に下さい!!!」
思いっきり床に額を叩きつけながら心太は魂からの誓いを発する。
自分の額がジンジンと痛むがどうでもいい。まだ子供で何も持たざる自分が見せられる最大の誠意のつもりだった。
目の前で決して折れることなく、どこまでも馬鹿正直に娘との交際を求める青年に対し、しばし恵は口を開けなかった。
そこから時間にしては一瞬の間だったのかもしれないが、やがて彼女は小さく嘆息しつつ口を開いた。




