第五十九話 恋人の母親にカミングアウト
「ずっとあなたに直接お礼を言いたかったの」
そう言いながら恵さんは自分の手を優しく、そして感謝を込めるように強く握りしめる。
「ありがとう、本当に娘と私を救ってくれてありがとう」
何度も何度も感謝を繰り返しながら彼女は優しく手を握り続けた。
耳に残留する『ありがとう』、そして掌に伝わる体温だけで十分すぎるほどに理解できた。
「娘さんを……美衣奈を愛しているんですね……」
気が付けば自分の口からはこんな言葉が零れていた。
彼女がお礼を言うほどに自分に対しての感謝の念だけでなく、どれだけ娘とやり直したかったのかその苦悩まで伝わってきた。
ずっと愛している実の娘とまた家族に戻りたかった。
恵さんの中から溢れるその思いに心太はこう言わずにはいられなかった。
「美衣奈は本当にいいお母さんを持ったんっスね」
「そんなことないわ。私は間違いばかりだった……」
首を振りながら恵さんは自分を駄目な母親だと自らを貶す。
確かに美衣奈から過去話を聞いたときはこの恵さんにも問題があったと思った。だが根底にある娘を愛する気持ちには揺るぎはないということ、それは話を聞いただけでも理解できた。
「呼び止めてごめんなさいね。ジュースとお菓子を持ってくるから待っていてちょうだい」
いつまでもくどく呼び止めておくのも申し訳なく思い恵は手を放そうとする。
だが彼女が手の力を緩めると同時、逆に心太の方が手に力を込めて彼女を引き留めていた。
「え、ちょ、どうしたのかしら神侍君?」
まさか引き留めると思っていなかったのだろう。狼狽の声をあげながら恵さんの顔には戸惑いの色が浮かんでいた。
恵さんの手をつかみながら心太はある決心をしていた。
「(わりぃな美衣奈、本当はまだ隠すつもりでいたけど……)」
今日の目的はあくまで勉強会であり、自分が美衣奈と交際していることを話すつもりなどなかった。だが娘を真剣に愛する母の姿を目の当たりした心太は今この場で白状すべきと考えたのだ。
我が子を真剣に愛する母親だと知ったからこそ、隠し続けることに後ろめたさのようなものがのしかかってきたのだ。
何よりもこの人にちゃんと自分の覚悟を伝え、そして認めてほしいと感じたのだ。自分と美衣奈、いや自分と恋人達との4人の関係を。
「俺……実は娘さんとお付き合いしてるんです」
「………へ?」
屋上での一途達への告白で吹っ切れたのだろうか。腹を決めて言ってしまおうと思えば、案外簡単に交際宣言を口に出すことができた。
だがその逆で受け手側である恵はいきなりの事実を突きつけられ目が点になっている。だがすぐに耳に入ってきた情報を咀嚼し、そして頭の中で整理が終わると慌てだす。
「そそそうだったの? あ、あら~まさか知らない場所で美衣奈にこんなカッコいい彼氏さんができていたなんて驚いたわ」
言葉の節々にまだ驚愕が見え隠れしているが、それでも娘に彼氏ができたことを恵さんは否定しなかった。
「もう、美衣奈もこんな大事なことは早く話してほしかったわ」
そう言いながらもその顔は優しく微笑んでいた。
本来であればここで話も終わり無事に一件落着なのだろう。だが心太は真剣な声色のまま、更なる事実を恵へと暴露する。
「実は俺が交際している相手は娘さんだけじゃないんです」
「………それは……どういう意味なのかしら……?」
娘が一歩大人に成長したことに感極まっていた恵は冷水を浴びせられた気分だった。
「俺はあなたの娘さんだけじゃなく他にも二人お付き合いしている女性がいます。1人は一緒に来たあの一途、そしてもう1人は3年生の先輩です」
「意味が……分からないわ。それはつまり浮気をしているということなの?」
握られている手を振りほどかれながら恵さんは敵意の孕んだ声を絞り出す。
だが心太は一切臆せず、まっすぐ目を逸らさぬまま否定をする。
「いえ、美衣奈も承知済みのことです。俺はあなたの娘さんを含め3人同時に告白をしてOKをもらいました」
「そう……美衣奈も了承していると……」
「はい」
「それで……こんな話を私にしてあなたは何を求めているの?」
「俺は……あなたにこの交際を認めてほしいんです。愛する人の母親であるあなたに……」
その言葉とともに心太は頭を深々と下げてなお続ける。
「俺は決して軽い気持ちで娘さんを含め3人の女性と交際を決めた訳ではありません。将来は3人との婚約を考えたうえでお付き合いしています。我が子以外の女性も平等に愛する俺を、どうか許して認めてくれないでしょうか」
心からの懇願に対してすぐに返事は帰ってこない。
いくら一夫多妻制を容認された世界といえど、娘だけでなく他に2人も交際相手がいる男など快く思えないのだろう。
だからこそ沈黙を破って出てきた恵のこの言葉はある意味当然とも言えた。
「今すぐ美衣奈と別れてちょうだい」




