第三十八話 図書委員
沙也加から解放された放課後、心太はそのまま下校をせずに校内の図書館で時間を潰していた。とはいえだ、別に読書趣味に目覚めたわけではない。ある人物の部活動終わりを待つためにここで時間を潰して待っているだけだ。
無造作に選んだ1冊の書籍を半分ほど読み進めた心太はふと手を止めて、図書室内の壁に掛けてある時計に目をやった。
「(そろそろいい頃合いだな……)」
この時間ならば目当ての人物が所属している〝剣道部〟の練習も終わっている頃だろう。
「あの…そろそろ図書室を閉めたいんですが……」
横からいきなり声を掛けられて視線を向ける。
そこに居たのは片目が緑髪で隠れている1人の女子が立っていた。名札には本田小鳥と名前が記されており、腕には図書委員の証である腕章が付けられていた。
気が付けば入室した際にちらほらと見られた他の生徒も消えており、残って居るのは自分と目の前の女子だけだった。
「ああ悪ぃな、解放時間ギリギリまで残ってよ。今すぐ出るよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう言いながらその小鳥と言う名の女子は扉の方へと歩いていく。恐らくは自分が退出した後、すぐに鍵をかけられるように準備するためだろう。
手に持っていた本を本棚へと戻し、すぐに図書室を後にしようとする心太。
「それじゃあ後はよろしく頼むわ」
「はい、またのご利用を」
何だか機械的な対応だなと思いつつもその場を後にしようとする心太だが、ここである気配を敏感に察知した。
「(あん……なんだアイツ等?)」
違和感の切っ掛けは図書室を出た際に気付いた。
何やらこちらを監視するかのような複数の嫌な視線を感じたのだ。その出所へとさりげなく目線を向けると、柱の物陰から3人の女子生徒が顔を出してこちらをニヤニヤと見て笑っていたのだ。もっと厳密に言えば自分の背後に居る図書委員の女子を見て笑っていたのだ。
「おい、アイツ等ってお前の知り合いか? なんかお前のこと、すっげー見てるけど……」
「え……」
声を掛けられた小鳥は一緒だけ怪訝な顔をする。だが心太の目線をなぞってこちらを伺う女子連中を目視すると顔がどんどんと青ざめ始める。
明らかに急な異常状態に心太が声を掛けようとするが、彼女は心太が何か言う前に背中を押して強引にこの場を離れさせようとする。
「何でもありません。もう閉館時間なのでお引き取りを」
「お、おい…!」
「私にも都合があります。ですからこれで失礼させてもらいますから……!」
訳を尋ねようとする心太を無視して小鳥はそのまま一方的に会話を打ち切り、速足でその場から逃げる様に消えて行った。
振り返ってみれば先程までこちらを盗み見ていた女子達も居なくなっており、残された心太は胸の中に靄を残したまま頭を掻く。
「なんだってんだよ……たくっ」
モヤモヤと気持ちの悪いしこりが胸に残るが、いつまでもこの場で佇んでいる訳にもいかない。そもそも自分がこの時間遅くまで残って居たのは、剣道部の活動終わりにある人物と話をするために待っていたからだ。
後味の悪さと共にその場から心太が消えた後、隠れて様子を伺っていた先程の3人組の女子が柱の陰から飛び出した。
「ねえ、あれって噂のヤンキーだよね?」
「うん、確か〝鬼神〟って呼ばれている伝説の元ヤンだとか」
「ぷっ、鬼神って中二病かよ」
この三人組、実はあの図書委員である本田小鳥と同じクラスの女子グループであった。だがこの連中と彼女との関係は決して良好なものではない。むしろその真逆、いやそれ以上に醜悪だった。
嫌らしい笑い声と共にしばし笑い合う女子達だが、ここでリーダーと思しき女子、大森が声を上げる。
「あっ、閃いた! あの元ヤンを上手く使えばあの『陰キャ』でもっと愉しく遊べるんじゃない?」
「えっ、何それ面白そう」
「具体的にはどう弄ぶの?」
愉快そうに笑うリーダーに二人が具体的に何をするのかを尋ねる。取り巻き達の反応にリーダー女子は意気揚々とこう告げた。
「あの陰キャに命令すんだよ。さっきの元ヤンに嘘告白してそのまま交際しろってさ」
「うわ~あくど~い。あんな危ない彼氏持ったら小鳥もより窮屈な学校生活がかくてーじゃん!」
「でもさ、あんな陰キャ女なんて一生彼氏もできなそうだし、ある意味ではこれって善行になってるんじゃね?」
ゲラゲラと笑いながら3人は先程の図書委員である小鳥を嘲る。
そう、この3人は同じクラスの小鳥に対して〝イジメ〟を働いているのだ。
「いやー明日が楽しみだなぁ。普段は学校なんてダルいけど、今は待ち遠しいよ」
「陰キャとヤンキーカップル誕生ってか?」
その言葉で三人組は更に下品な声で笑うのだった。まるで悪鬼の様な邪悪を滲み出した顔で……。




