第二話 美少女がヒヨコみたいについて来ようとするんだが
始業式があったとはいえ今日から授業は普通に開始される。そうして1限目の授業が終わり休み時間となるとクラスメイト達は一斉に一途を囲み騒いでいた。朝は心太が制していたがそれでも別人の様に変わった彼女が気になって仕方が無いのだろう。心太としても休憩時間まで邪魔するほど野暮ではないので黙っている。
詰め寄られている当の本人はと言えば予想以上に注目を浴びた事で戸惑いつつ、クラスメイトと談笑をしている。どこから噂を聞いたのか他クラスの男子まで見に来ている始末だ。
その様子を自分の席から流し目で見つめていると女子の1人がこんな質問を一途に投げていた。
「ところでさ、新井さんどうして神侍君と仲良さそうにしていたの?」
そんな質問を投げ掛けながらその女子は一瞬こちらの席を見た。心太にはその目が怖れだけでなく軽蔑の色も含んでいる様に見え少し不快だった。
「朝も彼に挨拶していたけど……もしかして裏で脅されているの?」
「マジかよ。アイツやっぱり危ないヤツだったんだな」
いや何でそうなるんだよ。ただ挨拶されただけだろーが。
話題を出した女子は聴こえないように声量を下げているが丸聞こえだ。
まあとは言えだ、このクラスで自分の扱われ方は熟知している。大方ダイエットが成功して美少女と化した新井に強引に迫っているとでも決めつけているのだろう。よく見れば他のクラスメイトも同様の軽蔑を含んだ視線を向けている。
「(はん、くっだらねぇ)」
周囲の視線が煩わしく軽く睨んでやると揃って顔を逸らす。だが特にそれ以上は彼としては何も言うつもりは無い。別に周囲の評価など心太のとっては心底どうでも良かった。いや、諦めていると言った方が正しいのかもしれない。
しかし彼自身がそう納得していたとしても、一途はそれを許す事は出来なかった。
「それは違うよ、神侍君はそんな人じゃないから」
それまでクラス中のテンションに気圧されていた一途であったが、心太へあらぬ悪評が立てられそうになると表情が一変した。
突然柔らかな顔が真面目なものへと変わりクラスメイト達もたじろぐ。そんな周囲の人間に一途は尚も続ける。
「勝手な憶測だけで神侍君を悪者扱いしないで。私がここまで変われたのは彼がこの休み中にダイエットに協力してくれたからなの。それも何の見返りもなく、独りじゃ挫けそうな私を支え続けてくれた。だからここまで変われる事が出来たの」
静寂に包まれる教室の中で一途の声が透き通る。
そして締めと言わんばかりに彼女は最後にこう言い放つ。
「神侍君は私にとって恩人なの。だから根拠もなく悪者に仕立て上げないで」
一切淀みなく言い終わった一途は心太の方へと顔を向けるとニコリと笑う。しばし静寂に包まれる教室内で最初に心太を誤解した女子が謝罪した。
「ご、ごめんなさい。私勝手な憶測で……その、神侍君もごめんなさい」
「……別にいいよ」
こちらへと頭を下げる女子に対して適当に返す心太。
それにしても新井があそこまで堂々とクラス中の人間を咎めた事に驚いた。何だか見た目以上に性格の方もダイエットを通して逞しくなった気がする。
そんな一幕もありはしたがその後も一途はクラス内で注目を浴びていた。その中で男子の1人が彼女に付き合ってくれないかなどと冗談半分で告白する場面もあった。ただ気になるのはその際に彼女は何故か自分を見てしどろもどろしていたのは引っ掛かったが。
こうして生まれ変わった一途は無事にクラスに馴染む事に成功したのだが、昼休みの時間に問題は起きた。
「か、神侍君。お弁当作って来たんだけど食べてくれるかな?」
「お前本当に作って来たのかよ」
いつも通り学食でボッチ飯に繰り出そうとすると一途が風呂敷に包まれた弁当箱を持ってきた。
実は春休みが終わる間際、軽減に協力している中で彼女が言い出した事なのだ。いつも学食や購買で昼を済ませている自分に良ければ弁当を作って持ってくると。
別に心太としては休み明けまでこちらに気を使う必要はないと言っておいたが本当に持ってきたらしい。
「迷惑…だったかな…?」
そう言いながら僅かに瞳を潤ませる彼女に思わずたじろいでしまう。ただでさえ注目を集める美少女と化した彼女がそんな顔をすればクラス内の視線も突き刺さる。
「別に迷惑なんて思ってねぇよ。じゃあ有難くいただくわ」
差し出された風呂敷を受け取るとそのまま屋上へと持っていこうとする。
何故か席を立とうとする心太の行動に一途が頭の中に疑問符を浮かべる。
「あれ神侍君どこ行くの?」
「屋上だよ屋上。この弁当はそこで食わせてもらうわ」
こんな好奇の目に晒されながら教室内では正直食べづらい。そう思って場所移動をしようとするがここで一途がこんなことを言って来た。
「その、私も一緒に屋上で食べていいかな?」
遠慮気味ながらも一緒に昼食を食べたいと訴える一途。
正直彼女が一緒に来てしまえばまた変に注目を集める事になりかねない。だが期待の籠った視線を向ける瞳はまるで小動物のようで、結局はこちらが折れて『好きにすればいい』と許してしまう。
心太から許可を貰った一途は漫画のキャラの様に分かりやすく嬉しそうな表情になり、自分の分の弁当箱を持って後についてくる。
「(なんかヒヨコみてぇだなこいつ……)」
まるで親鳥を追い掛けるヒヨコを思わず連想してしまい苦笑する。
とにかく今はクラスの煩わしい視線から解放されたい。そう思い教室を出ようとするのだが、心太が扉に手を掛ける前に教室の扉が開いた。
開いた扉の先に立っていた人物を確認した一途の顔が一気に青ざめ、心太は小さく舌打ちをした。
「おお、本当に別人の様に生まれ変わってるじゃん」
「え…な、何で…このクラスに来たの?」
「おいおい久しぶりの〝幼馴染〟にそんな薄情な言い方無いだろう」
そこに立っていたのは一途を絶望に追いやった元恋人であるあのクズ男、小川軽卆だった。