第二十四話 吐き出してみたらどうっスか?
「本当に、本当にすまなかった!!!」
「あ~……もういいっスよ。だからそろそろ頭を上げて欲しいんっスけど……」
心太の前では土下座の体勢で薫が額を床に擦り付けていた。
何故こんな事態になっているか、話せばそこまで長くはないので軽く説明しておこう。
想定外のファーストキスによる攻撃、いや口撃によって衝撃のあまり気を失っていた薫だったが意識の回復は意外と早かった。
道場の中央で倒れている薫を介抱してものの数分後には彼女は目覚めた。
「ん…んん……はっ!」
「あ、目が覚めましたか先輩?」
目覚めた薫へ声を掛けつつも心太は内心に一抹の不安を抱えていた。
狂気を爆発させた暴走状態を無事に収める事には成功した。だが事故とはいえ自分はファーストキスを奪ってしまった。
「(かなりショックを与えただろうな。はぁ……まぁ殴られる程度は覚悟するか)」
最悪はボコボコに殴られる程度は覚悟していた心太だったのだが、彼女の取った行動は予想の斜め上だった。
「………す」
「す?」
「すまなかったぁッ!!!」
意識が完全に覚醒した薫はなんと大声の謝罪と共にその場で土下座を始めたのだ。
あまりにも滑らかな動きでひれ伏したために制止を掛ける事も出来ず唖然としていると、額を下げた状態で彼女は自分の過ちを詫び始めたのだ。
「剣道部かつ風紀委員ともあろう者が竹刀で素人を打ちのめすなど許される事ではない。どうか君の気が済む処罰を与えてくれ!」
「えっと、一旦落ち着いてくれませんかね」
非難どころか逆に誠心誠意の謝罪をお見舞いされ心太としても対応に困ってしまう。
どう応対すべきか悩みつつ、まずは土下座を維持し続けている薫に落ち着くように頼み込んだ。
それからしばしの押し問答を繰り返し、ようやく薫も冷静になって土下座を解いてくれた。
「本当に申し訳ない」
「だからもう十分ですよ。それに俺の方こそ謝らせてください。その……事故だったとはいえあんなことを……」
心太の濁すような言葉で気絶する直前の出来事を思い出した薫が赤面する。
「う、ううむ。そのことは君が詫びる事ではないだろ。そもそも私が暴走した結果起きた事象なのだから。君には何も落ち度はないよ」
「いやでもファーストキスだったんしょ?」
「それは……んんっ、できればもう掘り返さないでくれないだろうか。私とて年頃の女子、気にしてしまうではないか」
羞恥心に身を悶えながら薫がもう接吻の事は忘れて欲しいと懇願する。
確かにそう言われると自分にもデリカシーが無さ過ぎたと反省していると、もう何度目になるだろうか薫が再度深々と頭を下げた。
「くどいようだが最後にもう一度だけこの頭を下げさせてくれ。本当に申し訳ない事をした。君が望むなら如何なる処分も受ける所存だ」
「ん~……んなこと言われてもねぇ……」
ハッキリ言って心太の中ではもう薫に対しての怒りは霧散状態となっている。
暴走中は正直腹だって立っていたが、大人しくなった委縮した今の彼女を見ているとすっかり毒気も抜かれてしまっていた。
とはいえだ、このまま『気にしなくてもいい』と自分がいくら言ったところで彼女は納得しないだろう。生真面目な性格が故に自分の過ちを処してほしいと思っているのだろう。
「(しかしだ、冷静に考えてみりゃ今後もこの人がまた暴走をする恐れがあるんだよな)」
心太としては彼女に対して〝怒り〟という感情はもうないのだが、〝不安〟という名の感情は捨てきれないでいた。今回はたまたま喧嘩慣れしている自分だから大事にならずに済んだが、もしも一般生徒相手にあの狂気を爆発させてしまえば怪我人を出しかねない。
その不安の爆弾は彼女自身も痛いほど自覚しているらしく、乾いた笑みを浮かべながら自虐のセリフを吐いていた。
「それにしても私も末期だな。まさか学校内で、しかも後輩相手に本能赴くまま力を振るってしまった。もう……自分自身を律する力も薄れているか……」
「先輩……」
「もう全部正直に言ってしまう。神侍君、私は伝説と評価されている元ヤンの君ならば、自分の無茶を受け止めてくれるなどと心のどこかで決めつけていた。一方的に、勝手にな……」
言葉にしながら薫は自身の愚行を更に恥じる。
ほとんど接点の無い後輩に自分の狂気をぶつける、普通に考えて無茶苦茶な自己満足行為であり人として最低だ。
風紀委員室に彼を呼び出したあの日に彼女は内心でその展開を喜んでいた。彼に行った質疑応答を機に鬼神と名高い人間と繋がりを持てたと思い、そして稽古などと口実を結んで彼でストレスを発散する算段を立ててしまっていた。
無論その思考が間違っていると理性では彼女も理解していた。だが蓄積し続けていたストレスがその理性を蹴り、最終的に本能を優先させてしまいこのような展開となってしまった。
「君との名ばかりの稽古の最中も私はただ腹の中の鬱憤をぶちまける事だけしかなかった。もう……疲れたよ……」
まるで自分の未来を諦めたかのようなセリフを吐くその姿はあまりにも痛々しかった。
初めて出会った頃の凛々しい彼女はもうおらず、目の前に居るのは己の悪癖に怯え、震える1人のか弱い少女だった。
気が付けば心太は独り苦しみを抱えている彼女に対して寄り添おうと言葉を掛けていた。
「先輩、もし良かったら今ここで全部ぶちまけてみたらどうっスか?」
「神侍君何を言って……」
「戦闘中に先輩は日頃のストレスについて激怒していたじゃないっスか。周囲の期待だの憧れだの、そういう胸の中のモヤモヤを誰にも相談しなかったから暴走したんじゃないっスか? だからここで心の中の膿を出し尽くしてみてくださいよ」
その言葉はあまりにも薫にとって的を射抜いていた。
完璧超人と誰からも憧れを持たれていた彼女は他者に弱音を打ち明ける機会など一度も無かった。だからこそ負の感情は内部に蓄積し続け、そして今回とうとう爆発したのだ。
心太はなんとなくではあるがその原因を悟っていた。だからこそ言いたい事を全部吐き出させようと考えたのだ。
「誰かに愚痴を言うだけで気分ってのは変わるもんっスよ。だから、吐き出したい黒いモノを全部ぶちまけてみてくださいよ。俺が最後まで全部聞いてあげますんで……」
その提案に対して薫はしばし無言を貫いていたが、やがて心太の気遣いの精神に心を開いたのか、ぽつぽつと溜め続けていた苦悩を彼女は目の前の後輩に語り出すのだった。