第二十話 小川軽卆の憎しみ①
校内の屋上に続く階段の途中、1人の男子生徒が座り込んでいた。その人物は一途を裏切ったあの幼馴染の小川軽卆だった。
人目を避けるに昼休みの時間を孤独に潰す小川は苛立ちを募らせていた。
くそ……どうして俺ばかりがこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ……!?
2年生へと進級する前にこの小川は幼馴染である新井一途を手酷くフッた。当時の彼は自分のその行動に一切の非を感じておらず、むしろ重荷を下ろした気分にすらなっていた。挙句の果てには交際中に他の女子と平気な顔で浮気すらしており、もはや人間としての常識を疑うレベルの人種であった。
だがそんな非常識な小川にも数週間前に天罰が下された。その原因となった人物は〝鬼神〟と怖れられる元ヤン、神侍心太であった。
ちくしょうが……あのクソ野郎のせいで俺の学園生活がメチャクチャになっちまった。
かつては小川が肥満体だと嘲りながらフッた幼馴染の一途が休み明け、別人としか思えない程の超の付く美少女へと変貌を遂げていた。その可憐に生まれ変わった幼馴染を見て小川は普通の感性では理解し難い発想に至る。あろうことか再び一途とよりを戻そうと本気で考えたのだ。
一途の視点から考えれば怖気が走るのだが、小川の考えでは長く幼馴染として過ごした自分を彼女なら許してくれると踏んでいた。どこまでも自己中心的で下種男の身勝手な思考である。
だが結果からすればそんな小川の目論見は破綻した。まるで自分から一途を護る様に立ちはだかった心太の迫力に気圧されてしまい、多くの観衆の前で大恥を晒す結果となった。更には一途にまで自分の存在を全否定される始末だ。
「アイツが首を突っ込んでこなけりゃ今頃あの美人をものに出来たってのによ」
あの一件以降からこの小川の学園生活は一変した。
一年生の頃は一途を騙し金をせがみ、浮気相手とも順風だった。しかし大勢の同級生の前で心太の圧力に屈し、更には幼馴染を金づるとして扱っていた事実も広まってしまったのだ。
教室では完全に孤立、所属しているバスケ部も居心地の悪さから自主退部するしかなかった。挙句のはてには親にまでこの件を知られて自宅にすら居場所がなくなった。特に幼いころから一途と付き合いのあった両親は大激怒、今ではまともに口すらきいてくれず小遣いも貰えなくなった。
「ああああああああッ!!」
自分の転落を振り返り血が上った頭をガリガリと掻きむしりながら叫ぶ。
どうして自分がここまでの悲劇に見舞われなければいけない。ただ見栄えの悪かった幼馴染をフっただけでこの仕打ちはいくらなんでもあんまりだ!
などと自分勝手な怒りを煮えたぎらせている小川だが、他の人間達から見れば同情の余地などない、完全なる自業自得でしかない。だがこんな自己中心的な人間は怒る事はできても反省はできない。
くそっ……このまま俺だけが惨めな思いをし続けるなんて理不尽だ。あの二人も俺と同じ、いやそれ以上の絶望を植え付けなければ気が済まねぇ。
小川は逆恨みを抱く二人、一途と心太にどうにかして復讐を果たせないか思案を巡らせる。
復讐すべき相手が一途だけならば簡単なのだが、問題なのは心太の存在だった。何しろ相手は不良界隈で怖れられた伝説の元ヤンだ。真っ向から報復を実行しても返り討ちで自分が手酷い目に遭う可能性が高い。悔しいが直接対峙した自分だからこそ言える、あの鬼神を本気で怒らせるのは危険すぎると。
まあ色々言っているが結局は心太からの仕返しが怖いと言っているだけだ。
「くそっ、そろそろ昼休みも終わるな」
自分のスマホに映し出されている時刻を確認して教室へと戻ろうとする小川だが、自分のクラスに戻る道中である3人組が目に留まった。
「なっ、アイツ……」
彼の視線の先に映った人物達、それは忌まわしき心太とその両隣に陣取っている一途と美衣奈だった。
何で……何でテメェみたいなクズがそんな綺麗な女たちを侍らせてんだよ。俺はこんな孤独で窮屈な日常を強いられてるのによぉ……。
四面楚歌の自分とは正反対に美しく生まれ変わった幼馴染、そしてスタイルの良い美少女と仲睦まじく話している心太の姿は怒りを通り越して殺意すら芽生えた。
憎しみで視界が真っ赤になり、悔しさから歯ぎしりを止められない。それなのにあの元ヤンのゴミクズは可愛い女の子たちと和気藹々としている。
ふざけやがって……テメェみたいな人間のクズにその居場所は似つかわしくねぇんだよ。テメェもテメェだ一途。長い時間を共に過ごした幼馴染が苦しんでいるのも気に掛けず、そんな男にヘラヘラと媚びる様に微笑んでんじゃねぇぞ……!!
あろうことか一途にまで敵意を募らせる、自分から先に裏切った事実を棚に上げて。
しかしいくら憎悪を抱こうが傍から見れば何の力も無い男の嫉妬に過ぎず、事実この時の小川も憎みこそすれ具体的な復讐方法など持ち合わせていなかった。
だがこの男の憎しみが心太や一途に対し、先の未来で牙を剥く事になるのだった。




