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第十七話 想いは伝えるべき時に伝えろよ 


 「以上が美衣奈センセーの黒歴史でした。ご清聴いただきありがとうございました~」


 全てを語り終えた美衣奈は笑顔のままこちらを見つめたまま無言だった。

 自分から傷を掘り返して過去を晒した彼女がどんな回答を求めているのかは分からない。だがそれでもこのまま何も言わず黙り続ける事が正解だとは思わなかった。


 だからこそ心太は今の話で自分の思った言葉を着飾らずに伝える。


 「正直たった今話を聞いただけの俺如きが言える事なんて限られてるけどよ、お前の母親さん……やり方を見失っていたのかもしれないが、お前を心から愛していると思う。だから、一度ちゃんと話し合ってみたらどうだ?」


 「……は?」

 

 自分の思った言葉をありのままに心太が伝えた次の瞬間、明らかに場の空気が一変したのだ。

 空気が変わり心太が隣の美衣奈に視線を移そうとした時だった。何も言わず美衣奈はその場で飛び掛かって来たのだ。

 ベンチの上で押し倒した心太にまたがりながら美衣奈は能面の様な顔を間近まで近づけ、そして敵意の篭った眼を向けながら口を開いた。


 「ねえ……もしかしてふざけてんの? それともおちょくってる?」


 これまで一度も見せた事のない静かに怒る美衣奈に対して心太はあえて落ち着いて答えた。


 「あんな重たい話されてふざけるほど俺もおちゃらけてねぇよ。本心から言ってセリフだ」


 「ざっけんじゃないわよっ! 今の話聞いて私とあの人が今更話し合い何て出来ると思う!?」


 冷静に受け答える心太とは対照的に美衣奈の怒りは一気に燃え上がる。そして押し倒している心太の胸倉を掴み上げながら込み上げる憤りをぶつけ出す。


 「アンタなんかに何が分かるのよ!? 知らない間に母親がAV世界の住人になってたんだよ! そんな事実突きつけられて娘の私はどうすればいいのよ!?」


 そう言いながら美衣奈は胸倉を掴んでいる両手をグイグイと引っ張り心太の頭を揺らす。その都度に心太は後頭部をガンガンと打ち付けるが、それでも一切痛がる素振りも見せず美衣奈から目を逸らさない。


 「もう頭の中ぐちゃぐちゃなのよ!? どうして私ばかりがこんな目に遭わなければいけないの!? 父親が不倫、母親がAVデビュー、そんな二人の娘の私は一体何なのよ!?」


 途中から美衣奈は自分が何を言いたいのかすら分からなくなっていた。これまで胸の奥の封じ続けていた我慢が解き放たれもう感情はぐっちゃぐっちゃだ。

 堪え切れず零れる涙の雫がまるで小雨の様に心太の顔に落ちて行く。


 「ねえ……私はどうしたらいいの……教えてよ?」


 まるで道に迷った子供の様に自分の今後について教えを乞う美衣奈。

 そんな彼女に対して心太は明瞭な答えなんて持ち合わせていない。あくまでこうすべきではないかとアドバイスを送るだけだった。


 「さっきも言ったけどよ、一度母親と話し合うべきだ」


 「わからないよ……何を話せばいいの?」


 「悪いが俺は教師じゃねぇ。会話の内容はあくまでお前自身が決めることだ」


 「そんなん無責任じゃん……」


 そう言いながら美衣奈は心太の胸に顔を埋め嗚咽を漏らす。

 彼女の言う通り無責任なアドバイスだ。いや、こんなものアドバイスと呼べるかどうかすら分からない。

 それでも……血の繋がった母親と娘がすれ違い続ける事が正解な訳がないのだ。


 圧し掛かっている美衣奈を引き剥がしながら心太は言葉を続ける。


 「言葉ってのは伝えたい相手には伝えられる間に話しておくべきもんだ。そうでなきゃ後悔する事になる……俺の様にな……」


 「それってどういうこと?」


 言葉の意味がいまいち理解できず美衣奈が問う。すると心太は少し悲しそうな顔をしながら言った。


 「俺は……死んだばあちゃんとはほとんど喧嘩別れの様な形でサヨナラする事になっちまったんだ」


 心太の口から出て来た事実に美衣奈は動揺し、緩んでいた涙腺も引き締まり涙も止まった。


 「中学時代荒れていた俺をずっとばあちゃんだけは心配してくれた。それなのに俺はその言葉を煩わしく思っていたんだ。それどころか時にはばあちゃんに酷いことまで言っちまってた」


 思い返せば返す程に何故過去の自分はもっと祖母の言葉を真剣に聞かなかったのだろう。周りの皆が自分を恐れ、そして嫌悪している中でもばあちゃんだけは味方のまま自分を元の道に連れ戻そうとしてくれたのに……。


 「ばあちゃんは死ぬ間際まで俺の未来を憂いてくれた。そんな人に俺は重ね続けた愚行をほとんど謝ることすら出来なかったんだ。ひでー孫だよ我ながら……」


 人間の運命ってのは事故や病気、その他のイレギュラーでふとした瞬間に終わりを迎える事がある。だからこそ想いってのは伝えるべきに伝えないといけないのだ。永遠に機を失ってしまえば自分を呪い続ける事になるのだから。この愚かな俺の様に……。


 「なぁ美衣奈、俺はお前が心の底から母親を嫌っているとは思えねぇんだ。もしお前が本心から母親を拒絶してんならそもそも傷口を抉る過去を自分から俺に打ち明ける訳が無い」


 「……そう……なのかな……正直わかんない」


 口では疑問符を漏らす美衣奈であるが本当は彼の言う通りであると自覚していた。

 美衣奈は決して本心から母親を嫌っている訳ではない。確かに腹が立っている部分はある。それでも自分の為に必死になっている母の姿をよく知っているから……。


 「まだお前は全然間に合う。だから、行って来いよ」


 心太のその言葉を聞いてしばし考え込む美衣奈であったが、気が付けば無意識のうちにベンチから立ち上がっていた。


 「ごめん心太、今日はもうお開きでいいかな?」


 「おう、かまわねぇよ」


 「ありがと、じゃあまた明日学校で……」


 そう言うと美衣奈は小走りで走っていく。

 遠ざかっていく彼女の背中に向けて心太が最後のエールを送った。


 「頑張れよ美衣奈!!」


 言葉足らずで稚拙なエールであったが、その言葉を背に受けた美衣奈の心は不思議と軽くなっていた。




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