第十六話 美衣奈の過去②
「まさかレンタルビデオ店のアダルトコーナーで自分の母親の姿を見るとは思わなかったなぁ~。あまりの衝撃で文字通り膝から崩れ落ちちゃったよ」
その時の事を鮮明に思い出したのか美衣奈な乾いた笑い声を漏らす。そんな彼女に対して心太は言葉に詰まり沈黙してしまう。
「(覚悟してはいたが重てぇ話だな……クソッ!)」
自分の知らない場所で母親の黒い秘密を知った衝撃、少なくとも自分には想像も出来ない衝撃だったのだろう。下手な慰めの言葉など掛けても彼女には気休めにすらならないレベルの体験談に心太は歯痒さを感じる。
何も言えない心太とは対照的に吹っ切れた美衣奈は自分の傷を更に抉る。
「それでお母さんに詰め寄ったんだ。これは一体どういうことなんだって」
仕事終わりと言って帰って来た母を剣幕と共に詰め寄るともう隠せないと悟ったのか白状した。
父との離婚後にパートに出た母であったがそれでも生活はカツカツ、年頃の娘に人並の幸せすら与えられない事に焦りを、そして何より申し訳なさを感じたらしい。自分と夫との間で起きた夫婦問題に罪も無い娘を苦しめたくなかったのだ。
そんな追い込まれている時に仕事終わりの彼女にAV女優のスカウトがかかったのだ。
美衣奈の母は高校生の娘を持つとは思えない程に若々しくそしてスタイルもかなり良かった。だからこそスカウトマンの目にも止まったのだ。
もしも生活水準が離婚前と一切変わっていなければ、美衣奈の母だってこんな誘いなど一蹴していただろう。ただ提示された条件はかなり良好であり明らかにパート以上の収入が見込めた。なにより我儘の1つも言わず年頃の少女に苦労を掛けている娘の負い目もあり、悩みに悩んで葛藤の末にスカウトマンの話を受けたという事だった。
全ての経緯を聞き終わった美衣奈が最初に母に対して感じたのは〝怒り〟だった。
『なんで……なんでそんな自分の体を安売りできるわけ!?』
『ご、ごめんなさい。でもあなたに苦労を掛けたくなくて……』
『精神的には十分過ぎるほどかかってるのよ!!』
美衣奈はもう感情がぐちゃぐちゃだった。母が自分の為にと言っている言葉は偽りではない事は彼女も理解できている。だか、だからこそ母の選んだ道に憤りを感じざる負えないのだ。
どうして自分に相談してくれなかったの? どうして自分をそんなに蔑ろにするの? 大事な事なら家族で話し合うべきなんじゃないの? 私の幸せの為ならお母さんは不幸になっても笑えるの?
頭の中ではいつくもの疑問がぐるぐるとメリーゴーランドの様に回り続ける。だが何よりも美衣奈が許せなかった事は仕事とはいえ母親が自分の裸体を他の男に晒し、そしてまぐわった事だった。
『お父さんの浮気を糾弾しておいてこのザマ!? 自分だって知らない男とハッスルしちゃって恥ずかしく無い訳!?』
その言葉はもっとも母の胸に刺さったらしく完全に言葉を失っていた。だが興奮が冷める様子の無い美衣奈は尚も軽蔑の言葉を並べて行く。
『もうどうでもいいわ! アンタが好きで他の男と寝ているなら好きにすれば? でももう私はアンタを母親だなんて思わないからこの淫売!!』
勢いに任せて頭の中に浮かんだ侮蔑の羅列を全て吐き出し終わって美衣奈の興奮が僅かに冷める。そして頭が冷えると自分が直前に罵った言葉を振り返りハッとなる。
『あ……』
顔を上げて母の様子を見ると無言で涙を零していた。
言い訳も、謝罪も、何も言わずただ目を閉じて娘の非難を受け止めていた。その痛々しい姿に美衣奈の胸が疼くが、それでも彼女は謝ることはせず言い放つ。
『私……高校卒業したら家を出るから。この家から私が消えれば娘にお金をかける必要もなくなるでしょ』
『ごめんなさい……』
『もう謝らなくていいって。どうでもいいからさ……』
思い返せばそれが母とまともに交わした最後の会話だった。
この日以降から美衣奈は母親とまともに会話をした記憶がない。仮に言葉を交わしたと言ってもせいぜい極まれに相槌を打つ程度のもの。
それからも美衣奈の不幸は終わらなかった。自分のクラスの人間に母親がAV女優だという噂が広まり娘の美衣奈はイジメの対象となってしまったのだ。
「いやー思い返すと辛かったなぁ。淫売の娘って事で女子達からはバイキン扱いされてさ、男子の一部からは私が淫乱だと決めつけて下心満載でデートやホテルに誘われるしさ……中学時代は地獄だったよ」
「じゃあさっきゲーセンで絡んで来た女も……」
「うんそう、同じクラスだった娘。しかもあの娘の彼氏が淫乱だって噂されている私に乗り換えようとしたんだ。まぁ簡単に抱ける女だと思ったんだろうね。それで失恋したあの娘に恨まれて特に陰湿な嫌がらせされたよ」
「そっか……辛かったな……」
「うん辛かったよ~。だから高校では無駄に陽気に振る舞うキャラにチェンジしたんだぁ。性格や髪型とか変えて中学の自分を抹消しようと試みたけど……もうキミにはバレちゃったし意味なくなっちゃったよ……」
そう言うと過去語りが始まってから一度もこちらに向けて来なかった視線を美衣奈は向けて来た。その瞳はドロドロと濁りまるで泥沼の様だった。