プロローグ 元ヤンと失恋少女の復讐
本日より新連載がスタートします。
ちなみにですが、活動報告でも載せましたがこの作品は完結済みである『幼馴染に酷い捨てられ方をされた僕はツンデレ美少女に心を救われる』と同じ世界線となっております。もしよろしければそちらの作品もご覧ください。本編は完結してますが番外編を投稿しているので。
おいおい……まさかこんな現場に遭遇してしまうとは……。
それはこの俺、神侍心太が屋上の貯水タンクから外の風景を眺めていた時の事だった。
今日で高校生活の1年を終えた俺は終業式を終えてからこの屋上へとやって来たいた。とある理由からクラス内、というより学校内で友人とも言える人間のいない俺は独りで物思いにふけっていた。そんな時、いきなり貯水タンクの下から女性の大声が響いてきたのだ。
「ど、どうして急に別れようなんて言い出すの!?」
悲痛な色が込められた声を確認しようと顔を覗かせると眼下には2人の男女が何やら口論していた。
よく見れば言い争っている女子の方は今年自分と同じクラスの生徒であった新井一途であった。
どうやら聴こえて来た断片から察するに男女間のもつれらしいがありがちな話だ。いつもであれば興味も湧かないのだが、女子生徒の悲痛過ぎる声が気になり無意識に二人の口論の内容に耳を傾けていた。そして……その内容は中々に反吐が出そうなものだった。
「中学時代から付き合っていたのに急に別れようなんてひどいよ!」
「うるせぇな。別れる理由なんて1つしかねぇだろ。お前がデブだからだよ」
そう言いながら男はまるで汚い物を見るかのような視線を向けながら一途を指差した。
人の容姿を貶す趣味は無いが確かに心太の目から見ても彼女は少々小太りと言った容姿をしている。無論それで彼女という人間の価値が決まるとは思っていない。だがあの男はそうではなかったらしい。
「た、確かに私も肥満は自覚してるけど……で、でも何で今更そこを責めるの? 今まで一度も指摘した事だってなかったのに。それにいつも言ってくれたじゃない。高校に入ってからも太っていようが一途が好きな事は変わらないって言っていたじゃない!!」
「これまでは時折お前が〝恋人料金〟を払ってくれていたから付き合っていたんだよ。でもお前、ここ最近はババアの看護が忙しいって理由で放課後のバイトもやめたろ。めっきり羽振り悪くなったからな。金もねぇデブと交際し続ける意味なんざもう皆無じゃん」
「……待ってよ恋人料金って何? 私がバイト代を貸していたのはあなたが部活で忙しくてバイトする時間がなかったからでしょ。私のお金はシューズや自主練の為のボール、部活で必要な物の為に使うからって……」
「ぷはは、お前ってホント馬鹿な。頂いた金なんてダチとの付き合いや他の女とのデートで浪費していたに決まってんじゃん」
どうやら話の内容から察するにあの男は適当な理由を付けて一途から金をせびっていたらしい。一途は純粋に恋人である男の力になりたくて金銭を貸していたようだが、男からすれば彼女は都合の良い財布に過ぎなかった。そして金払いが悪くなったから捨てると言っている事になる。
当事者でない心太ですら胸が悪くなる話だ。言うまでもなく一途からすればショックが大きすぎ、あまりの悲しさと悔しさから涙すら出ていた。
「ひどいよ……ずっと『幼馴染の俺だけはお前の隣に居続けてやる』なんて言っておきながら……それに今の話だと浮気だってしていってこと?」
「金の切れ目が縁の切れ目って言うだろ。それじゃあな子豚ちゃん、2年生になってからはもう俺に恋人面や幼馴染面して絡んで来るなよなぁ~。ダルいからさ、じゃあね~」
そう言って男は悪びれる様子など無く侮辱を吐いて屋上を後にする。
残されたのは手酷くフラれた一途と息をひそめている心太の二人だけとなった。
「ひっく……あ、あんまりだよぉ……」
膝から崩れ落ちている一途の姿を眺めながら心太は苛立ちを覚えていた。
正直他人の恋愛事情に首を挟むべきではないのかもしれない。実際に自分は偶然話を聞いていた赤の他人に過ぎないのだから。
だが……女を財布代わりにしか見てないあの男の態度が同じ男としてどうにも癪に触って仕方がなかった。
俺も確かにクズだけどよ、あそこまで落ちぶれている野郎は気に入らねぇ……。
気が付けば心太は貯水タンクから飛び降りて未だに蹲っている一途へと声を掛けていた。
「おい大丈夫かよ」
「あ……神侍君……」
まさか他の人が居るとは思わず一途は羞恥心から顔がさらに赤く染まった。
無様に幼馴染かつ恋人に捨てられる場面を見られ猶更惨めさが加速した彼女は更にボロボロと泣き出す。
「ごご、ごめんなさい。嫌なところ見せてしまって……」
「別に……」
ぶっきらぼうにそう返しながらも、心太はこんな時だと言うのにクラスメイトと会話をしている事に新鮮さを感じていた。
実は中学時代まで心太は所謂ヤンキーと呼ばれる人種であったのだ。他校の不良生徒と喧嘩に明け暮れた日々を送っており、その噂はこの千変高校に通っている今でも中学時代のあるなし武勇伝が広まっている。
圧倒的な喧嘩の強さから他校の不良は彼を〝鬼神〟と言う異名で呼んでいた。だがとある理由から高校入学と同時にヤンキーを卒業した心太であったが作り上げた武勇伝、そして持ち前の強面が理由からクラス内でも怖れられ今日まで煙たがられていた。
目の前のクラスメイトである一途も自分を恐れてまともに顔も合わせなかったが、今は身に起きた悲劇から心太の雰囲気を怖れる余裕すらなく普通に話せているのだろう。
「覗き見する気はなかったんだけど偶然立ち会ってしまってな。一部始終、というか全部聞いちまったんだわ」
「そう…なんだ……」
心太がそう言うと彼女は乾いた笑みを浮かべながら聞いても居ない事を話し出した。
どうやらあの男は昔から付き合いのあった幼馴染、名前は小川軽卆と言うらしい。高校に入る中学時代から交際をしていたらしいが見ていた通り手酷くフラれたそうだ。
「あはは……恥ずかしいところ見られたなぁ。まぁ…フラれたのも無理もないよね」
「あん?」
「私みたいなデブが恋人なんて百年早かったんだよきっと。優しい言葉でコロッと騙され続けて馬鹿みたい。相手が幼馴染だから裏切られる事はないって思っていたのかなぁ」
そう言って自虐を始める一途を見て心太は不快そうに舌打ちをしながら言った。
「本当にそう納得していいのかよ。確かにお前は太ってるけどそれが理由であんな最低男に利用されていい理由にはならねぇだろーがよ」
そう言って彼女の近くまで寄った心太がぶっきらぼうにハンカチを取り出し手渡す。
「人の色恋に絡む気はねぇけどよ、あんなクソが調子づくのが俺は気に喰わねぇ」
「それってどういう意味……?」
「ちょうど明日からは春休みに突入だ。なぁ新井、俺はあのクソ野郎みてーなヤツをぎゃふんと言わせてぇ。もしお前が良いなら俺に協力しろよ。お前だってアイツに一泡吹かせて復讐してやりたくねぇか?」
急に復讐などと言われて呆けていた一途だったが、すぐに沸き上がったのは〝怒り〟だった。
確かに自分は小太りの醜い容姿かもしれない。だがだからと言って本気で愛していた人間から裏切られて悲しくならない訳が無いのだ。こんな惨めな気持ちを残りの高校生活で引きずり続けたくない。
心太としても何故自分が彼女を手助けしようとしたのか分からない。ただの暇つぶし? それとも女を泣かせる男に対する怒り? 理由は定かではないが泣いている彼女を放置しておけなかった。
その時、心太の頭の中で死んだ祖母の言葉が蘇った。
――『いいかい心太。困っている人には力を貸してあげるもんだよ』
それは死んだ祖母が自分に何度も言い聞かせた言葉であり……死の間際まで自分に言った最後の言葉であった。
「(ああ……分かってるよばあちゃん……)」
気が付けば一途は渡されたハンカチで涙を拭い決意に満ちた目でこちらを見つめ返していた。
「やるよ……アイツを見返す為ならいくらでも頑張れるよ」
「よし、それじゃあ休み明けにあのカスを後悔させる手助けをしてやんよ。お前を振ったことがいかにデカい魚を逃したかって思い知らせてやる」
こうして心太の協力もあり、春休みを通して悔しさを抱えた〝肥満体の少女〟は〝絶世の美少女〟へと生まれ変わる事となる。
そして彼女との出会いが心太の高校生活にも大きな変化をもたらす事となる。
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