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逃げ出してしまった私



 人間として敵国に潜入し、町中で魔物に変化して暴れる。

 人間の姿と魔物の姿を自分の意志で身体を変化させることができる兵士をつくろうとしていたのだ。資格がなければ魔物を狩れない現代の人々は町中で魔物を暴れさせるだけで甚大な被害が出る。

 ロイドは言葉が流暢に話せることもあって研究所でも大切にされていた。

 ひどい子になると「助けて」「いたい」「怖い」くらいしか話せなくなるのだから、意思疎通ができることはとても重要だった。

 ロイドは逮捕劇があった日に研究所から逃げ出して、あてもなく彷徨いながら旅人に食料を要求しながら生き繋いでいたと語った。

 敵意がなくなったことを理解するとビリーさんは車の修理をするために立ち上がる。

 ジオは「すぐに食べられそうなものを探してくる」と車内に戻った。


「ふぅん、つまり魂を弄ったのね」


 研究の概要を説明しただけで何かを理解したアミーは、ロイドの正面に立つと何か呪文を唱えながらロイドの額の上に魔法陣を展開していく。

 三百年前から魂を保護していたという彼女は「魂」について専門家にも等しいのだろう。


「そうね、魔物とこの子を切り離すのはちょっと厳しいというか、設備とそれから魔力が足りないわ。増幅アイテムと道具がいるわね」

「えっ、ロイドを人間に戻せるの!?」

「あら、わたくしは天才なの。できないことなんてそうそうないわ。いいこと?現代の魔科学の基礎理論の半分はわたくしの魔術理論が使われているわよ」


 さらりととんでもないことを言うアミーに、私は膝をつき感謝の祈りを捧げる。

 こんなに素晴らしい天才を若くして殺した三百年前の隣国の王様は絶対に馬鹿だと確信した。


「まぁ、今は無理でもちょうどよくレオンクレアに行くのだし」


 パン、パン、パン!

 アミーが手を叩くと、段々とロイドの姿は小さくなり、三回叩き終わった頃には子犬のようなサイズになっていた。

 赤い瞳が目立つものの、これならケージにいれてしまえば「ペット」といえば誤魔化せそうだ。


「さて獣、ああロイドね、ロイド。わたくしたちはステラとジオを救うためにレオンクレア帝国に向かっているの。ついでにあなたも助けてあげるから大人しくなさい」

「姉ちゃん、なんだこれ?俺はどうなったんだ?」


 テトテトと頼りない足取りで近づいてくるロイドを抱き上げて優しく撫でる。


「ロイドを人間に戻してくれる人に出会えたのよ!」


 こんなに嬉しいことはないと私は笑いながらロイドをぎゅっと抱きしめる。

 良かった、ロイドを救えるのだ。人間に戻すことができる。魔物になった子についてはどこかで諦めていたから、それが嬉しくてたまらない。


「……わかんない。本当に?信じていいの?また酷いことにならない?」


 あまりに急な展開のためか、不安そうな姿が心配で、でも私にはロイドを優しく撫でることしかできなかった。研究所で悪い人に従うよう説得してきた私が「信じて」とロイドに言葉をかける資格はないのだから。

 むしろロイドの質問に私も不安にもなってきて「絶対大丈夫だよ」なんて言葉は使えない。


「ロイド……」

「どうなっても後悔しないために、そういう重大な決断をするとき、何を信じるかは、己の意思で決めるといい」


 ジャーキーと水を持ってきたジオは、ロイドが小さくなっていることに少し驚いたものの、慌てたりすることもなく、私の腕からロイドを引き抜くと食べ物の前に座らせる。


「ん、ほら、食べても大丈夫だ」


 ロイドの眼の前でジャーキーを少量食べてみせると、ロイドはがっついてジャーキーにかみついた。

 それを確認したアミーは「パパを手伝ってくるわ」と離れていく。

 その後ろ姿を見てついていきたくて足を動かそうとする。


「ステラ、彼の食事は人間と同じでも大丈夫か?」

「うん。パンとか果物とかなんでも普通に食べていたよ」

「そうか、なら買い足すくらいで問題なさそうだな」


 夢中でジャーキー食べるロイドの姿をしばらく見ていたが、どんな言葉をかけていいのか分からなくなって、どうしようもなく居心地が悪くなった私は「ビリーさんに手伝えることがないか聞いてくるね!」といってその場から逃げ出した。





「なぁ、ステラって姉ちゃんの名前?」

「ああ、保護した当時は自分の名前も覚えていなかったが」

「俺と出会ったときにはもう、姉ちゃんって自分の名前忘れてたんだ。なんだ、思い出したんだ。よかった」


 ステラの背中が声も届かない距離になってから、ロイドはジオに問いかけた。

 ロイドの隣にあぐらをかいて座りながら、ジオは質問に素直に答えた。


「姉ちゃんの状態ってかなり危ないよな。言ってないのか?」

「ああ。言ってない。言えないし、言いたくない。レオンクレアに行けば助けることができるから、知らないままならその方がいいだろ?」

「ーーああ、なるほど。ジオ兄ちゃんって、姉ちゃんのこと大好きなんだな」


 何かを理解したようなロイドの感想にジオは目を見開く。それから「バレたか」と困ったように笑って頷いた。


「ステラには秘密だぞ」

「うん」


 ジオの言葉にロイドは神妙に頷いてみせた。


「ところで、ロイドは他の子供達を覚えているだろうか。知りたいのはスノーという名前の子なんだが」

「スノー、スノー……ああ!57番。うん?姉ちゃんなら全員のこと覚えてるのに聞かなかったのか?」


 ロイドの純粋な疑問に、ジオは俯いてどう説明すべきか言葉を探した。


「実は僕は、妹を探すために研究所に潜入したんだ。だが、生き残りのステラは長いこと正気を失っていてな。何度か質問しようとはしたが、できなかった。どうしてか何回目かのときようやく会話ができて。その日にステラが自分の名前を思い出してから精神状態は快方に向かったが、元気になっていくステラを見ていたら、どんどん聞けなくなった。研究資料からスノーが死んだことは理解しているから余計に」

「ああ……」


 ジオはクマのぬいぐるみを撫でながら、慎重に答えた。

 それを聞いたロイドの耳と尻尾はペタンと垂れて、すっかりしょげかえっていた。


「あのさ、俺の知ってるスノーは、いつも家族の自慢をしてた。ジオ、そうだ、兄ちゃんの名前聞いたことがあると思ったらスノーだったんだな」

「そうなのか」

「優しくて強くてかっこよくて自慢だって……今は顔色すごい悪いけど、確かに兄ちゃんって整った顔してるな」


 ジャーキーを食べ終えると、あぐらをかくジオの膝に乗ったロイドはその上で丸まるようにして寛ぐ。


「そうか、そうだったのか」

「うん」


(いつか絶対にお兄ちゃんが助けてくれるって信じていた)


 言わない方がいいだろうことは心にしまって、ロイドはジオを慰めるように、すっかり心を許したような仕草をした。


「スノーの兄ちゃんなら信じたいなぁ」

「ありがとう」


 その目に涙はなくてもジオの声は泣いていて、だからロイドは目を閉じてなにも見ていないし気づいていないふりをした。





「私って情けないね」


 ビリーさんの手伝いをしながら私がついポロッと口から零した言葉に、アミーは笑う。


「情けなくたっていいじゃない。そっちのほうが可愛げがあってわたくしは好きよ」

「はは、アミーはステラさんがお気に入りなんだなぁ」

「ええ、お気に入りよ」


 ビリーさんの言葉に胸を張るアミーの姿に照れてしまう。

 特に手伝うことはないものの、時折渡してほしいと言われた工具を渡しながら、私はアミーと一緒に車の修理作業を見守った。 




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