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密着にドキドキする私



 ビリーさんの車で走ること三日目。

 魔術人形のための素材採取で世界各地を旅したビリーさんは、とても旅慣れていて、初心者の私も苦もなく過ごしていた。

 広い車のなかにはベッドが2つ用意されていて、顔色の悪いジオは移動中ほぼずっとベッドで横になっていた。

 ちなみに寝る場所は運転席でビリーさん、一つ目のベッドはジオ。一人が通れる通路を挟んで隣り合って存在する二つ目のベッドは私とアミーが使っている。

 現在アミーは助手席に座ってビリーさんと一緒にいる。私はジオのことが心配で自分の使っているベッドに腰掛けて、向かい側のジオの様子を見ている。


「ジオ、大丈夫?」

「ああ。気にするな。車酔いみたいなもんだから……隣国まであと3時間くらいだって?」

「うん」


 ますます顔色の悪いジオが心配でどうにか助けてあげたいが、私にできることといったら私の能力で眠らせることくらいだというのに。

 どうやらジオは私の魔力があまり効かない体質らしく十分に眠らせてあげられないのだ。目の下のクマが日々濃くなっていくので胃が痛い。


「ステラ、そんなに悲しそうな顔をしなくてもいいだろ」

「だって、私にできるのはよく眠らせてあげることくらいなのに、それもできないから不甲斐なくて」

「僕のことなんか気にしないで、せっかく旅をするんだから外の景色でも見てこいよ。ずっと研究所にいたんだから、なんてことない景色だろうと外の世界を見たほうが楽しいだろ?」

「……あのねジオ。私は大切な人が辛そうにしてるのを忘れて楽しめる人間じゃないよ」


 真っ白に近いほどに血の気のない顔をしておきながら、気にしなくていいと言われることがとても悲しい。

 少しでも暖かくなるように願ってジオの手を両手で握ると、顔色は良くならないものの困ったように眉尻を下げてジオは微笑んだ。


「旅に出る前より具合悪くなってるよね?もしかしてこの腕輪のせい?私の……せい?」

「ありがとうって何度でも言うんだろ?」

「うん……ありがとう、ジオ」


 不安になった問いかけに答えない線引をされてしまえば、こうなっているのはやっぱり自分のせいなのだと理解できないはずがない。

 正直に「そうだ」と教えてもらえないことが悲しくて悲しくてたまらないけど。それでもジオが望むのが感謝なら、私は下手くそでも笑って感謝するしかないのだろう。


「ジオ、ステラ、揺れるぞ!」


 運転席からビリーさんの切羽詰まった大声がした。

 それに反射的に反応した私はジオを庇うように覆いかぶさると慌ててベッドにしがみつく。

 右に左に何かを振り落とそうとするかのように急激に荒くなった運転に息を忘れる。

 ベッドを握る手が外れて、ジオに抱き込まれる。

 そうして長いか短いか分からない時間が過ぎたのち、車が急停止した。

 おそらくはそんなに時間は過ぎていないのだろう。私とジオの体は車体の右側に押し付けられていた。


「ジオ、大丈夫?」

「ああ。ステラ、怪我は?」

「ないよ」


 いつの間にか私の方がジオに庇われていた。強い力でしがみついていたからか、爪と指の間に隙間ができているようで、なんとも言えない痛みがあるものの、それ以外に怪我らしきものはない。

 そんな些細な怪我よりもジオが強い力で私の頭を抱きしめているために、かつてないほど密着していることに緊張する。


(ち、ちちち、近い!)


 どうしようどうしよう、こうなったのは何故だろうと考えても答えの出ないことを考えていると、私達のいる寝台スペースのドア付近がバンバンと殴られる音がする。

 先程までの安全でのんびりとしていた旅からの落差が想像以上に怖くて震えてしまう。


「よこせ!食い物をよこせ!」


 これが噂の盗賊だろうか。もしもドアが開いたら私の能力で眠らせればいいのかと混乱した頭のまま自分はどうするべきかを考える。

 「食い物をよこせ!」という声は想像よりずっと若い声である。

 ドアがあかないことに焦れたのか、バリッと凶悪な爪が車をえぐった。

 その鋭く凶悪な爪が引っ込む。爪によって開いた隙間からギョロリとした赤い目が私たちを探すように、車内を確認するように動いていた。


「ひっ」


 私たちを見つけて動きを止めたその目に気がついて、あまりの怖さにジオの胸に顔を隠すようにしがみついた。


「言葉を話す、魔物?」


 私のことを抱きしめてくれるジオは眉を寄せて呟く。


「魔物って言葉を話さないの?」

「当たり前だろう」

(でも、研究所じゃ)


 一つの可能性に思い当たり、私は顔をあげる。

 研究所で私が眠らせていた化け物たちはもともとは子どもたちだ。そして彼らは化け物になっても「言葉を話せた」のだ。

 もし研究所から逃げた子どもがいたとしたら、もしかして。


「ねえ!お姉ちゃんのこと、覚えてる?」


 目に向かって震える声で問いかけると、魔物は動揺したようにガタガタと車を揺さぶった。


「お姉ちゃん!俺!俺は42番だよ!」

「42番……ロイドね!」


 ジオの腕から抜け出して外へ出ようとしてドアが壊れて開かないことに気がつく。カーテンを引いて窓をあけてから身を乗り出すと、白い狼のような巨大な魔物が縮こまっているのが見えた。


「姉ちゃん!姉ちゃん生きてた!」


 叱られるのを恐れるように縮こまっていたはずが、私の顔を見た途端、その魔物は尻尾を大きく振る。

 それはもう嬉しそうに笑っていることに気がついて、一人でも化け物にされても生きている子がいたことに感動して涙が目に溜まった。


「ロイド……!」


 ジオに「待て」と言われたけれど、興奮していた私は弟に会えたことが嬉しくて、窓から飛び降りた。そうしてロイドのところに駆け寄った。


「あ?姉ちゃん……?なんだ、その姿」

「ロイド?」


 近くで私を見て目を見開くロイドの、その言葉の意味がわからずに首を傾げる。


「姉ちゃんは、誰に殺されたんだ?」

「なに言ってるの?私は生きてるよ?」

「は?そんな状態で生きてるわけ……ガァッ」


 水色の髪を靡かせたアミーが飛んでくると、踏みつけるようにしてロイドの頭の上に座る。


「いいこと獣、言葉には気をつけなさい」

「獣じゃねー!」


 そんな私たちのやりとりから危険がないと判断したのか、ビリーさんは運転席から、ジオも窓を使って車から降りてくる。


「あ、えっと、なんて言うべきかな?この子はロイド。研究所の子どもで42番。私の弟分のひとり。なんでここにいるかは、ちょっと分からないけど」

「研究所の」


 私の言葉に頷いているものの、ビリーさんが白衣を着ているからか警戒心もあらわに睨みつけるロイドに落ち着くように言葉を選ぶ。


「研究所の悪い人たちはみんな逮捕されたよ。大丈夫。もう大丈夫だからね」


 そう言いながら、ゆっくりと手の平に魔力を練る。その手で優しく撫でれば、ロイドの興奮はだんだんと落ち着いていった。

 これなら会話ができそうだと安心する。

 研究所の研究のひとつである、人間と魔物を融合させて生物兵器を作り出す研究。

 その研究のゆがんだ成果が目の前にあることで、ビリーさんもジオも言葉を失っていた。



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