ビリー先生の授業を受ける私
『魔術列車のレール付近で、魔物が異常発生しているため、ハンターたちによる駆除が完了し安全が確認されるまで魔術列車の運行停止が決定しました。今回のように魔術列車の運行にかかわるもののほかにも、年々魔物の増加傾向が強まっており、大規模な魔物氾濫が5年以内にも発生するだろうとの専門家の指摘もあります。市民からは連合軍を編成する等、大陸全土で魔物氾濫に対する早急な対策や準備が求められております』
ニュースの再生をとめて、タブレットを使い、魔物氾濫という言葉を検索する。
ズラッと出てきた情報の量に気圧されて「魔物氾濫って何?」とジオに問いかける。
すると顔色が悪いまま紙の資料を読んでいたジオではなく、コーヒーをいれていたビリーさんがすぐに反応した。
ソファの上ではアミーが端末を使ってゲームで遊んでいる。
「ステラさん、魔物氾濫とは魔物の異常発生のことだよ。小規模なものとは違い、大規模な氾濫はだいたい100年周期で発生している」
「魔物って、完全駆除はできないの?」
「それをしたらおそらく、この人間世界が滅びてしまうかな。そもそも完全駆除は難しいんだ。神話の魔物を生み出す神を倒せば魔物が生まれなくなるかもしれないが。そんなことはできないし神殺しなんて恐ろしい考えだ」
世界が滅びるという信じられない言葉に目を丸くする。
「魔物って世界にとってそんなに重要なんですか?」
「近年魔素に関する大発見があってね。これは本当に近年の研究で分かったことなんだ。この発見により我々人類は魔物と共存するしかないというのを理解した」
丸いメガネの位置を調整しながらビリーさんは教師役をしてくれる。
なんだかんだ常識の足りない私は、背筋を正し、ありがたく話を聞く姿勢をとった。
「この世界の魔力というものは大気中にも漂っていて、大気中にある魔力は魔素とよばれている」
「大気中の魔力は魔素」
理解したと話の続きを促す。
それを見てビリーさんは話を続けた。
「人間が自身の魔力を使うことや、魔科学の道具を使うことで大気中の魔素も次第に濃くなる。ところが、大気中の魔素が濃くなりすぎると人間は息もできなくなるんだ。人間に不可欠な魔素ではあるが、濃度が濃すぎると毒にもなる。魔物というのは、その濃くなりすぎた魔素を大量消費して生まれる。そうすることで人間が生活できる環境ができているんだ」
「なるほど」
人間の生命を脅かす魔物ではあるけれど、魔物がいるおかげでこの世界は人間が住むことができる環境になっているということみたいだ。
「ビリーさん、教えてくれてありがとうございます!」
「ステラ、ビリーさんはもともと教師だから、疑問に思ったことを質問するならおすすめだぞ」
「そうだね、ステラさんの事情は把握しているよ。分からないことはなんでも聞いてくれ」
「はい!」
話を聞いていたらしいジオが顔をあげてそう言うと、ビリーさんも穏やかな笑顔を浮かべて頷いてくれる。
とてもありがたいことだ。
「そういえばちょっと気になったんですけど、魔物を倒すときには魔科学兵器や攻撃魔法を使いますよね?それって大丈夫なんですか?」
「良い質問だ。そうだね、たとえば人間が生み出す魔素が3ほどだとしたら、魔物が生まれるときに消費する魔素は5としよう。竜種に至っては100ほど消費して生まれる。魔物が強いほど消費魔素は多くなる。だから人間が魔物を倒してもさしたる問題はないんだ」
「へぇえ!」
なるほどと何度も頷く。とりあえず今のところ他には疑問はないので、先程のニュースの内容はだいたい理解できた。
「私たちに重要な情報は列車は使えないから車移動ってことですね?」
「そうだね。いまジオがルートを調整してくれているよ。盗賊だなんだと変なやつには出会いたくないし、魔物との遭遇も避けたい」
「昔に比べてそこは不便よね。免許がないと魔物を個人討伐しても駄目なんて。緊急事態ならいいらしいけど」
髪を2つ結びにしたアミーがやっていたゲームをやめて会話に参加してくる。
「そこはほら、犯罪管理が難しいからね。仮にフレアのような魔女や魔法使いが生まれたら下手をすると国を滅ぼされる訳だし」
確か、魔法というのは使用するほど上達して上級魔法が使えるようになるとかそんな話だっただろうか。
どうしても魔法の才を無駄にしたくなければハンターライセンスをとるか、軍属になるかといった流れになるらしい。
「ちょっと、わたくしはわたくしの命を狙うやつを返り討ちにしていただけよ!」
「しかしなアミー、国王は本当に焼いたんだろう?」
「わたくしに暗殺者を送ってくる筆頭だったからもちろん焼いたわ。でもたったそれだけで内乱を起こしたって理由で火あぶりよ!まあね、炎の魔女を火あぶりで殺す間抜けな国だったから復讐のために魂を保護する魔法を使ってもバレなかったんだけど」
魔女フレアってやっぱり危ない人ではあったらしい。
国王を燃やすのはどう考えても「たったそれだけのこと」ではないはず。
どうやら彼女には彼女なりの理由があったみたいだけれど。それでも、なかなかすごいことをやらかしているのは本人も認める事実らしい。
「よし、ルートは決まった。とりあえずその隣国に向かうか。アミー、隣国はもう王政ではないから興奮しないようにな」
「知っているわよ。あの憎たらしい王の一族が滅んでいて嬉しいわ」
「魔獣のようなものの目撃情報もあったが、一匹ということだからやり過ごすことは可能だろう。ここが他に比べて一番魔物の目撃情報も少ないし、危険を排除できるはずだ」
ジオの言葉は自信に満ちていたものの、そういう言葉を「フラグ」というのだと現代にすっかり馴染んでいるアミーがこっそり教えてくれた。