私のことを話します
「ねぇ、ステラ。あなたはわたくしのことを知っているけどわたくしはあなたのことを知らないのは良くないと思うの。女同士仲良く話をしましょう?」
自室に案内して、子供部屋のベッドの上にちょこんと座ったアミーは青い瞳で私を見つめる。
その姿はどこか異質さはあるものの、お人形みたいに可愛らしい。
業火の魔女フレアの話を大まかに知っているだけで、アミーについては知らないけれども、聞かれたからには何か話をしなければと考えてみる。
「いいよ。どんな話が聞きたい?身の上話とか、恋バナ?」
「そうね、身の上話にするわ。どうせあなたが好きなのって顔色の悪いあの男でしょう?」
まだ出会って数時間しか経っていないのに、しっかりと好きな人がバレていることに苦笑する。
自分で提案しておいてなんだが、身の上話のほうもそこまで語れることはないのだが。
ベッドの横にあった子供用の椅子に座って、できるだけ話をまとめようと思案する。
「私は、十歳の頃に誘拐されて」
「待って」
「どうかした?」
「いきなり重い話が始まった気がしたんだけれど」
重い話の基準は分からないが、身の上話となるとそこからが現在につながるのだから仕方ない気もする。
気まずそうなアミーに「大丈夫だ」と安心させるように微笑む。
やっぱり常識があるように感じるから、アミーになる前のフレアだって本当は伝承が言うほどあくどい魔女とかではなかったのではないだろうか。
「そこまで重くはないよ。なんとか生き残って保護されて、研究所に就職して普通の生活ができるようになったってだけの話だし」
「……そう?そうかしら?」
「ううん、他に話すことあったかな。ああ、私が誘拐された原因はね、私の一族の特殊能力。相手を眠らせたり眠りに導けない相手ならその人の思考能力を弱らせることができるの」
「なにそのトンデモ能力」
そう、そんなトンデモ能力があったからこそ誘拐されたが、そんな能力があったからこそ研究員たちも私を誘拐はしたもののろくに手出しができなかった。
結局は実験に使われた子供たちを落ち着かせたり眠りに導く役目を与えられたのだ。
そうだな、うん。私もきっと人から見たら辛い思いをしたのかもしれない。
だけど「ボロボロの子たちを眠りに導いていた」ことなんて不幸でもなんでもない。だって私は痛い思いも苦しい思いもしていなかったのだから。
私はただ幸運だったのだ。
最後はこうして生き抜いて、平穏な生活まで手に入れた私が。
(辛かったなんて思っていいはずがない)
そう、だから私には辛いことなんてなにもなかった。
人生を少しの間、奪われただけ。たったそれだけのこと。
「研究員たちもね、思ったより私の能力の効果が強烈で研究材料にもできなくて持て余してたみたい。能力については一族と再会できたら何か分かるかもしれないけれど、私にも詳しいことはわからないんだ」
「あなた、思ったより壮絶な人生だったのね」
「まあでも今は、ジオが大好きなだけの普通の女の子だから」
そう言った私に「普通ってわたくしにはよくわからないのよね」と返す姿はやっぱり愛らしい幼児だ。
できることなら撫でくりまわしたい。
「ちょっと待って。そんな身の上のあなたが恋愛脳になる経緯がなんか逆に気になってきたのだけれど」
好奇心に輝く瞳に「特別なことはないよ」と返す。
そう、実際に好きになった経緯に特別なことなんてなにもなかった。
「ただ、ジオだけだったの。保護されてもずっと研究所の番号で呼ばれ続ける私の名前を聞いてくれたのは。きっかけなんて、たったそれだけのことよ」
数多の死体の中から生きて保護された私は、きっと助けた側にさえ化け物にみえたことだろう。
でも、ジオは一人でいる私を恐れずに手を伸ばして問いかけてくれた。
ちゃんと人として扱ってくれたのだ。
たったそれだけだけれど、私にとってはなによりも救いだった。
・
医務室から抜け出して廊下の人目につかない場所にしゃがみ込む。
私には生きている実感もなくて、ただぼんやりとしていた。
すっかり外は暗くなっていたけれど小さな光を感じていた。
それが陰るのを感じて顔をあげる。
そこには、顔色の悪いけれど整った顔立ちの男の人がいた。
「なぁアンタ、名前は?」
「名前……?」
はて、名前とは何だっただろうと考える。
私とは「30番」で「お姉ちゃん」だ。
いいや、違う。私は確か両親に違う言葉で呼ばれていた。
「思い出せないみたい」
「そうか」
「君は?」
「僕はジオ、ジオ・アウクス」
「ジオ」
どこかで聞いたことのある名前だった。
それがどこで聞いたのかはよく思い出せなかったけれど。誰かがそんな名前の人物を素晴らしい人だと語っていた。
だからきっと、ジオという名前の人はいい人だ。
「ジオは顔色が悪いね。ちゃんと寝てる?」
「僕の心配をしている場合か」
「……でも」
「ほら、立ち上がれ」
差し伸べられた手をとって立ち上がると、ジオは自分が着ていた白衣を私の肩に被せる。
ほんのりと体温が感じられて、あたたかかった。
「君のほうが顔色悪いと思うの」
「僕は常にこんなもんだから気にするな」
もう一度手を差し出したジオは「部屋に戻ろう」と語りかけてくる。
私は廊下の窓から外を見つめて首を横に振った。
「外にいきたい」
「ーー分かった。じゃあ屋上に行くか」
「うん。ありがとう」
私の希望を叶えてくれるらしいジオと手を繋いで歩く。
2人分の足音が響いて、とても静かだった。
まず事務室に寄ったジオはそこで屋上の鍵を預かる。事務室にいた騎士のお姉さんはジオと手を繋ぐ私をみて見なかったふりをしてくれた。
「ジオは、研究所の人?」
「いや、まだ学生だ。だが今回のことで研究員不足になったからな。再編後にここで働くことになっている」
「そうなんだ……ジオには他の子がどうしてるか分かる?」
「幼い子どもが多いこともあってろくに事情聴取もできないし、まずは養護施設の手配をしているらしい。親探しもしていると聞いている」
「そっか」
屋上までの道すがら私がいろいろなことを質問すると、ジオは律儀に答えてくれた。
鍵を使って開いたドアから少し冷たい風が吹いてくる。
満天の星空を眺めて、私はどこかから声が聞こえた気がして、耳を澄ませようと目をとじる。
「闇の中でも光を忘れぬよう」
夜に輝く星のように。
お父さんに教えてもらった名前の由来を思い出して呟く。
「ステラ」
「どうした?」
「闇の中でも光を忘れぬよう。夜に輝く星のようにーーステラと名付けた。そう教えてくれたお父さんの言葉を思い出したの」
「ステラか。良い名前だな」
「うん」
私の名前を聞いて「良い名前だ」と微笑んだ彼は、とても優しくて。
胸にあたたかい感情が灯った。
・
「それが私の新しい人生の灯火になったの」
ジオにとってはきっと何一つ特別なことではなかっただろう思い出を語ると、アミーはベッドにコロンと寝転がった。
「いや、あなたたちどうみても……」
「どうみても?」
「そうね、まぁ……脈はあるのではなくて?」
励ますような、なんとか絞り出されたような、そんなアミーの言葉に私は素直に嬉しくなる。脈があるようにみえるらしいと。
「はぁ、油断してたらすごい話を聞かされて疲れたじゃない。ちょっと寝るわ。ねぇステラ、あなたの能力を使ってみてくれる?」
「いいよ」
手のひらに薄く魔力を練って、その手でアミーの目の上に手を翳す。
「良い夢を見てね」
呟いてから手をはなすと、アミーは穏やかな寝息を立てていた。
人形には見えないその寝顔を見守りながら、次は彼女の口から彼女の話を聞きたいなと思った。