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婚前旅行の可能性に気づく私




 少し落ち着こう。

 そう、少しだけ落ち着いて考えてみようじゃないか。

 私の名前はステラ・レラ。赤茶色の髪と同色の瞳を持っていて、ほどほどに可愛いと言われることも多いから、ほどほどに可愛いと自負している17歳のルーベン王立魔術研究所の事務職員だ。

 そして、そんな私には片思いの相手がいる。

 ジオ・アウクスという灰色の髪と蜂蜜色の瞳をもつ19歳の王立研究所の研究員の青年だ。

 ジオはよく見ると驚くくらい美男子の造形をしているのだが、だいたいいつも顔色が悪い。そのうえベルトにクマのぬいぐるみとおもちゃの剣を縫い付けていて、毎日のように身につけているのでその人相と相まって研究所でも危ない人物のほうに分類されていた。

 といっても研究所そのものが変人の集まりだったので、ジオのことは「変人の中でも見るからに危ない方だけど常識はあるからちょっと変わっているひと」程度の評価で受け入れられていた。

 そんなジオに私が片思いしていることは有名だ。なんならジオ本人も知っている。

 なにせ顔を見れば毎日のように話しかけていたし、毎日のように好き好きとアピールもしていたし、告白だってしているからである。

 告白は「アンタにはもっといい相手がいるだろう」と断られたわけだけれど。それでもやっぱりジオが好きだった私は諦めないと宣言して、特に進展もなく日々が過ぎていっていたのだ。

 そう、特に進展もなにもなかった。

 と、いうのに私は今ジオと二人で旅をしている。

 未婚の男女が旅をしているのだ。


「これは、もしや、婚前旅行といっても過言ではないのでは?」

「……」


 隣を歩くジオにかけた私の期待をこめた疑問は、それは見事に無視されてしまった。

 今日も今日とて顔色が悪いが、果たしてジオに旅なんてできるのだろうか。


「ステラ」

「なに?」

「重要なことだからきちんと理解しているか確かめたいんだが」

「はい」

「僕とアンタが一緒に旅をしているのは解呪のためだ」

「はい」

「そして、この腕輪を通して呪いを共有している。だから僕が死んでもステラが死んでもお互い道連れになることは理解しているか?」

「もちろん」


 気だるげなジオの言葉についつい浮ついていた気持ちも落ち着き、ことの発端を思い返して落ち込む。

 外に持ち出されていた古代魔術の道具を片付けた方が良いだろうと不用意に触れたら、運悪くその道具が暴走状態となり私は魔力過剰症になって死にかけた。魔力が過剰に溢れて死にかけた私を救うためにこの呪いの腕輪をジオがしてくれたのだと旅立つ前に所長から説明を受けていた。

 ジオも同じ腕輪をしているのはこの魔道具の使用条件がそうある必要があるのだと説明された。

 つまり、今私が生きて元気なのは私の魔力をジオが吸い上げて管理してくれているからということだ。

 おそらく本来の使い方は魔力が高いものから力を吸い上げてもう一人がその魔力を自分のものとして使う隷属の道具かなにかだったのではないだろうか。

 正直私は事務職員であって研究者ではないから、なんとなく違和感があってもされた説明を受け入れるしかない。それになによりレオンクレア帝国まで行けばこの状況は解決するらしいのだから、素直に所長やジオの言葉に従ったほうがいいと思ったのだ。ジオはそういう腕輪の説明はしたくないみたいだったし。


「ごめんね。私のせいで」

「……別にアンタが悪いわけじゃない。危険なものを適当な場所に放置した所長のせいだろ」

「でも、旅に出たらジオの研究はできなくなるし。そもそも私を救う義理なんてジオにはなかったのに」


 私が心から申し訳なく思って伝えると、ジオは眉間によっていたシワを緩めた。少しばかり分かりにくいものの、この表情はおそらく微笑んでいるのだと私は理解する。


「大陸で一番発達した魔科学の技術をもつレオンクレアに行くことは研究者としてはいい経験になるさ。それに」

「それに?」

「今所長の命令で会いに行っているヤツと合流できれば魔術車の運転もできるらしいから旅は楽になるはずだ」  

「ってことは、二人っきりは今だけ!?」

「……ステラ、僕なんかと二人っきりの何が楽しいんだ」


 ジオの呆れたような言葉に、私は思わず笑ってしまう。

 何回伝えてもなかなか理解してもらえないらしい。


「乙女心をわかってないなぁ、好きな人と一緒ならなんだって嬉しいのが乙女なんだよ!」


 ジオは何度目かも分からない私の告白に反応して目を丸くしたあと、どこか気まずそうに、というよりも不安そうに腰にあるクマのぬいぐるみとおもちゃの剣に触れていた。動揺がみられたのは一瞬で、少ししたらジオはいつもの暗い瞳に戻ってしまっていた。

 それに、今日も顔色が悪かったがなんだか一段と悪くなった気がした。

 これはいつか私を好きになってくれるとしても、先はまだまだ長そうだなぁと私は肩を落とす。

 落ち込んでいる私をジッと見ているような、そんなジオの視線を感じて顔をあげる。


「ステラ」

「なに?」

「僕にアンタを助ける義理がないとは思っていない」

「へ?」


 言われた言葉が一瞬理解できなくて確認するようにジオをまじまじと見つめる。


「だって、僕なんかのことを何度も好きって言ってくれる女の子を助けたいと思うのは普通のことだろ」


 眉間にシワを寄せて苦々しそうにそんなことを言う姿でさえ魅力的に見えて、私は嬉しくてニヤけてしまう。

 これでは私が彼を諦めるなんてできるはずもない。

 まったく、彼は乙女心をわかっていないのだ。


「そうだよね、ちょっとはグラッとはきちゃうよね?」

「べつに、好意を伝えられて嫌だと思うほどひねくれてはいないだけだ。アンタにはもっといいヤツがいるだろう」

「そうかなぁ?いないと思うけどなぁ?」


 腕輪の呪いを解くために千年帝の治める大陸一の大国レオンクレアを目指す旅はまだまだ始まったばかりだ。

 現在地は王都の郊外にある研究所から半日ほど歩いた場所である。

 もう少し歩けば王都の中心部ルーベン城下町行きの高速バス停につく。

 ここルーベン王国から目的地であるレオンクレア帝国までは2つほど国を越えなければならない。といっても魔術列車が使えれば3日ほどの旅程になるのだが、このままでは列車は使えない。

 魔術列車や空船で国を越えるには例外なく旅券が必要になるからだ。

 本来なら私達は城下町についたら入国管理局で解呪のために出国するという旅券を発行してもらわないといけないのだが、研究所としては今回の事故を国に知られたくないので話がややこしくなる。

 というのも、私達の職場の王立魔術研究所の前所長が犯罪者として逮捕されたことが関係している。総入れ替えに近い形で再編されたばかりの現在のルーベン国立魔術研究所はとても立場が弱い。

 新規に採用された研究員や職員も殆どが若いこともあって、侮られている節があるのだ。私が17歳で正規の事務職員になれたのにはそういう研究所の事情があったからなのだが、今回のようなトラブルが起きてしまうと皆で頭を抱えるしかなかった。

 組織として弱いから下手をするとすぐに食い物にされてしまう。だからできる限りトラブルを国に報告したくない所長の気持ちは分かる。

 では研究所に問題がないままにどうやって私とジオが国を越えるのか考えたら、留学もしくは研究のためと偽るしかない。

 そこでルーベン王国の王都の地下に研究所を構えるビリーという研究員のもとを訪ねるようにというのが所長の指示だった。旅慣れている彼を保護者役かつ研究団の代表として扱うことで旅券を作ろうという考えなのだ。

 

「ジオ、助けてくれてありがとう」

「何回お礼をいえば気が済むんだ?」

「私が生きている限り、何回でも言うよ!」


 十分だというジオに元気よく返事をすれば、彼は今度は困ったようにしつつもそれでも微笑みを浮かべた。

 それを見た私はまた同じ人に恋をしてしまう。

 私の好きな人は人よりちょっと顔色は悪いけれど、世界一素敵な人なのだ。





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