夜踊-4
「よしよし……。」
チェルシーは優しく少女の背中を撫でながら、泣き続ける彼女をなだめていた。少女の涙はまだ止まらないが、次第に落ち着きを取り戻し始める。
しばらくして、リュカがぽつりと口を開く。
「なあ、そろそろ街に戻って無事に魔物を倒したことを教えてやらないと。」
夜の時間が終わり、白んできた辺りを見渡しながら提案する。そして、ふと思いついたように、続けてこう言った。
「ところでさ、一つ聞きたいんだけど。」
リュカは少女を見つめながら、問いかける。
「君、名前なんていうの?」
「はひっ!?」
少女は突然の質問に驚き、目を大きく見開いた。
「あれ、ほんとだ……。」
彼女は、ふと我に返りながら、自分が名乗っていなかったことに気づく。そして、恥ずかしそうに言葉を続けた。
「私、自分も名乗ってないし、あなた達のお名前もお聞きしてないし……すんごい弱いし、なんか失礼なことしかしてないし……。」
「私は、エリンです。エリン=ヴェスタ。先日ハンターライセンスを取りました、新人です。」
少女――エリンは、ようやく落ち着きを取り戻し、自分の名前を名乗った。
「アルカラムのギルドで依頼を見て、誰も受けようとしてくれないので私が……と思って。」
エリンは少し恥ずかしそうに続ける。
「新人はできないとも書いてなかったし、大した任務じゃないと思ってたんですが……。」
彼女は思い返しながら、顔をしかめる。最初は軽い気持ちで受けた任務が、とんでもない事態に発展したことが、改めて実感としてこみ上げてきた。
「なんかとんでもないのが出てくるし、しかも1匹じゃなかったし……もう、わけわからなくて……。」
エリンはため息をつくように言葉を続けた。
「一人なら絶対死んでました。本当にありがとうございます。」
リュカとチェルシーに深々と頭を下げるエリン。彼女の感謝の気持ちは、言葉以上に伝わってきた。
そして、ふと、エリンはチェルシーの顔をじっと見つめた。
「あと、私、あなたのことわかります! チェルシー先輩!」
エリンの目が輝き出す。
「「七色の魔法使い」って呼ばれてる凄腕ハンターがいるって聞いたことあります! 初めて目にして、めちゃめちゃ感動しました……。あなたのことですよね!?」
「えーと……その二つ名、すごく恥ずかしいので好きじゃないんですけど……。ね。」
チェルシーは少し頬を赤くしながら、苦笑いを浮かべる。
「はい、チェルシー=アメパインは私です。」
「やっぱりいいい! 私もう感動で。大ファンです、憧れです!!」
エリンは再び涙を流し始めたが、今度は感動の涙だった。チェルシーを見つめるその瞳には、尊敬と憧れが溢れていた。
チェルシーは少し照れくさそうに微笑みながら、
「ありがとうございます。」
と返した。そのまま、エリンはふとリュカの方に目を向けた。
「そっちの凄腕の剣士様は、なんというお方なんですか?」
リュカは軽く笑って、
「俺はリュカだ。リュカ=オレオス。」
と名乗った。
「リュカ様……。」
エリンはリュカの名を口にしながら、憧れの目で見つめ続けた。
「私、あなたの名前も一生忘れません!」
彼女の声には、決して誇張ではない決意が感じられる。
「あの美しい剣舞……体だけじゃなく、実際に剣も舞う……美しすぎる……。」
エリンの目にはまだ涙が浮かんでいたが、それは喜びと感動の混ざった輝きだった。リュカの戦いぶりが、彼女にとってはまさに神業のように映っていたのだ。
「エリン、ひとつ伝えておくぜ。」
リュカは軽く息をつきながら、少し笑ってエリンに声をかけた。
「なんですか、リュカ様?」
エリンは興奮の余韻を引きずりながら、真剣にリュカを見つめた。
「こいつの討伐ランク、多分★3くらいだ。」
「たしかに、それはそうですね。」
チェルシーも頷きながら、リュカの言葉を補足する。
「予想外の動きなどはありましたけど、正直、強い分類ではないです。」
「は、はい?」
エリンは驚きすぎて、思わず変な声が出てしまった。次の瞬間、驚愕が爆発する。
「えええええええええええええええええええええええ!?」
「え、ハンターって普段からこのレベルじゃない化け物と戦ってるってことですか……?」
エリンは信じられないという顔で、リュカとチェルシーを交互に見つめる。
「まあ、そういうことになる……か?」
リュカは肩をすくめながら答える。
「いえ、そんなことはないですよ? ★5とかですと、めったに出ませんし……。」
チェルシーは少し笑って、エリンを安心させるように言った。
「そうだな、めったに出ないけど、めったに受注も完了されないもんな。」
リュカも冷静に言葉を続けた。
「ひい……ふたりともお詳しいのですね、さすが……。」
エリンは呆然とした表情で、尊敬の念がさらに深まっていくのを感じた。自分がまだまだ未熟であることを痛感しながらも、リュカとチェルシーの経験と強さに改めて感動していた。
「では、私は依頼主さんのところに行ってきます。」
エリンは元気に声をかけ、しっかりとした態度で町へ戻る準備を整えた。
「まだハンターは続けますので、またどこかのギルドとかでお会いできるのを楽しみにしています!」
彼女の言葉には、次にまた会えることへの期待と感謝の気持ちが込められていた。
「ええ、私も楽しみにしていますね。」
チェルシーは微笑んで答える。
「じゃあな!」
リュカも手を軽く振って別れの挨拶をした。
エリンと別れ、彼女の姿が見えなくなった後、リュカがぽつりと口を開く。
「目的地、アルカラムだって教えたらずっとついてきそうな感じだったな。」
「私もそう思いました……。」
チェルシーは苦笑しながら応じる。エリンの純粋さと熱心さは好ましかったが、何かとついてくるかもしれないと感じたのだ。
「悪い子じゃなかったですけどね。」
チェルシーは優しく言いながら、エリンのことを思い返す。
「まあ、俺たちは一足先にエルミナに向かうとしようぜ。」
リュカはすでに気持ちを切り替え、次の目的地に意識を向けていた。
「ええ。」
チェルシーも同意し、二人は次なる目的地、エルミナへと向かう準備を整えていた。
突然用語説明コーナー
エルミナ
フィーリスとアルカラムの間に位置する、山麓の小さな町。
アルカラムから北に山を下りてくるとこの町にたどり着くのだが、あまりこちら方面に向かう人は多くない。
主にヤギの畜産を行っており、乳製品やヤギ肉の料理が有名。