世界架空手記 ~赤き国~
見世物小屋を作ってくれ
彼は村の人々から陳情を受けた。
元々この辺では珍しくなかったものだ。
大祖国戦争の前、飢える人々の発散口として、至る所にあった。
それは、祖国の惨憺たる地獄の中のほんの少しの楽園だった。
自らの境遇よりも酷く醜い様を見て安心するのだ。
だが、それも大祖国戦争の折、国家としての余裕がなくなりその全てがなくなってしまった。
彼は勇敢であった。
その足でクレムリンへ赴き、直談判をした。
彼と相対する男はあっさりと許可をだした。
やってみるといい。ただそれだけだった。
ただ粛清する人間を決めること以外には特に興味がないようだった。
だが、失敗をすれば間違いなく興味を持たれてしまうだろう。
彼はそれをよく知っている。同僚がよくわからぬ罪で銃殺された時も、後輩が湖で動かぬ浮遊物となったときも、ヘマをした次の日のことだった。
だが、彼も無謀に挑んだわけではない。
彼には伝手があった。
彼の父はもう亡くなってしまったが、見世物小屋の住人だったのだ。
その時のコミュニティを利用すれば問題ないと考えていた。
しかし、それは大変甘い考えであった。
住人たちは全くやりたがらなかったのである。
彼は時に説き伏せ、時に過大な報酬をちらつかせた。
テコでも動かぬ彼らに業を煮やすようになってきたころ、彼はそのコミュニティからも絶縁状を叩きつけられてしまった。
それもそのはずである。
彼らは住人時代に稼ぎ、少しづつ少しづつ政権内部に浸透していった。住人たちは別の大祖国戦争を戦っていたのである。
そしてついに住人らは住人らの安住の地を得た。
しかし彼はそのコミュニティに属しているがために気が付かなかった。
何故彼があの男に直談判できるのか、なぜ二つ返事で了承を得られたのか。
しかしながら彼もタダで終わる男ではない。
政治犯の存在を使うことを思いつく。
彼らの手足をもぎ取ったり目を抉り出してしまえば、見世物小屋になるだろうと。
政治犯の確保には困らなかった。いくらでもいたからだ。
最初こそ盛況だった。
村人たちはそこにつかのまの楽園を求めたのである。
だが、時が経つにつれ閑散とし、ついにはこの政策について反政府の声が高まりつつあった。
なぜならば、本来見世物小屋の住人は相手を楽しませてくれるのだ。己の尊厳をかなぐり捨てて、将来の自由を得るために。
だが彼が作ったものは政治犯として捕まり絶望した人間の手足を切り落とし目を抉り出しさらに絶望を与えた廃人たちである。
まだ発狂しているものは見せがいがあるがそのほとんどは目を虚にしてただ壁に持たれかかる人形である。
ただ拷問された後の犯罪者にしかみえない。
クレムリンの男へこの失敗が耳に入るのは早かった。
その男は簡潔に、では同じ檻へ同じ処遇で入れたまえ。とだけ言った。
かれも父と同じ住人となった。
父と違うのは尊厳も何もかもないということだ。それにこの国の官僚機構は優秀なことに彼の指示した通り両手両足を切り落とし、目を抉り出すという人形を、何体も作っていた。もちろん彼もだ。
いくつかのパターンを指示しておくべきだったと彼は今更ながら後悔した。
これでは、同じ人形が並んだだけで面白くない。
数日は彼は耐えていた。
だが、大体の住人がそうするように舌を噛み切って死なず、腹を掻き割って死んだのは彼のせめてもの抵抗だったのだろう。