アレックスのとある日記
7歳の頃、母と父が無慈悲な戦争に巻き込まれて死んだ。
どうして人は争うのだろうか。
人を、女子供も関係なく、平気な顔をして殺すことができるなんて。
それが…兵士なの…?
ひとつひとつの家を回って、物資を漁って、中に居たら容赦なく殺されるから、この兵士たちの漁りが始まってしまう前に、みんなどこかへ逃げるんだ。
戦争とか兵士とか、騎士や王様、政治……
当時の私はそんなもの知らなかったし、今でも、政治の事はよく分かってないけれど、これは、違う。
こんなことは、あってはならないことだ。
人々の悲鳴や、銃声、色んな音が怖かった。
待っていても殺されるだけなら、逃げるという選択をするのは、ごく自然の流れだと思う。
だけど無理だった。
多くの恐ろしい兵士たちが、外に出た人を撃ち殺していた。
漁りが始まってしまっては、もう逃げ場なんてないんだ。
何人かは逃げきれたのかもしれないけれど、家を無くしてどうやって生きていくんだろう。
幼いながら、私はあの時のことをよく覚えてる。
私はこの時、母と一緒にテーブルの下に隠れていた。
母は震える体で私を強く抱きしめてくれていた。
父は扉に荷物を置いて、兵士たちが入って来れないようにしていた。
この時、兄…ジェドはいなかった。
ジェド、ジェディディアは私の15歳年上の兄だ。
生まれた時の記憶はないけれど、生まれたばかりの私を自分たち以上に喜んでいたと、両親から聞かされていたし、小さい頃から過保護なくらい、いつも可愛がってくれた。
父と母が殺されたあの日、ジェドは騎士の仕事を全うしていた。
この混乱の中、野蛮な兵士たちから民を守る為に、ジェドも大変だったに違いない。
残虐行為をしていた兵士たちも、上の命令で同じ様に仕事をしていたんだろう。
でも奴らは、泣き叫ぶ市民を、笑いながら殺していた。私はこの目で見た。一生忘れることは出来ない、奴らの汚らしいあの笑顔を。
ーーーー
ドカン!
扉の前に積み重ねた荷物が、大きな音をたてて崩れ落ち、我が家に、兵士たちが三人押し入ってきた。
私たちを守ろうと、父が剣を振るい、三人のうち一人を倒した。
王家の友人がいて、騎士の息子がいる父は剣術も学んでいたから、ある程度の戦い方は知っていた。
だけど実戦は甘くはない。ましてや3対1なんて…。
こんなの、卑怯だ。
今だったら、今の私だったら、両親を救えたであろう。
自慢するわけじゃないけれど、何年もずっと鍛えてきた戦闘スキルは生半可なものじゃない。
考えると悔しくて仕方がないけれど、あの時の私はまだ幼い子供だった。
一人を倒したと同時に、脇に突き飛ばされていたもう一人の兵士が父の脇腹に剣を突き刺した。
テーブルの下から私は、苦しそうな声で「すまない」と言って倒れ込む父の目を見つめていた。
父の血が、ドクドクと床を流れて、その血溜りの上をパシャパシャ歩く兵士の足音がした。
兵士の一人が部屋中を漁り散らかす音がして、もう一人は私たちのテーブルの周りをウロウロしていた。
ピタッ、とテーブルの前で兵士の足が止まる。
(みつかる……!)
自分を抱く母の手がぎゅっと力強くなり、小刻みに震えている。
兵士の顔がテーブルからゆっくりと現れる。
目が合った瞬間、奴はニタァと微笑み、母と私を強引にテーブルの下から引きずり出し、母はもう一人の兵士に乱暴に手足を拘束された。
私はもう一人の兵士に捕まえられて、動けなかった。
必死に「娘には手を出さないで!」と泣きながら訴える母を見て、兵士はもう一人の兵士に「どうする?」と聞いてニタついていた。
あの憎たらしい顔が、今でも脳裏にこびりついている。
母を押さえ込んでいたもう一人の兵士は自分のベルトをカチャカチャと音を立てながら外そうとしていた。
「娘の前で犯してやる」
「バカヤロウ!疫病がうつるだろう!」
母は病気でもなんでもないのに。
私たちの村は''毒された村''として一掃されようとしていたのだ。
「ガキは健康かもな」
「お前ロリコンかよ」
兵士の一人は私の身体中を確認し、脚を強引に開かれ、恐怖のあまり、私はお漏らしをしてしまった。
屈辱だったけれど、この時の私は恐怖が勝り、恥ずかしさも感じなかった。
奴はズボンとパンツを下ろし、私に近づいてきた。
体に何かが触れ、気持ち悪くて暴れた時、もう一方の兵士に押さえられていた母が激怒しながら自分を取り押さえている兵士に噛みつき、殴った。
そのあとの記憶が、曖昧で、壊れたビデオのように、ノイズがかかっているんだ。
でも、何があったのかは、わかってる。
この時やっと、ジェドが来た。
走ってきたのか、戦ってきたのか、血や泥で汚れた姿で、息を切らしながら勢いよく家に入ってきた。
私を押さえ込んでいた兵士を容赦なく切りつけて、倒れたところに、とどめを刺す。
この時の私はジェドを見ていなかった。
目を見開いて動かない、母の顔を、私は見ていた。
床に転がり、頭だけになった母の顔。
少し離れた所に体が横たわっていた。
何かを考えるわけでもなく、ただ静かに、生首の母と見つめ合っていた。
大好きだった母の生首を呆然と見つめる私を兄ジェドが抱き抱えてくれた。
その瞬間、私が今さっきまで居た場所に最後の一人の兵士の剣が勢いよく飛び出してきた。
ジェドがいなかったらその剣先は私に突き刺さっていたであろう。
対象がいなくなりよろめいた兵士を、ジェドが足で蹴飛ばした。
私を抱えながらも俊敏に動く姿を見る限り、ジェドはこの頃からすでに騎士として熟練者だったのだろう。
地面に転がる最後の一人となった兵士は「降参だ」と言って情けない声を出していたが、ジェドは聞く耳を持たず冷ややかな目でそいつを見下ろし、心臓の辺りにゆっくりと剣を突き刺した。
剣を引き抜かれ、一瞬で青ざめる兵士の顔。
辺りは血溜まりだらけで、匂いもすごかった。
その場から離れ、村から出て、しばらくただひたすら無言で走るジェドと、彼に抱えられながらわんわん泣く私。
そこまでが、私の、忘れたい記憶。忘れることが出来ずに、嫌な気持ちを幾度となくぶり返しては、吐き気を催す忌まわしい記憶。
ーーーー
この時の私は、恐怖と悲しみでいっぱいで、何も考えられなかったし、いつまでたってもこの怒りや悲しみは癒えなかった。
だが兄は、どうだろう。どんな気持ちだったのだろうと考えると、胸が苦しい。
自分が駆けつけた時には父も母も死んでいて、私を助けるために、ジェドは悲しみに暮れる時間も与えられなかった。
私以上に、つらかったはずだ。
あの日の時間は、とても長く感じた。
数分の出来事だったと思うけれど、小さな私には何時間にも感じた。
そして、11年経った今でも、まるで昨日の出来事の様に、感じるのだ。
そして何よりずっと、あの時、何も出来なかった自分が許せなかった。
子供とはいえ、何か出来たかもしれないし、ジェドが来てくれるまで時間稼ぎくらい、出来たかもしれない。
私のせいで、父と母は死んだのでは?
そう考えずにはいられなかった。
ネガティブなんていう言葉は私にとって、一番遠い言葉だ。
そんな私が唯一、心に抱える闇。
誰にも言えない私の悩み。
一度だけ、この気持ちを兄ジェドに打ち明けたことがある。
苦しくてどうしようもなくて。
父と母を殺したのは私だと、泣きながらジェドに話した。
ジェドはしゃがんで、座り込む私の腕を両手で掴み、それを否定してくれた。
「お前が無事で良かった」
ジェドの言葉は、救いだった。
口数は少ないけれど、ジェドの愛情や温もりを一層強く感じられた。
いつもほとんど真顔で、私以外には冷たいジェド、この時は、とめどなく頬を流れ落ちる涙を何度も手で拭ってくれた。
膝をついて私を抱きしめてくれて、取り乱す私を落ち着かせる為に、頭や背中を何度もさすったり、優しくポンポンと、叩いてくれて、まるで小さい頃の私たちみたいだった。
(この時もう16歳だよ私…)
もう今はこの世に居ないけれど、父と母がいてくれて、私は幸せだった。
7年という短い期間だったけれど、楽しかった。
そして、ジェドが居てくれたから、今ここに、私がいる。
ジェドには、感謝してもしきれないほど、たくさん助けてもらった。
大好きだよ、ジェド。
また日記を書こう。
今日はここまで。
父さん、母さん、ジェド、愛してる。
暗い過去を持つ子が多くて申し訳ないんだけど、主の趣味です←