嵐前夜
デザイア盛ってたら遅れました、、、
南方戦争15日目。その日のデザイアの侵略はいつもとは一味違った。
「うっわぁ。やられたよ。なにしてんの上層部」
空を飛ぶジト目の竜人の目には、崩れ落ちる首都の一角とそこから溢れだすデザイアが映っていた。
「、、、やられました」
首都の城壁。遠方を見渡せる塔に起つ聖女アナスタシアは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
今回最大の問題は何か?何らかの方法でデザイアの侵入を許したこと?それに対してなんら対策を採って居なかったこと?
アナスタシアの脳裏に浮かんだのはその何れでもなかった。
スラム街の民の忠誠心が薄いこと。それが最大の問題なのだ。
まず、リリリィのバフはリリリィへの信仰や愛情、関心等がなければかからない。そして首都にいるセプリプルブスの民がリリリィにそういった感情を向けた理由は、そうすることでこの国が守られるからだ。
だが、スラムの住人にはそういった感情は浮かびにくい。貧困であることと戦争下で食料が手に入りにくいことから、彼らの向かう関心の先は明日の食事をどうするかということになる。目先の食料問題も解決しないで、国力が低下した国がどうなるか等の先のことまで考えが及ぶはずもないのだ。
このことからバフはかかりにくい。
デザイアはそこを狙った。
アナスタシアは知る由もないが、行商見習いの格好をしてスラムに潜入していたデザイアは、食料を配ると共にコール練習をするリリリィへの愚痴をはき、自然とリリリィへと悪感情が向く様に仕向けていた。
これが功を奏したのか、スラム街にバフがかかった住人はほぼ居ない。
あとはデザイアの蹂躙を待つのみ。充分に食事を食べ、デザイアか来る前よりも肉付きが良くなったスラムの住人をおやつに、都市を荒らしセプリプルブスの上層部に敗戦を告げさせれば終了だ。
「降りろ!急げぇぇぇぇぇ!!!!」
ヒュジャル砂漠に面する防壁の上では多くの兵士やプレイヤーが慌てふためいていた。
簡易ポータルを守る城壁と、その周辺を守る機械の少女たちばかりを警戒していた彼らにとって、真反対のスラム街から侵入されたことは寝耳に水だったからだ。
そんな最中。かん高い声が大音量で首都中に響く。
『みーんなー!こーゆー時こそ慌てちゃダメだゾ☆慌てず焦らずラブリィリリリィー!!!!!!
せーの!リリリィ天使!?』
唐突にコールが始まった。だがこの5日間で鍛えられた住民やプレイヤーたちは、そのコールに答えた。
「「「「「リリリィ天使!!!!!」」」」」
あまりにも唐突。だけれど何か意味があるはず。そんな思いが彼らに声を張り上げさせる。
『リリリィ激カワ!?』
「「「「「「リリリィ劇カワ!!!!」」」」」」
初めてのデザイアの侵略。窮地を塗り替えたのはリリリィの歌だった。ならば今回のコールにも、、、
『リリリィ最高ー!?』
「「「「「「リリリィ最高ー!!!!!!」」」」」」
『もう一度!!!リリリィ天使!?』
皆が声を張り上げる。ある者は手を握りしめながら。ある者はスラム街へと走りながら。
『最後ぉぉぉ!!!歌います!!『目玉焼きには魚醤一択』!!!』
数度のコールの後、リリリィが歌い、声を上げられる者は全力でコールする。そして、、、
『来たぁぁぁ!!キタキタキタァ!!!!いっくゾぉ!!!せーの!神!!!』
「「「「「神!!!!!!」」」」」
『格!!!』
「「「「「格!!!!!!」」」」」
『昇!!!』
「「「「「昇!!!!!!」」」」」
『化ぁぁぁ!!!!!!!』
「「「「「化!!!!!!」」」」」
リリリィの姿が光輝き、衣装が変化していく。ドレスの様なコスチュームはフリルがより多くなり、スカートは丈が長くなる。頭にのせた金色のティアラは白銀に輝き、魔法の光を湛えだす。
『レッツ・ショウターイム☆』
プレイヤーリリリィ。種族【偶像の神】。
その能力は驚異の最大強化上限1000倍。
圧倒的なバフが、首都にいるほぼ全ての存在へと振りかかるーーー
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「くっくふっふふふ、、、はははははははっ!!!!!良い!実に良い!!数が力だと言うのが良く分かります!!」
「気後れするな!!囲え!!!!一対一に持ち込まれたら終わるぞ!!」
嗚呼、楽しい。
私よりも高い攻撃力を持つ者が私を取り囲み、スキルも多様して私を殺そうとしてきます。それを素のステータスのみでねじ伏せる快感っ。
ほとんど種族レベルにしか経験値を振らなかったという過去の私の選択に感謝の念すら涌いて来ます。
下手な職を取って多彩なスキルを身につけていたら、私はきっとそれを使ってしまっていたでしょう。
嗚呼だけれども、それじゃあ楽しくないのです。
分かりますでしょう?こう、ねじり込む感覚。えぐり取る快感。この素晴らしさが。
始まりはなんでしたでしょうか、、、そうそう、料理です。それまでの私にとっての料理とは、単なる習い事の様なものでした。
変わったのは初めての魚捌きです。今まで命あった者の死体を辱しめる感覚。軽く絶頂してしまったのを覚えています。
硬く、太い首の骨。エラから差し込んだ包丁で叩き切る快楽。切り口から溢れる赤い血液。私はそれから夢中になって魚を捌く様になりました。
変な子だと思われたでしょう。姉はあくまで義務として料理をしていましたし、妹は危なっかしくてあまり包丁にも触らせて貰えていませんでした。そんな中1人黙々と笑みを浮かべて魚を捌いていたのですから。
転機は鶏を絞めたときです。これまで死体で弄んでいた子供に、実際に殺害を体験させるなど正気の沙汰じゃありません。ですのに我が両親はそれをさせたのです。何とも酷い方々ですこと。
どうなったか、ですか。勿論どはまりしましたわ。記憶にはございませんが、姉にはよく「貴女は将来畜産農家になると言って憚らなかった」と言われる程には愉しんでいました。
わかると思われますが、私が次に求めたのは人。強い殺人欲求です。どんな悲鳴を上げるのか。どんな表情をするのか。そして、、、どんな味がするのか。
危うく伝統ある我が家から殺人鬼を輩出してしまうところでしたが、直前に妹に誘われたVTOにより解決いたしました。
だって、やりすぎさえしなければ誰にも咎められることなく欲望を満たせるのですよ?
ああ、話を戻しましょうか。
まあ何が伝えたかったのかと申しますと、『愉しい』ということになります。
あのバッファーのあり得ないレベルでの強化により、ここの方々は殆どが皆私の攻撃力よりも高い防御力を持っています。
しかも、そんな方々が私を上位者と見なし、必死に殺そうとしてくるのです。そんなもの、楽しまねば損というものでしょう?
右から迫る男性プレイヤーの目に右の第二腕を突き刺して引き寄せ、左から迫る魔法の盾に。
そのまま反転し後ろの三人に向けて振り回した彼を投げつけます。
その隙に直前まで迫っていた剣士の男性の顔面を掴み、手のひらから蟻酸を噴出させつつ後頭部から地面に叩きつけます。
ん~いけませんね。コンクリートでないからか、思った程のダメージが入っていませんし、、、そのまま武器にしましょうか。
指から出した糸で頭を絡めとり、振り回せる様にします。
首を掴んで詠唱中の魔法使いへと投げます。伸縮性のある糸なので、返ってきたところをまた他の方にぶつけます。
おや。皆さん、距離を取ってどうしたので?様子見などされてもつまらないのですが。
一歩、二歩、三歩と近づく度に後ろへ下がるプレイヤーの方々、、、を囮に槍で突き刺そうとしてきた兵士の首を左の第三腕で貫きプレイヤーの方々へと投げつけます。
ふーむ。動きが悪いですね。どうしましょうか、、、
プルルルッ、、、プルルルッ、、、
あら?連絡ですか。私は今忙しいので待機中の他の個体n
共有が来ましたね。そうですか。今日のところはもう終わりと。残念ですが、これは雷神の始めた戦争。主導権はあの子にあります。
ん?ああ、何があったかと言いますと、他の個体から共有が来ました。『雷神が明日から参加する』と。決心したのは良いですが、明日からというのがあの子らしくて残念ですよね。
そして、あの子に備えさせる為に今日はもう終わりだそうです。もう少し愉しんでからが良かったのですが、まあ諦めも肝心です。
ではログアウトと致しましょう。さようなら。