神造人間1
蛇足ながら長くなりそうなので数字振っておきます
ソラスティー大陸西部、大迷宮有象之チャシチル───
「ゼー、ハー、ゼー、ハー、、、水戸黄門ドリアさん、なんで、僕ら今、迷宮に、潜ってるんですか、、、」
【未解の究明活動録】に所属するプレイヤー、アルマジは、迷宮の中を全身から汗を流しながら走っていた。
見るからに新品である装備を身に纏い、ろくに周囲の警戒もしない彼は、端から見ても戦闘慣れしていないことが丸わかりであった。
そんな彼は、自身よりも走り方がてんでなっていない、にもかかわらずステータスのごり押しによって余裕綽々といった様子で先を走るギルドの先輩を、恨めしげな目で睨む。
「パワーレベリングだな。ソラスティーの騎士団じきじきにして貰ってるんだし、レベルも上がる。文句なんて言うもんじゃないぞ」
「それ、経験値ポーションで間に合うじゃないですか!!」
「バッキャロー!ありゃNPCに回して在庫がねぇんだよ!猫舌さんが勝手に10億EXP10本割ってしこたま怒られてたの見てただろ!」
現在行っている騎士団によるパワーレベリングはされる側も迷宮に潜る必要がある。
この方法の何よりの欠点は、ダンジョンという場所からして、どれだけの戦力に守られていたとしても絶対に死なないとは言いきれないことにある。
対して、経験値ポーションであれば割るだけでレベルが上がる。副作用もないことはないが、安全性が桁違いである。
必然的に、プレイヤーとNPCの両方がレベルを上げねばならない場合、死んでも蘇るプレイヤーが、前者の方法を取らざるを得ない。
この理論自体はアルマジにもわかる。わかるが、
「でも辛いんですよぉぉぉ!!!!!」
辛いものは辛かった。もともと運動神経が良くないことを自覚していたアルマジ。だからこそ生産ギルドにきたというのに、何故こわな目に遭わねばならないのだろうと自問する。
けれど、どれだけ文句を言おうと経験値が美味しいのは事実で、ポンポンとレベルが上がっていく様は爽快で、実際のところ辞められないと思っているのが本音だったりする。
「お前ら!そろそろ黙っとけ!人形の領域に入るぞ!!」
「「「「はいっ」」」」
騎士の一言で【未解の究明活動録】の面々は一斉に黙る。それはこのダンジョンの特異性にあった。
『人形の領域』。ダンジョン内にスポーンする魔物の中に、ちらほらと人形系統の魔物が混ざりだした先をソラスティー大陸の者たちはそう呼んでいる。
機械人形、ホムンクルス、絡繰人形、傀儡、侵略戦器、エトセトラ。
多種多様な他のダンジョンではあまり見ないこれらの魔物は、このダンジョンのラスボスの目であり、耳である。
つまり、道中これら人形系統の魔物に出会えば、その魔物の前で行った会話、戦闘方法、スキル、その他諸々全てダンジョンのラスボスに筒抜けとなる。
無論、ダンジョン内では素材を集めに来た冒険者や、人形相手に対人戦の訓練にきた騎士団、その他多くの者が居る。
それら全てのを把握し処理仕切るのは困難であるため、必ずしもラスボスの目に止まっているとは限らないのだが、、、警戒するに越したことはない。
一つでも外の情報が漏れてラスボスに興味を持たれないよう、今回のレベリングでは【未解の究明活動録】の面々は基本無言を言い渡されていた。
何せ、ここのラスボスはロロの配下の中でも異様にフットワークが軽いのだから。
「一旦休憩にするか」
暫く『人形の領域』を進んだ後、騎士団の部隊長の一声で行進は止まった。
【未解の究明活動録】の面々は、殆どが死屍累々。良くても荒い呼吸を繰り返しながらふらついている。
対して、騎士たちは軽く汗拭ったり水分を取ったりはしているものの、誰一人として呼吸が乱れて居なかった。
「お疲れ様です。どうしたんですか?こんな大所帯で」
地面に突っ伏して死にかけていたアルマジは、首筋に触れた冷たい感触に起き上がった。
見れば5名程の冒険者が立っており、その内の一人がアルマジに冷たい飲み物を差し出していた。
アルマジは特にこのことに疑問は抱かなかった。
今騎士団がいるのはダンジョン内の特に開けた場所の一つ。入り口が狭く数も少なく、大多数の防衛に適した場所である。
そんな場所に陣取った鎧に西覇ソラスティーの紋章が入った騎士団。少数である冒険者からしたら、心強いことこの上ないだろう。
飲み物を差し出したのは情報を聞こうとする対価として。明らかに疲れているアルマジを相手に、冷たい飲み物は効果的だ。
冷やされているのはまあ、パーティーメンバーに水か氷系統の魔法使いが居るのだろう。
十分に納得できる話である。
「ありがとうございます」
ゴクゴクゴク、、、プハー!!
アルマジは渡された飲み物を特に警戒もせずに飲み込んだ。
単純に喉が死ぬほど乾いていたのと、こんな騎士だらけの場所で自分に毒を盛る稀有な人物は居ないだろうとたかをくくっていたからだ。
実際、その予想は正しかった。飲み物を飲んだ直後からアルマジの体温は緩やかに下がりだし、心拍数も落ち着きだす。心なしか風が吹いても居ないのに冷涼な感覚が身を包む。
どうやら体力回復系のポーションなのだろう。アルマジの知識にもこれに似通った効果を持つ薬が何種類かある。
「ありがとうございますっと、すみません。貰っておきながら悪いんですけど、ちょっと見ず知らずの冒険者に言っちゃっていいのか俺じゃ判断できなくてですね」
「成る程。外では薬師に薬草取り以外の言っちゃいけない事情ができるナニカが起きてるんですね」
「─────え?」
瞬間、アルマジの体が強引に後ろに引っ張られた。咳き込みながらも振り向けば、騎士たちが険しい表情を浮かべながら冒険者たちに向かって剣を向けている。
「あんたらさぁ、無言で黙々と進んでくる明らかに戦闘職じゃない連中を連れた騎士なんて、、、本気で俺の目ぇ誤魔化す気あったの?」
「過去の似た事例ではお前は顔を出さなかっただろうが。黛」
「必死そうな空気纏ってるあんたらが悪いと思いまーす」
騎士による殺気などないかの如く、このダンジョン、有象のチャシチルのラスボスが、不敵に嗤った。