御手洗綸太郎の事件簿3
前回から結構期間が空いてしまって申し訳ないです。
最後の方現実世界での話になるので、ゲーム部分だけで良いという方は御手洗が去るところまでお読み下さい。
(ゲーム内時間で)三年前、私はノスタード王国の辺境のとある村で生活していた。当時の私は、自分の片想いの相手を取り巻く環境も、社会の理不尽さも知らない単なる子供だった。
職は魔法使い。ゲームだからこそ実現できる魔法というものに憧れがあったからだ。
今思えば単なる失敗。憧れだのなんだので生きていける訳がない。現実で使い慣れた槍を使って居れば、少なくともあそこまで悲惨な事態にはならなかっただろう。
ゲームを始めた当初の私は、プレイヤーとの仲を深めるよりもNPCとの交流を楽しんでいた。
魔法という私にとっての非現実が彼ら彼女らにとっての現実。魔法が当たり前。それが日常。そんな彼らとの生活は実に充実していたし、楽しかった。
レベル上げなんかよりも共に農作業をすることの方が楽しかった。仲良く会話して、たまにその地域での特有の魔法を教えて貰ったりなんかもして。
当然最前線組だのと呼ばれる連中とは比べ物にならない弱さだったけれど、プレイヤー間の強さの差なんて気にする暇もないくらい楽しい時間だった。
ある日、たまたま立ちよった村に私は長期間滞在することを決めた。初期リスポーン地点のある都会とは違った、のどかな村。そんな環境に、ふと足を止めて見たくなったからだ。
今まで教えて貰った地域の魔法を使ってみせて、多少役に立って、それ以上に助けて貰って。実に充実していた時期だった。
私の人生でも有数の時間たったと今でも思える。無知で間抜けで何の警戒心もない、平和等という妄執に取り憑かれたあの頃は。
複数の友人もでき、本格的に村に留まろうと決めた矢先。あいつはやってきた。
爆弾魔、御手洗倫太郎。
あいつが村にやってきて3日程たった頃のこと。帰り支度をあいつが進めている最中、唐突に村長の家が爆発した。
当初、私も何がなんだかわかっていなかった。
当時からあいつは擬態が上手かった。無害そうな顔をして村にやってきて、あっという間に溶け込み、信頼される存在になった。
実際に私も騙された。爆破の原因があいつだなんてつゆとも思わず、慌てふためきながらあいつの迷推理を信じ込んで居た。
あいつは村人の仲のわだかまりを掘り起こし、一つ一つ重ねるようにして"真実"への推理を始めた。
曰く狩人の丸々が。曰く農家の誰々が。鬼気迫るような推理に、私も村の人々も完全に騙されていた。その最中も爆発は続いた。
私は私で状況を打開しようと、何かのクエストなのかと当時は使い慣れて居なかった掲示板に情報を書き込んでいた。
そして、村人の半数が死んだであろうころ、事態は動いた。掲示板の私の書き込みに、反応する者が居たのだ。その彼曰く、それはある有名なPKの仕業だと。
ぞっとした。彼が添付した画像に映ったPKの姿は、今堂々と推理を進める御手洗倫太郎そのものだったから。
許せない。何故こんなことをするのか。怒りに任せて御手洗に詰め寄ろうとした私の腹部が、服に隠れる程度に小さく爆発した。
うめき声をあげる暇もなく御手洗に口元を塞がた。視界に映った彼は、無表情で自身の唇に縦に人差し指を当てていた。静かにしていろ、そういうことだったのだろう。
彼は語った。この場の探偵は僕だと。君の推理はお呼びじゃないと。君は観客の一人黙って見ていてくれればそれで良いと。
何を言っているのかさっぱりわからなかった。
私は何故こんなことをするのかと問いかけようとしたのに推理だなんだと饒舌に語る彼の気持ちが、一切理解できなかった。
呆然とする私をおいて、彼の迷推理は続く。村人は皆恐怖し、彼の騙りにのまれている。
しばらくした後、私は思い至った。止めなければと。そうしなければ、みんな殺されてしまうと。
「み、御手洗さん!」
声を上げ、彼を止めようとしたのと同時に、友人の首が吹き飛んだ。
初めてこの村に来た時に村を案内してくれた彼女。いつもどこか至らなかった私を支えてくれた彼女。私にとっての親友。そんな彼女の首が弾け、肉片が飛び散る姿は、やけにスローに見えた。
直後、悲鳴が上がった。今までは家や農具といった物が爆破されていたことはあっても、直接人が爆破されることはなかった。なのに、急に、唐突に、人が弾け飛んだ。
響き渡る嗚咽。ある者は固まり、ある者は必死に泣きながら体についた肉片を払う。阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
その時から、一気に私は疑われる立場へと追いやられた。何度無罪を主張しても無駄。親友だったのにするわけがないと訴えても、その友人という事実すら疑われた。
だって、私の声と同時に彼女は破裂したのだから。
村に滞在していたのは爆弾を仕掛けるためだったのではないか。村人と仲を深めたのは疑われずに潜伏する為だったのではないのか。村人の心は一気に疑心暗鬼に陥った。
それなら御手洗も同じ立場だろうと伝えても、身代わりにしたいだけだろうと思われ事実が伝わらない。
逆に、御手洗はそんな私を庇うようにして村人からの信頼を集めていった。
真実を知っているのに疑われ、止められず、見ているだけしかできない。とても、とてつもなく苦痛な一時だった。
しばらくの後、あいつ自身からの種明かしが行われた。推理という体で話始め、最終的に自身が犯人だという結論に持っていく。後から掲示板などで知った話では、あいつの十八番なんだそうだ。
村人たちの表情が絶望に染まると共に、私へと向けられる視線も変わる。つい先ほどまで疑われ、拘束され、罵声を浴びせられていた私へと、罪悪感に満ちた視線が向けられた。
自責の念に駆られたのか、他の友人たちが泣きながら私の元へと駆け寄ろうとし、爆発した。
御手洗にとって、もうショーは終わったということだろう。用済みとなった観客は、あいつにとって邪魔なだけ。自身が爆弾魔という情報が出回る可能性は一つでも減らすに限る。そういうことだったのだろう。
後処理、つまりは村人の殲滅にかかった。
どうせ生き返るのだからと殺されずに放置された絶望に暮れる私を除いて、誰も彼もが殺された。
楽しかった。良いアクセントになった。と笑顔で告げた彼の去り際を、私は涙を流しながら見つめることしかできなかった。
その日はそこでVTOを切り上げた。とても続けられる心境ではなかったから。
ベッドに腰掛け、泣きに泣きじゃくった私は、縋る様に想い人の元へ向かった。慰めて貰おうとでも思ったのだろう。それが、更なる絶望に繋がるとも知らずに。
夜な夜な彼の実家に着いた私を出迎えたのは、庭の強烈な違和感と、家の中から響く嬌声だった。
「おやおやおやー?そこにいるのは絶賛自分が通う槍術道場の一人息子に片想い中、恋する乙女な勅使河原愛栖ちゃんじゃないですかー。どもども」
あまりにも異様な状況に、呆然とする私。そんな私へと、塀の向こう、つまりは庭からひょっこりと顔を出し、ニタニタと笑いながら一人の変態が手を振ってきた。
彼女の妙に濡れた手で招かれながら庭に回ると、窓越しの部屋の中で、私の想い人が、眠ったまま彼の幼馴染みに押し倒されていた。
「クスクスクスクス。普段あんなに気取った彼女も、こうして見るとただのメスなんですねぇ。いやー実に興味深い。それ以上に羨ましい」
「あ、あああ、あの、、、これって、、、」
「んー?あー。そういえばあなた知りませんでしたねぇ。ほらぁ私の颯真って、とっても人気じゃないですかー。だから好きだよーって人も沢山いる。でも誰か一人に絞る様に迫ったらー、私の颯真に迷惑かかっちゃうと思いません?」
そこで一旦言葉を区切ると、彼女は私に顔を近づけて言った。
「だから、みんなで共有しようってことになったんですよー」
透き通る様な声だった。その声が、私の傷んだ心に染み込んだ。
「仲良くみんなで分け与えばー、誰も損しませんよねぇ? ってことでどうです?愛栖さんも、一緒に共有しませんか?」
今思えば、あの誘いは私が告白しないようにするための牽制だったのだとわかる。しかし、たとえ当時それを知っていたとしても、私は断れなかっただろう。あの、あまりにも魅力的な誘いは。
今の現状に不満はない。
けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど、けれど。
それでも思ってしまう。
もし、あの日私がVTOにログインしなければ。もし、私があの村に滞在していなければ。もし、御手洗倫太郎が私の平穏な生活を乱さなければ。
私はそうにぃとのまっとうな恋愛を楽しめたのではないだろうか。例え片想いのまま終わる恋だとしても、ここまで歪んでねじ曲がることはなかったのではないだろうか。私は、幸せなまま終われたのではないだろうか。
だから、許さない。だから、赦せない。この怨みを怒りを憎しみを。全て、お前にぶつけてやる。
なんでも、この日はご近所さん全員なぜだかよくわかりませんが応募した記憶もない懸賞で当たった海外旅行に行っていたみたいです。
眠らされた彼は最近ご近所さんの異様な運の良さに疑問を抱き初めてます。