魂の有無
「あの~、冬崎くん。今日のご飯はこれだけ……」
「当然です!」
「あううう……」
ご飯の味気無さにがっくりしている巫咲に、多少溜飲が下がるのを感じながら、きっぱりと返事する。
食べる事が大好きな彼女には、的確なお仕置きだと自画自賛しながらも、あの剣についての会話をする。
「それにしてもあの剣、凄いですよ。実態以外にダメージを与えるものなら、これで幽霊共に有効打を与えることが出来るかもしれない。なんせ実体のないあいつらと遭遇したら、逃げるか耐えるかしかなかったですから」
「ふふ。そうでしょそうでしょ。いや~、我ながらいい仕事をしたわ」
巫咲はご満悦な顔をしながら、自画自賛をしている。
そして事実、それだけの快挙といってよかった。
幽霊は幽体という実体のない神秘的脅威だ。
心が極度に弱っていなければ憑依されないため、物理的脅威にはなりにくい。
遭遇しても、しばらくじっとしていれば、特定の場所以外なら、その内去っていく。
だが、恐怖という状態異常を付与していくため、接触すると精神がゴリゴリ削られていく。
そのやっかいな能力と恐ろしい見た目と相まって、出来る事なら遭遇したくない相手だった。
そして、やっかいな点はもう一つあり、それがさっきの会話に出ていた幽体への有効打の苦慮だった。
物理的ダメージを与える事が出来ず、火で燃やそうとしても風で吹き飛ばそうとしても、微動だにしない。
"いる"とされている魔法が使える人間の魔術師なら、苦も無い相手だと言われているが、表舞台に何故か現れた事がなく、魔術師がその力で"アイテム"を作ったという話も聞かない。
"いる"というのもあくまで噂レベルなのだ。
そんな本当にいるか分からない相手に対処を期待するわけにはいかないため、悩ましい問題として、長年人類の頭を悩ましてきた。
"アイテム"の中には幽体に対処できる物があるが、使用方法が判明した"アイテム"自体がそもそも少ない上に、幽体に有効な品は更に数える程しかない故に、希少価値が高い。
今回判明した剣は、その希少な品となる可能性が高いというわけだ。
「実はですね。大変言いづらかったんですが、上司から、その、せっつかれていたんです。その~、最近"アイテム"の解明の進捗が滞りがちだから、それで……」
「うん。知ってたよ」
「えっ?」
信護は意外な事を聞いたため、驚いて目を丸くする。
そんな信護を見て、巫咲はクスッっと笑う。
「だって、最近の冬崎くんって、浮かない顔してたでしょ。ため息も時々ついて。私に言いづらそうにしてたし。流石にわかるよ」
「あ、そうだったんですか。ポーカーフェイスは苦手で」
「でも、私は急かされるのを嫌うし、むくれたらやっかいだから中々言い出せなかった。……ごめんね。その性格を変える気はないけど、迷惑をかけた事自体は心苦しく思うの」
さらっと図太い事を言う巫咲だが、今更気にするような事を信護はしなかった。
「"アイテム"を判明させても最近はパッとしない成果が続いていたでしょ。だから一念発起して、注目度が高そうな大きな事にチャレンジしていたのよ。きっと冬崎くんは今年も私の担当だと思ってたし」
「え、そんなことまで」
「うん。だって冬崎くんとが今までの担当官の中じゃあ一番関係性が良好だもの。そちらさんも私の担当に関して頭悩ましていたろうから、まず動かす事はないなって」
「ア、アハハ……」
渇いた笑い声しか上げる事が出来ず、困ってしまった。
そんな彼を尻目に巫咲は、意気揚々と得意気に話を続けた。
「だからね、担当2年目記念に絶対に冬崎くんが上司の人達に、誇れる成果を示せるように頑張ったの。ここ最近、追い込みかけて、睡眠時間も削って頑張ったんだから」
「春野さん……」
冬崎は感動で胸が一杯になり、声が中々出てこなかった。
今度人気店でケーキをたくさん買ってきてあげようと心に誓う。
「改めて言いますが、剣だけでも成果を上げたのは大きいです。ちなみに幽体へは、どのくらいダメージを与えましたか?一撃で倒せたりします?」
「え?いや、機会はなかったから、まだ試してないよ」
「え。ああ、そうですよね。ここにいてはそうならざるを得ない。すいません。早合点してました。でも、効果は間違いないですもんね」
「うん。たぶんそう」
「……たぶん?」
「うん。実態以外にダメージを与えるという事は、幽体特攻持ちの剣だと思っただけ。あと、読み取った感じや、私の長年の勘がそうだと言ってる。ちなみに私の勘は、長年の経験によって培われているからよく当たるんだ。流石に百発百中とはいかないけど」
巫咲の説明を聞く内に、段々不安になってきたため、これは上司に報告する前に試してみないといけないなと決心する信護だった。
思わずため息をつく信護に不満気な声を巫咲は漏らした。
「あっ、疑ってるな~。私の分析には間違いないはずなのに。たぶん。……まあ確かに試してみるまでは絶対とは言えないかも。そもそも幽体が何かさえ人は分かってないし。魂と関係があるのかも不明。……そもそも魂があるのかさえ分かってないものね」
「魂、ですか」
魂という言葉が出てきたため、思わず聞き返す。
「ええ。幽霊って世間のイメージだと成仏できない魂の成れの果ての事でしょ。でも、それはあくまで創作物での話。実際、魂が存在するかなんて人間は証明できていない」
「では、あの幽体と呼ばれているあいつらは何なんでしょう。見た目は怨霊そのものです」
「私が答えられる質問じゃないわ。言えるのは可能性だけ。人間のような形をした、私達の知らない何かで構成されている、幽霊ぽい何かなのかもしれないし、情報の集合体が何かの原因で形になったものかもしれない。それとも魂が実在して、それがあるべき場所に行けないとあんな風になるのかもしれない。とにかく、かもしれないな理屈だけよ」
「そうですね……」
魂か。と信護は心の中で反芻する。
もし魂があるのなら、死んだ後、どうなるのだろうか。
輪廻転生があるのか、それとも死後の世界があって天国、地獄にいかされるのか?ああ、煉獄もあったっけと信護は思わず考え込む。
生きてる間に侵した罪の大きさで、その魂の行き先が決まるとしたら、人生の生き方も変わってくるかもしれないとそんな事まで思わず考えてしまった。
だが、すぐに巫咲が言うように、かもしれないとしか言えない話だと思い、考えを切り替える事にした。
「とにかく、上司に報告する前に、実際に試してみましょう。それからでも遅くありませんし。なんにせよ、大発見です。お手柄には違いありません。ご苦労様でした、春野さん」
「気遣いができる男の人ってポイント高いわよ」
「ははっ。それほどでも」
そうお互い言葉をかけ合いながら、上に行くための階段を上がり始める。
剣は信護が手に持ち、鏡は木箱に戻したら巫咲が持っていく。
剣だけでなく、鏡の解析もしておきたかったからだ。
鏡は木箱に入り、人の目に触れない状態なため、その状態は2人には分からない。
そのため、鏡の一角だけであった黒い靄が、鏡面の全体を覆うとしている事に気付く者はいなかった。
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