石化
異界との関わりが出来てから早50年。
その間に、様々な未知を知り、新たな概念が現実のものとなった。
その内の一つであり、命に関わる奇病に数えられる症状がある。
それが、石化であった。
身体中が石になってしまうこの症状は、医学界の悩みの種だったのである。
過去の症例には、参考になるものはなく、既存のいかなる対処療法も無意味だった。
そもそも石化といっても、最終的に石になるという点は共通なだけで、その過程は事案別に多様だった。
石化するプロセスは、複数ある。
一つは、異界の使徒たるモンスターの仕業によるもの。
だが、一口にモンスターによるものといっても、その手段や威力は多岐に渡る。
視線によるものや、息吹きによるもの。身体のある部位に触れる事によるものといった具合だ。
威力の方も、一瞬にして石化させた挙げ句、次の瞬間には木っ端微塵に砕け散らせる死の具現ともいえる最凶クラスのものから、短期間で永続的な石像に変えてしまう代物や、じわじわと石化が進むものまで、そのレベルは様々だ。
二つ目は、呪いと呼ばれる現象の内の一つの形だ。
呪いとは、何が原因で発生するのかは、よくわからない事が多い。
土地の因果によるもの。呪いをかける力を持った者と対立した末の報復によるもの。
得体の知れなさでは、トップクラスであり、最も恐ろしい事象だった。
三つ目は、魔法と呼ばれる未知の事象操作術によるもの。
人類に伝わる迷信の類いである魔法とは違う、明確に効果のある魔法の事だった。
未知の言語を発したり、得体の知れない動作の果てに発動する。
その魔法の中に、石化を促す魔法があるとされている。
ちなみに、今の所、魔法とはモンスターのみ、なし得る方法で、人間の中で魔法を使える者は、いないというのが、公式見解だ。
だが、これには疑問の声は、少なくない。
人間が魔法を使うのを目撃したという証言はいくつもある。
しかし、実在するか否かで、必ず問われるのは、証拠だ。
不思議な事に、はっきり映像で残っている例がない。
撮影したと思ったにも関わらず、写っていなかったり、機器が故障を起こしていたりする。
その異変こそ、証拠だと言う人はいるが、映像による提示は出来ない事には変わりない。
魔法が使われたと見られる場所では、破壊の暴風が吹き荒れたかのような跡が散見されもするが、既存の兵器でも可能なレベルであるため、これも証拠として弱い。
本人が名乗りを上げて、実演してみれば早いのだが、そのような行動をした魔法使いはいなかった。
魔法使いが活躍したのではないかと見られる事件の当事者達は、証人として立つ事もなく、皆口を閉じ、沈黙を守っている。
そんなわけで、人間の魔法使いがいたと見られる案件には、もどかしい不可解な何かが巣食っており、その存在証明が出来ないのが現状だ。
また、一説には、人間の魔法使いの存在を突き止めようとした者達は、行方不明か、最悪、不審死を迎えたという話が、真しやかに囁かれ出して、いつしか腫れ物のように扱われるようになった。
脱線してしまったので、石化についての話に戻すと、石化に至る経緯は主にその3点であり、そうそう起こるわけではないが、一度石化が始まってしまえば、まず助からない致命的な災厄と見られ、恐れられている。
救済策としては、"アイテム"の中に、石化に抗う効果のある物があれば、チャンスがあるが、これまで見つかった"アイテム"の中で、それに該当した物は、政府による公式発表では3回程であり、それらはいずれも消耗品であったため、今ではもう無いか、おいそれとは使えない状態だった。
個人が秘匿している可能性はあったが、その場合は表に出てこないのが実情だ。
ところが、最近その風向きは変わりつつあった。
異界の住人から、石化に頭を悩ます人類に、新たなその対応策といえる手段の存在について、教えられた。
それは、ある植物を摂取すれば、石化を防げるというものだった。
石化に効果があると言っても、全てにというわけではないようだが、それでも、ほぼ無かった状況とは、雲泥の差だった。
これが、これまでの石化に有効な"アイテム"とは違う点は、その植物はある箇所に、集中して分布しているという点だ。
大量に用意できる事に、道筋がつけられる希望が見えて来たのだ。
余談だが、この手の薬草は、厳密には"アイテム"という分類はされていない。
"アイテム"は、それだけで完結している奇跡の完成形ともいえる物だ。
この薬草は、一定の工程を経て、加工する必要があると、情報を教えてくれた異界の住人が述べている。
その物単体では役に立たないが、一定の加工を経て"アイテム"級の代物になる物は、"準アイテム"と分類されている。
そういった薬草はいくつかあるが、いずれも採取できるのは、異界のみであり、人間の世界ではいずれも育成は困難だった。
今回注目を集めた植物の名前は、"ヘンルーダ"という。
くしくも、人間の世界にあるミカン科の植物と同じ名前であった。
読んで下さりありがとうございました。