表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

ふたりぼっちの社

ローファンタジー的な事件簿ものです。

春の暖かな日差しが大地に注がれる。

春の天候は気まぐれで、強烈な風を叩き付けてくる日があるが、今日は優しい。

そんな優しい日が癒す大地を、青年は確かな足取りで踏み締めていく。


「今年は異動無しか。まあ、予想していたし、上司からもそれとなく言われていたからなあ。今年も彼女と一緒は嬉しいけど、親に左遷と思われてるのはな……」


青年は嬉しさ半分、困った気持ち半分で呟いていた。

青年の名前は、冬崎信護(とうざきしんご)

年は20代半ばで、多少ガタイが良い以外は、平凡な顔立ち、身長、体重を安いスーツで覆っていた。


「でも間違いでもないかな……。春野さんの元に人が居着かないから、まだぺーぺーだった俺に投げられたんだろうし。こうも解明のペースが遅いんじゃあ最初の頃とは違い、期待は薄くなってるかも……。近年効果を判明させた"アイテム"も微妙なものが続いてるし」


青年は愚痴りながら歩き続け、いつもの勤務先である神社の鳥居をくぐり、境内に入った。

丁度、一人の巫女が境内を箒で掃除をしている頃だった。


「おはようございます。春野さん!」

「おはよう。冬崎くん」


青年は元気に挨拶をすると、その巫女はニコリとしながら挨拶を返してくる。

青年に春野と呼ばれた巫女の名前は春野巫咲(はるのみさき)

巫女も務めるこの神社の主だった。

この神社を管理するのと同時に、"アイテム"と呼ばれるものの解明、管理を職務としている。


(こうして見ると儚げなんだけどな)


心の中で何度目か分からない感想を呟きながら、この評価は間違いだと、これまた何度めか分からない駄目出しを、さっきの自分の評価に下す。


憂いを帯びたような瞳に、透き通るような白い肌は、長い黒髪によく映えた。

長い髪を後ろで一房にまとめているが、そのために使用している髪止めは、見事な装飾が施された年代もので、代々受け継がれている物なのかもしれない。

涼しげな顔立ちは巫女という立場と相まって、神秘的でさえあるが、地に足が着いた俗っぽい人間であることは、この1年でよく分かっている。

初めて出会った時の勘違いした自分を殴ってやりたいと思いながら、今年の異動の有無を報告する。


「今年は異動無しです。また春野さんの担当を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

「あらら。運が悪いわね。また私の世話をする羽目になるなんて」

「ご冗談を。春野さんと過ごす時間は刺激的で退屈しません」

「う〜ん。誉められてるのか、嫌味言われてるのか分からないわね」


そうぼやきながら、巫咲は掃除を切り上げて本殿へ向かう。

信護も後を追う中、上司に言われてる事を思い返した。


「いいか信護。春野さんにさりげなく"アイテム"の解明に成果を出すよう、圧力をかけるんだぞ」

「ええ?いや、それはちょっと問題がありますよ。課長も知ってますよね?春野さんはそういう事を一番嫌うって。へそ曲げたら絶対面倒な事になりますよ。まず俺は、当分口を利いてもらえなくなります」


信護の抗議に分かっていると頷きながらも、課長は同様の事を言う。


「分かっているとも。だからさりげなくだ」

「んな無茶な」

「無茶は承知だ。実の事を言うと、政府を始め、方々から急かされてる。異界の侵食が昨今は停滞気味だ。今の内に有利に立てる何かの手がかりが欲しいのだろう。そしてそれは、我が異界対策局の使命でもある」


課長はお前も知ってるだろと目で問いかける。

異界対策局。

50年程前から起こった異界からの脅威に対応するための組織。

異界とは、幻想だと思われていた生物が生きる世界と認識されているが、その正確な実態を知る者は人類にはいない。


ドラゴンやゴブリンが、物語やゲームの世界の様に本当に存在していたのだが、現実の脅威となって襲いかかってきた場合、創作とは違い、恐るべき災厄となり蹂躙された。

彼らのルールが、人の世界のルールを上回ったのである。

また、理解が追い付かない超常的現象が散見され、恐怖に拍車をかけた。

だが、ある時理由は不明だが、異界の猛攻が徐々に弱まり、ひとまずの平穏が訪れた。

それだけではなく、一部では異界の住人と少しずつ交流も生まれた。

そして、いくつかの異界の恩恵も手にするようになった。


恩恵の一つに、"アイテム"と呼ばれる物品だ。

その入手方法は様々だ。

異界の存在を討伐する、異界を探索する、異界の住人からプレゼントされる等。

だが、問題がある。

それは、使い方・効果が分からない事がほとんどだからだ。

例えば一見、剣の様な物があるとする。

しかし、まったく斬れず、殴打しても痛みすら相手に与えることが出来ないという不思議な物体だ。

おそらく、正しい手順以外受け付けないか、何かの資格が必要と思われるが、それが何なのか、まったく分からない。

もちろんマニュアルが付いている事はない。

そのため、当初は研究材料にされていても、半ば役立たずのがらくた扱いよされてきた。

どういう素材かも機器にいくらかけても不明なまま。


しかし、ある時状況は一変する。

それが偶然か、誰かの意図したものなのかは分からないが、その使い方と効果が判明された。

それは、消耗品的な回復アイテムだったが、その効果は絶大だった。

もう死を待つだけだった人間が一瞬にして、何の後遺症もなく、活力が漲った状態で回復したのだ。

その件を皮切りに、その後も極稀ではあるが、それぞれ効果は違えど、恩恵を人類に与えるものだった。

そうなると、"アイテム"の入手、解明にあらゆる勢力が躍起になる。


そんな中、異界の住人から"アイテム"をプレゼントされる事例が出てきたのだ。

異界の住人からプレゼントされる場合は、その使い方を教えてもらえるケースがほとんどだ。

最も、プレゼントしてくれる事は滅多にないが。

そのため、遺恨はあっても、それ以上に実益を優先し、異界の住人との交流を推し進めようと働きかける勢力が現れる。


いずれにせよ"アイテム"の効果は劇的で、今の人類には再現できない事さえやってのける。

入手し、使い方や効果を解明しようと、政府はそれまで以上に必死になって研究・解析を試みた。

しかし、以前として、仕組みはまったくといっていい程わからなかった。

プレゼントされた場合を除き、偶然突き止めた場合がほとんどだった。


そのように四苦八苦している最中、ある事件が起こる。

ある"アイテム"により、使用者が怪物と変わり、周辺地域に甚大なダメージを与えてしまったのだった。

この事件を契機に、"アイテム"に対する見方は、希望から恐ろしいものという評価が加わった。

希望の象徴でありながらも、開けたら爆弾だったもありえる得体の知れないもの。

その後、成果をろくに上げられないという事もあり、負の性質の方に注目が集まるようになり、いつしか倉庫へ保管されるだけの物が増えていったのだ。


だが、それも春野巫咲の登場で事態も変わる。

この当時はまだ少女だったこの身寄りのない娘が、どういう経緯で"アイテム"に触れたのかは不明。

はっきり分かっているのは、彼女は"アイテム"の使用方法・効果を解き明かした事。


この少女がどうやって解明を成し遂げたのか、調査が何度も行われ、その方法を手に入れようとしたが、いずれも挫折する。

彼女は言う。

声が聞こえるのだと。

その声を辿る事でその仕組みを理解したと。

彼女を調べた多くの人間は困惑した。

結局、これは彼女にしか出来ない事だと結論を出したのだった。


その後、政府は彼女に"アイテム"の解明を依頼するようになっていくが、そこで彼女は要求する。

そのための環境を整備してほしいと。

そのため、政府は調査をするために理想的な環境を作ろうと思い、最新の器材と多くの優秀な科学者を用意しようとしたが、いずれも彼女は断った。


代わりに要求したのが、人里離れた神社に保護も兼ねて"アイテム"を集める事。

助手は一人か二人の助手で十分な事。

その神社の周囲には人を寄せ付けない様にする事。

生活に必要な物資や資金は定期的に支給する事。

必要な場合は即座に用意できる体制を作っておく事。

自分のペースで仕事が出来るようにする事。

他にも細々な事を要求し、政府相手に粘り強く彼女は交渉した。

驚くべき事に、それを彼女は自分だけで行った。

彼女曰く、自分の運命を他人に任せたくない、と。


結局、締め付けは逆効果と判断し、実利を優先するため、基本的には彼女の要望を尊重した。

だが、全てを無条件に承諾などは当然せず、条件も提示し、互いに譲歩もしながら形を整えていく。

その条件の一つが、助手も兼ねた監視役兼連絡役の人員の滞在だった。

だが相性が悪いのか、度々担当者が変わり、今の担当者は現在課長にいびられている冬崎信護だった。

今年で2年目に突入している。


「いつまた異界の侵食が活性化するか分からん。この十数年は大人しく、こちらが異界側に乗り込み、探索に乗り出せているが、未だに有効な対応策が見つからない。異界の法則の前に、今の我々が用意できる力では不十分なのだ。その現状の打破のきっかけには"アイテム"の活用が求められている。それが出来るのは現状、我が国では彼女だけだ」


課長が熱を帯びた口調で話すのを見ながら、彼女の説得をどうしようと頭を悩ませる信護だった。

読んで下さりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ