特等席
ベタベタのベタ
めっちゃベタ
面白みがないくらいベタ
神社の石段の隅に並んで座って花火を眺めたあの夏。無口で可憐な君の、一途に花火を見つめる横顔が大好きだった。
君の髪を揺らす夜風が少し弱くなった。僕も勇気を出して君に触れた。そこに確かに君がいることを噛みしめる。君は僕にとっては高嶺の花。僕の隣にいることをずっと信じられずにいた。ああ、君の指って思ってるより細いんだな。ついそのか弱げな手を、包み込んで護りたいと思った。手を握っていることに気づいた君がこっちを見た時、ついつい目が逢った。僕は一瞬焦ったけれど、何も言わずに優しく微笑み、その手を握り返してくれた時、僕は天にも登る気持ちだった。
それからというもの、僕はずっと君のことを考えていた。夏休みの課題をこなす時も、体育祭の時も、クリスマスにみんなで遊びに行こうと誘われた時も、片時たりとも君を忘れることは無かった。
クラス替えの時は君と同じクラス、出来れば近くの席がいいだなんてずっと念じてた。同じクラスにはなれたけど、君と座席は離れちゃったね。僕にとってはすごくショックだったんだ。
でも君はあっけらかんとして、誰とでも仲良さそうにしている。
無口な君なのに、自然と周りに人が集まっていた。
加えて天賦の才色兼備。君はたった一日で、また僕から離れてしまった。そして君は僕のことなど忘れたかのように、僕の知らないところで、ひっそりと誰かのものになっていた。
また夏がやってきた。君が去年と同じ石段の同じ場所に座る。
僕の特等席は別のやつに奪われてしまった。あの夏、僕は何を独りで舞い上がっていたのだろう。空から嘲笑うかのような、満開の菊の花火が見下ろしてきた。僕は負けたんだ。大事な事を伝えられなかったんだ。
巣立ちの時は僕が立ち直るよりずっと早くやってきた。もう君には会えないのかもしれない。伝えるなら今日しかない。
わかってた。わかってたはずだった。
何かにつなぎ止められているかのように僕は君に近づけなかった。声が出なかった。勇気がなかった。
多分、君の方から僕の方へ来てくれるのを待っていたのだろう。
おそらく永久に来ないであろうその時を。
僕は弱々しくて臆病で下劣なやつだ。君に心の中の蟠りを全て吐いてしまいたかった。なのにそれが出来なかった。
別れを告げることも、この想いを告げることもなく、僕は虚しく君を見つめていた。
君はただ前だけを見て、希望に溢れた大いなる一歩を踏み出した。
さよなら、と君の声が聞こえた気がした。
君はあいつとどこか遠くへ行ってしまった。
誰にも邪魔されることの無い、幸せな場所を見つけたんだね。
でも君は、きっと僕のことなんて忘れてしまったのだろう。
ちょっとだけ寂しかった。
何度も何度も季節が巡って夏が来る。
隣に君が来なくなっても、僕は価値を喪った特等席から花火を見る。君は今どこで何をしているの?隣を見ても誰も居ない石段にただ一人、大人になれずにへたり込んでる。
君が帰ってきたという話は聞いた気がする。でも会えなかったんだ。またあの夏のように、いやもっと苦しい思いをするだろうからね。僕も体は大人になったけど、君はもっと変わってしまったのだろうか、そんな事も考えてたんだ。
君に触れたあの夏が帰ってくる。君だけを除いて帰ってくる。
不意に君のことを考える僕をまた菊の花火が嘲笑う。
君が同じ花火を見てるかどうかは分からない、けど君も同じ空を見てると信じているよ。
そして、僕はいつか、いつの日にか、またここで可憐な君の横顔を見ることが出来るのをずっと待ってる。
もっと頑張って勉強しなきゃだね