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#2





「マリベル!大変!『銀のスパダリ皇帝』が来てる!」


「は?」



友人から出た聞き覚えのない人物の名称に、マリベルは首を傾げる。

数日前の創作話では王子様だったのに、思いのほか偉くなったらしい。



「誰って?」


「こないだの銀髪の人!あんたに用事だって!」



友人に手を引かれるまま行ったロビーには、先日助けてもらった銀髪の騎士が凛々しい顔で立っていた。







「証言…ですか?」


「あぁ。先日のスコット殿の件、あちらから殿下に訴えてきたんだ」


「え!?」



銀髪の騎士はレイモンドと名乗った。

勤務中だからだろうか、とても騎士然として、圧がすごい。


改めてお互いに自己紹介をし後、先日の礼をして、部屋に通されたマリベルは、彼から詳細を聞いて目を丸くした。

何だかとっても悪い予感がする。



「暴力行為について自首してきたとか、そういうことでもないんですよね?」


「あぁ、君が彼を誘惑した、という話になっている。おおかた、上手くいかなかった腹いせに、君を貶めようということだろう」


「なんてこと…」


「そこで君の話も聞きたい、ということなんだ。もちろん彼と顔を合わせないように配慮する。………思い出したくもないだろうが、協力して欲しい」


「はい。私でお役にたてるのなら」



どちらにせよ、断る選択肢はないだろう。

それにマリベルだって、貶めに黙って泣き寝入りするような女性ではない。

やられたら倍にして、熨斗をつけてお返しするのが彼女のモットーだ。



「後のことは、君に不利になるような事は一切ないと約束する、殿下もそう仰っている」


「わかりました、お気遣い感謝致します」


「ありがとう、まずは隣の部屋へ。待っている人がいる」






隣の部屋には、家庭教師のような落ち着いた雰囲気の女性がいた。

引っつめにまとめた髪型にフチなし眼鏡、装飾の少ない深いグリーンのドレスを纏った彼女は、マリベルに向けて軽く膝をおると、ふわりと優しく微笑んだ。



「こんにちは、マリベルさん。ご足労下さったことに感謝致します。私の事はサンディと呼んでください」


「マリベル・コールマンです。よろしくお願いいたします…」


「早速ですが、こちらへ」



サンディが本棚のごてごてした装幀の本を抜くと、真鍮のドアノブがあり、その先には真っ暗な小部屋になっていた。


これは、一介のメイドが知ってはダメなやつでは?消されるのでは?マリベルは王宮の闇の部分に触れたような気持ちになり、戦慄する。



「隠し部屋です。こちらから隣の部屋の話が聞けます。彼の言い分を、貴女にも聞いておいて欲しいの」



サンディが『お静かにね』とささやき、硬直するマリベルを奥に促す。

マリベルが小部屋の奥の壁に付いているつまみを恐る恐る捻ると、小さな窓が現れた。

覗くと、セドリック殿下と先日のスコットの姿が見える。



「……では、そのメイドが誘惑してきたと、そう言うのだな?」


「えぇ、えぇ。酔った私に誘いをかけました。私が拒絶すると激昂しまして…。まったくたちの悪い女です。その様子を見て、ちょうど出くわした騎士の方が誤解をなさったのでしょう」


「ほぅ」


「聞けば、あのコールマン家の娘と言うではありませんか。恥も外聞も捨てた、あの貧しい家の娘ですから、おそらく金目当てで、娼婦の真似事でもしていたに違いありません!」



ビシッ……ギシ…ギィ…


急に家鳴りのような、軋むような音があちこちから聞こえてきた。まるでスコットの言うことに抗議するようなタイミングだ。



「マリベルさん」



呼び掛けに振り向くと、氷のような笑顔のサンディが、折れ曲がった扇子を持って立っていた。



「私、そろそろあちらのお部屋に移らなければなりません。レイモンドを外に寄越しますので、何かあれば彼におっしゃってください」


「はい、…あの…」


「何かありましたか?」


「私も、あちらのお部屋に行くわけにいきませんか?」


「……まぁ…」



マリベルの言葉に、サンディは少しだけ驚きの表情を見せたが、すぐに満足げに微笑んだ。



「もちろんです。殿下からも、あなたが望めばお連れするように言付かっていますから」


「殿下が…?」


「ええ。あなたも直接、お話したいこともありそうだし、ね?」



サンディがマリベルの手をとり、優しく擦る。

血の気がなくなるまできつく握られたマリベルの拳が、ジワリとほぐれるように温かくなる。


マリベルは決意の眼差しをサンディへと向けた。







「失礼致します」


「入ってくれ。挨拶は不要だよ」



サンディの後に入室すると、セドリックとスコットが部屋の中央のテーブルについていて、レイモンドがドアの横に控えていた。

スコットは、マリベルの姿に一瞬顔をしかめたが、すぐに彼女を蔑むような表情になる。



「よく来てくれた。マリベル嬢。話は聞いていると思うが、先日起きた事について教えてくれるかな?」



にこやかなセドリックの御前に進み出たマリベルは、丁寧に膝を折り、出来る限り冷静に口を動かす。



「恐れながら。先日、酒に酔ったスコット様が道に迷い、使用人通路に出ていらしたところに鉢合わせました。その後お部屋までご案内したのは紛れもない事実でございます」


「彼はその後で、貴女から一夜を過ごそうと誘われて、金銭を要求されたと証言しているが、これはどうかな」


「はい。そちらはまったくの事実無根でございます。スコット様の方から手荒いお誘いを受けましたが、すんでの所で銀髪の騎士様に助けて頂きました」


「よ、よくもそんな大嘘を殿下に……。確たる証拠も持たずに愚かなものだ」



本当の所を突かれて気まずかったのか、スコットが慌てたように口を挟めて来た。

マリベルは彼を冷たく一瞥し、怒りを込めた言葉を放つ。

愛する家族への暴言は、決して許さない。



「その言葉、そっくりそのままお返し致します」



マリベルの言葉の圧に、スコットは一瞬たじろぐも、すぐに彼女を見下すように嘲笑する。



「フン。私のように、心の底から王家に奉じている家の者こそ、信じるに値するだろう。お前らのように貴族という立場に固執し、見苦しい足掻きを続ける男爵家などと一緒にするな」



この男は家の何を知っているのか――――



悪天候による不作が続き、領民の生活が危ぶまれると、いち早く備蓄の解放を決め、金策に走り、ギリギリの所で崩壊を抑えた父の手腕。

少しでも足しになればと、多くない手持ちのアクセサリーやドレスを換金したり、炊き出しや農作業の手伝いなど、懸命に動く父と領民のサポートに回った母と兄達。

貴族の立場などどうでもいい。人々の生活を守ることだけを考えて、必死に動いていたのだ。


ようやく峠を越えて、皆で笑いあうことが出来た時、マリベルは自分の家族がとても誇らしかった。



「…本当、こちらこそ貴方の家と一緒にしないで頂きたいですね」


「なに?」



マリベルは、大きく息を吸い込んで、背筋を伸ばす。

無礼だろうが不敬だろうが、言ってやらないと気が済まない。



「私の事はいくらでも罵ってくださって結構。しかし、家の侮辱は聞き捨てなりません」


「な…」


「私の愛すべき家族に対して、貴方のような嘘だらけの卑怯な男にそこまでの謗りを受ける謂れはございません」



パチパチパチパチ…



振り向くと、笑顔のサンディとレイモンドが拍手をしている。

セドリックも拍手こそないが、ご満悦といった表情を浮かべている。

気持ちが昂っているせいなのだろう、たくさんの人達が盛大に拍手してくれているように聞こえる。



「…ぶ、無礼な!うちは伯爵家だぞ!!メイド風情がわきまえろ!」


「彼女は特におかしなことは言ってないけど?それよりも、メイド風情、とはいただけないな」



わめくスコットに、セドリックは冷ややかな視線を向けていた。姿勢を正すと、少し改まった口調で話し始める。



「あくまでその娘が嘘をついていると言うのなら、卿の名において、王家に誓えるか?」


「もちろんでございます」


「では、お二人とも、こちらをご覧ください」



恭しく頭を下げるスコットの目の前に、数枚の紙の束がサンディによって差し出された。セドリックにも同じものが渡される。



「これは?」


「潜伏している影さんからの報告です。泥酔したスコット様が、彼女へ掴みかかる様子が詳細に書かれています」


「……これはどういうことだろうね、スコット卿。君の誓いはずいぶん薄っぺらいんだねぇ」



ため息をついたセドリックは、パラパラと報告書をめくる。

顔はにこやかだが、目の奥は笑っていない。



「こ、これは…か、彼女が…、そうだ、そのメイドが買収したんだ!」


「……へぇ。買収?王家の、密偵を?」



ギシギシッ!…ギシッギギッ


ギシギシと天井から軋むような音がする。

さっきの部屋といい、屋根裏に動物でも入り込んだのだろうか?



「殿下!ま、間違いありません!護衛騎士も密偵も、あの女に騙されたのです!」


「……あぁ、もういいよ。君が口を開く度に、我々の不快指数が跳ねあがる」



セドリックはため息をつくと、誰かに呼び掛けるように話し出した。



「王家も甘く見られたものだ。ねえ、君たち?」



途端に、ぶわ、と部屋の中に旋風が起こる。

それがおさまると、セドリックとスコットの背後にそれぞれ2人ずつ、マリベル達の横に2人、全身を黒装束に固めた男達が立っていた。



(あの時と同じだ!)



マリベルは突然のことに顔がこわばるが、正体不明の黒い男達にも不思議と恐れはなく、むしろとても安心していた。



「ひぃぃっ!!」



反対に大いに狼狽えたのはスコットだった。

いつぞやのように地を這うことはないが、椅子からずるりと滑り落ちて、やはり尻餅をついた。



「ひぇ……」



上を見上げて怯えるスコットに、セドリックが近付く。



「どう?影くん達はとても優秀だろう?君はあの日も気付かなかったんだっけ」


「…は?」


「報告は影くん達から上がってるんだ。それでも一応、それぞれから話を聞こうとしたら、君の方から嘘八百並べ立ててきた。がっかりだよね」



愕然とするスコットに目線を合わせたセドリックは、相変わらず表情はにこやかに、刺すような威圧をかける。



「君、美人局やら詐欺やらやってるでしょう?元々はそれで影くん達が調査に入ってたんだよ。『心の底から王家に奉じている』…だっけ?笑っちゃうよね」


「……そ、それは…」


「君は自由にやり過ぎた。王宮のメイド達は選ばれた大切な人材だ。手を出されたら、僕たちとしては黙っていられない」



立ち上がったセドリックが手を叩くと、厳つい男達が数名、部屋に入ってきた。



「とにかく、君のことは諸々調べがついてる。顔色が悪いけど大丈夫かな?」


「あ、あ…」


「あとは専任の者が別室にご案内しよう。お連れして」



終始にこやかだったセドリックが、無表情に告げる。

顔面蒼白のスコットは言葉もなく、そのまま両脇を固められて部屋を後にした。





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