傷者
その日の学校帰り、私は透花の家にお邪魔していた。透花の妹に会うのかと緊張もしたがそれではなく、テストが近いので勉強を教えてくれるとの事だった。私としては非常に助かる。教え方の上手な人に教わると飲み込みも早くなる。馬鹿な私でも理解出来る程に。その上、宿題まで見てくれるとはなんて有り難い事だろう。
「あとは?」
「今ので宿題は終わり。ありがとう、透花。すっごく助かりました」
「どういたしまして」
「透花といると問題もスラスラ解けるんだけどな……」
「授業だとモチベーション上がらねーだろ」
「まさにそれ。しかも宿題多いし」
「テストも近いからな」
「やだな、テスト……。隕石降って来ないかな……」
「そしたらみんな死ぬって」
「透花も?」
「多分……。隕石ほどの迫力なら跡形もなく消えるだろ」
「だって、死なないってこの前言った……」
「流石に地球滅亡したら不老不死でも死ぬよ」
「意外とリアリストなんだね」
「そうかもな」
まぁ、隕石なんて当分落ちては来ないだろうけど。それ位テストが嫌だって事なんだよな……。
「大丈夫だって、海凪。オレ特製のテスト対策ノートがあれば赤点なんて取らねーから」
「……ほんと、頼もしいわ」
実際、そのノートはめっちゃわかりやすくて覚えやすい。先生のを板書するよりよっぽど教科書っぽい。
「お菓子食べる?飲み物も持ってくるけど」
「お願いします」
「了解。休んでな」
お言葉に甘えて床に寝そべる。
いつもなら、勉強が終わった後は行為に至る。そして夜まで入り浸ってしまう。でもあんな事があってから、透花は私に触れなくなった。したいとも言わなくなった。学校でも、中庭に行くことは減っていた。私が襲われたばっかりに、透花に我慢させてしまっている。それは本当に申し訳ないなと思っている。
「海凪、オレンジジュースでも平気?」
「うん。ありがとう」
透花はポテチとチョコとせんべいを持ってきた。丁度小腹が空いていたので私はポテチに手を伸ばした。
「いただきます」
「どうぞ」
「お腹鳴ってたの気付いた?」
「いや?腹減ってたの?」
「恥ずかしながら……」
「恥じる事無いじゃん。腹が空くのは生きてる証だよ」
「……そうなの?」
「生きるって事はさ、食べるって事だから。腹が鳴った位で気にしないよ」
肯定されると遠慮が薄くなる。ダイエットしている訳では無いが、やっぱりカロリーを気にしてしまうのが女子だ。
「……あのさぁ、透花……?」
「んー?」
お菓子を摘みながら恐る恐る聞いてみる。
「……生殺しになってたりする……?」
「まぁ……そりゃあ……我慢はしてるけど」
「……ごめん……。辛い思いさせてるよね」
「いいよ。海凪の嫌がる事はしたくねーし」
「でも……!身体に悪かったりするでしょ……?」
「自分で抜いたりしてるから平気」
「えっ……透花もそういう事するの……?」
「するよ。男の子だもん。思春期なら尚更」
「……そっか」
「怖い思いしたんだから、海凪が気を遣う事無いんだよ」
私の頭を撫でながら透花は優しく囁いた。
「……透花は……私の事、どう見てるの?」
「どうって?なにが?」
「……ただのセフレ?」
「うーん……親友の延長線上っていうか……」
言葉を濁すなんて透花にしては珍しい。
「ただのセフレって肩書きはやだな」
「じゃあなに?」
「……親友以上恋人未満?」
「恋人になりたいの?」
「セフレって言うよりはね。恋人って断言した方が良くない?」
「だったら、付き合う?そういうノリしてた事あったよね?」
「えっ…」
「ん…?」
「……オレと付き合ったら苦労するよ?」
「慣れてるよ」
絡まれて巻き込まれて嫌な思い散々したし、今更な気もするけど。
「オレに隠れて泣いたりしない?」
「多分……」
「そっか……。まぁ、でも海凪の事は好きだし、恋人になる?」
「……えっ」
「嫌になったら親友に戻れば良いだけじゃん」
「そんな簡単に言うほどの事では……」
「要は切り替えが大事ってこと。大体、男女の友情なんてファンタジーみたいなもんなんだから」
「男はみんな下心あるとか言うから?」
「まぁね。知ってる?女同士より男同士の方が恋愛関係になる事多いらしいぜ」
「……あれでしょ?所謂、ビーエルってやつ」
「そ。オレと姫月も前はそんな感じだったし」
「そういえば、昔の偉人も男色家が多かったって」
「そうそう。男は性欲強いんだよ」
一括りにするのもどうかと思うが大抵そんなものなんだろうなとは思う。実際、見ず知らずの人達に襲われた身としては男イコール性欲の塊にしか感じない。
「また嫌な事されたら言って」
「うん……」
「恋人である事は内緒にしとくか?」
「なんで?」
「夢見させてあげないと、あいつらは生きる希望失くすだろ?」
あいつらとは恐らく透花に想いを寄せている生徒達の事。透花は先輩達にもモテる。上手く告白からは逃れているようでトラブルには発展しない。カーストで言ったら上のランクだろうな。
「先生達もイケメンだから、好きな子はいるらしいよ」
「大人の色気ってやつか」
「椎名先生とか」
「ああいう大人いいよな」
「正野から守ってくれた恩もあるからねぇ」
「保健医の柊とかも人気高そうだな」
「狙ってる子多いって聞いた」
「教師と生徒の恋か……」
「あと英語の先生もイケメンだよね」
「蘇芳先生なぁ……。レベル高っ」
「担任は?透花的にイケメン?」
「そりゃあ、他の先生に比べたらイケメンの部類だろうな。でも、イケメンって言うよりは、美人……?」
「綺麗だよね、夏芽先生」
初めて担任紹介で見た時はその美しさにビビった位だ。なんというか、線が細いというか、繊細的な美青年というか、とにかく綺麗な人だと思った。
「それに比べたらオレはお子ちゃまか」
「透花も大人になったら素敵になると思うよ」
「だろ?その辺は自信あるんだよ」
流石だ。その自信を少し分けて欲しい。
「──そういや、正野って他校の先生達にも顔広いらしいぜ」
「へぇ……。意外」
「理事にも顔利くって話だ」
「誰情報?」
「柊先生」
「意外な所から」
「正野に泣かされて保健室に来る奴多いんだって」
「ほんと最低だな、あいつ」
「自分の価値観を他人に押し付けすぎなんだよ」
「言いたい事も解るけどさ…」
「派手な生徒、片っ端から粛清してるって噂だ」
「私と凛都はもうブラックリストだよねぇ……。さっさと殺しますか?」
「今殺ったらバレる。もう少し我慢」
「……そっか」
先走るとろくなことが無い。透花の判断は正しい。
「思ったんだけど、実際に殺したら後々面倒じゃん?だから、社会的に抹殺するのはどうかなって」
小さな案だが一応提案してみる。
「えー……?それじゃオレが殺せないじゃん」
「だから、社会から排除された後に殺れば誰も文句言わなく無い?」
「正義のヒーローってか」
「そんな感じ」
「……まぁ、有りだな。バッシングは受けたくねぇし」
「正野って独身だっけ?」
「配偶者くらいいるだろ?」
「聞いた事ないな」
「あれに話しかけられる強者はいねぇよな」
指導者としての威厳が他の先生達とは全く違うので近付く事さえ躊躇ってしまう。良い意味で生徒との距離を取っているのだろうけど。あそこまで強制的に注意されたらどうしたって悪者扱いしちゃうよねぇ…。
「……今日、妹さんは?」
「祖母ん家」
「そっか……」
「会わせるって言ったのはオレだけどさ、少し待って貰っていい?」
「うん。私は構わないよ」
「サンキュ」
「あの……その代わりと言ったらあれだけど……。透花にうちの弟に会って貰えないかなって」
「弟?良いけど」
「ありがと。この間襲われたって言ったじゃない?めっちゃダメージ深くて引き篭ってんだよね……」
「あぁ……。ケア難しそうだな」
「一緒にご飯は食べてくれるんだけど、口数少なくなったっていうか……距離を取られてる感じで……」
「辛いよな」
「うん……。しんどいよ……」
一度傷付けられたら元に戻れない。その上、成長過程に罅を入れられたら恨まずにはいられない。
「殺したい」
「……海凪?」
「稀を傷つけた奴ら全員死ねばいい。ギッタギタにボコられて痛い目にあえばいい。地獄に堕ちて苦しめばいい」
思い出すだけで怒りが収まらない。あいつらは今もどこかで笑っているんだろう。私達の事なんてとっくに忘れて楽しんでんだろう。そう思うだけで煩わしい。早くいなくなればいい。
「海凪」
力んでいた私の手を透花がそっと握ってきた。
「オレが殺すから。海凪には穢れて欲しくない」
「……でも……透花を悪者にしたくないよ……」
「大丈夫。オレは悪者にはならないから」
「……透花……」
「海凪だって、本当はまだ傷癒えてないんだろ?我慢しなくていい。オレには強がらないでよ」
「……あ、甘える訳には……」
「違うでしょ。利用すれば良いんだよ」
「……利用って……」
「オレは海凪の為なら何でもするよ」
いつになく優しい声で囁かれて、張っていた糸が切れた気がした。気付いた時には透花の胸で泣いていて、情けない姿を晒していた。
いっぱい泣いたら頭がスッキリした。こんなに泣きじゃくったのは何時ぶりだろう。人前では泣かないようにしてたのに、人の優しさってそれさえもとっぱらってくれる。
「水飲む?」
「……うん」
透花はずっと私の背中を摩ってくれてた。その温かみを忘れる事は無い。
「……あっ……。服、ごめん……。デロデロだ……」
「洗えば済むし。デロデロってなに……」
「えっ……あ、ビショビショの方が合ってた?」
「いや、そこまで追求しないし。ってか、デロデロって……」
その表現がツボにハマったらしく透花は笑っていた。
透花が笑っているのは好きだ。可愛いし、こっちまで楽しくなる。
「私、顔すごい?」
「めっちゃ目真っ赤。顔洗ってきなよ」
「洗面所借ります」
「どうぞどうぞ」
結構ツボだったのか、透花は思い出し笑いをして暫く笑っていた。
洗面所で顔を洗うと色々さっぱりした。目は腫れてしまってちょっと痛い。泣くとこんなに目にダメージがあるんだな……。
髪も乱れてるし、なかなかのブサイクで笑ってしまいそうだ。
とりあえず手櫛で髪を収めながら整える。やっぱり少し切った方が印象も変わるんじゃないか……?
「髪切るの?」
「……透花」
不意に後ろから話しかけられ、一瞬びっくりした。
「もったいねぇよ」
「……そう言うなら、このままにするよ」
「短いのは好みじゃねぇしな」
「女は髪を伸ばせ的な?」
「その方が可愛いだろ」
「それは透花の価値観じゃない?ボーイッシュな子も可愛いと思うし」
「似合えばの話だ」
「……透花は髪伸ばさないの?」
「姫月と被る」
「嫌なんだ?」
「ロン毛の男は女装癖あるみたいに思われそう」
「今はジェンダーレスの時代だよ、透花」
「何かと拘るよな、お前」
時代は変わるものだ。親に「この子は男の子?」と聞いたらば、「子どもに聞いて下さい」と答える親も増えているらしい。好きな事を自分で選ぶように、性別だって選ぶ権利がある。立派な男の子に……!なんて親のエゴだ。差別や偏見を根本から無くすのはどうしたって無理な話だから、せめて自由に選べるものは拒否しないで欲しい。
「あのさ、弟くんの事だけど……」
「うん」
「オレより適任な奴が……」
透花の言葉を遮る様にチャイムが鳴った。 透花が警戒しながら扉を開ける。
「……ぅわっ……」
来訪者はずぶ濡れ姿の姫月だった。雨なんて降っていただろうか。
「どーした……」
「川に突き落とされたのよ!」
そう叫びながら姫月はその場にへたりこんだ。
「……寒い……」
「風呂入れ。着替え貸すから」
「透花……」
憔悴しきっている姫月を見兼ねた透花が腕に抱き上げ、そのまま浴室へと連れて行った。
それにしても川に突き落とされたとは……。
「オレも着替えるわ。海凪、姫月が出てくるまで待っててくれる?」
「うん」
冬じゃなくて良かったのが救いか。いやでも人を川に突き落とすのは犯罪じゃないか。
「……海凪?そこにいるの?」
「いるよ。今、透花が着替え持ってきてくれるから……」
「……ありがとう」
扉越しの会話でも、姫月の声が震えているのが解る。
暫くして透花が着替えを持ってきてくれた。姫月に伝えると部屋で待ってて欲しいと言われたので透花と話して待っていた。
また暫くして姫月が戻ってきた。でも、着替えを抱えていてバスローブを羽織ったままだった。
「……姫月?」
心配そうに見つめる私と透花を交互に見つめた後、姫月は徐にバスローブを脱いだ。
その姿を見て、私は言葉を失った。華奢な身体に青アザが沢山ついている。川に突き落とされただけでこんなに傷だらけになるものか……。
「……あ。ごめん、姫月!私、ガン見しちゃって……」
「いいよ、見て。無様でしょ……?」
「強姦された?」
空気を読まぬ透花の発言に姫月はピクっと反応した。
「……学校から出てすぐに……車に連れ込まれて……。あたしの事、女だと思ったんでしょうね……。無理矢理服脱がされて……身体見た後あいつら、嘲笑ったの……。男だって分かったら解放してくれるんじゃないかって思ったけど……違った。そのまま犯されて……嫌だって泣いて叫んでもやめてくれなかった……」
姫月は泣きながら説明してくれた。
「……終わったって思ったら……汚いって言われて……川に放り投げられた。ヤルだけヤッてポイッて最低よね……」
「姫月……」
「どんな奴らだった?」
「……多分学生……。明日の講義がどうとかって言ってたし……。悪ふざけも大概にして欲しいわ……」
「海凪達を襲った奴らと一緒かな」
「……ごめん……。顔は良く分からない……。怖くて……それどころじゃなかった……」
「それだけヒントあれば十分だ。教えてくれてありがとう」
「透花……」
「風邪引くから、服着な」
透花に促され、姫月は着替えた。
確かに姫月は一見、女性と見紛う位美人だ。高身長で長い髪、細い身体に整った顔立ち。ジェンダーレス男子なのでそう見えても仕方ないのかも知れないけど。 それでも、人を傷付けて嘲笑ってる奴らは許せない。死ねばいい。
「……ごめんね、海凪……。男の身体なんて目に毒でしょ……?」
「いや、そういうの気にしないし。透花ので見慣れてるし、気持ち悪いなんて思わないよ」
「……海凪はいつも肯定してくれるね……。嬉しいよ」
「エロ本勧めてくる位だからな」
「娯楽程度にはって言っただけ」
「それでも……向き合ってくれてありがとう」
「……姫月……」
「こんな格好してるあたしが悪いんだもん。襲われたって仕方ない……」
「違うよ!」
自分でもびっくりする位、大きな声が出てしまった。
「……姫月が悪いんじゃない。そういう事しても平気で笑ってる奴らが存在してる事自体が悪いんだよ。何をしても許されるなんて脳天気な奴らはくたばればいいと思うし、死ねばいいって思う。そういう奴らを蔓延らせてる世の中なんて要らない」
「……海凪……」
「私も最近同じ思いしたから、許せないんだ。あいつら、女を性欲を満たす道具にしか思ってない。リスクも負えないクセにチャラチャラして、誰かが鉄槌を下さなきゃ分からないんだよ」
「……そうだね……」
「姫月も許せないって思ってるなら、うちらと協力しない?」
「……え?」
透花に許可も得ず勝手な事をしているのは承知の上だ。でも、二人だと限界がある。信頼のある人間があともう一人は欲しい。
「……協力……?」
「あぁ。オレと海凪はそいつら見つけて鉄槌を下すって誓った。思いがあるなら姫月にも協力して欲しい」
透花が付け加える様に説明する。
「……手を組むってこと……?」
「体良く言えばな」
「……鉄槌を下すって……懲らしめるの?」
「同じ思いを味わって貰う」
「…………それって……手を汚すって事にならない……?やってる事は違っても行為としては一緒じゃ……」
「なら聞かなかった事にして」
躊躇っている姫月を透花はサラッと流した。
「道徳観とか不要なんだよ。復讐するにはそんなもん邪魔だ」
「……海凪も……?」
「うん。私は透花の考えに賛成だから、今更躊躇も無い」
「…………ごめん。あたしには無理……。二人の手を煩わせるだけになっちゃう……。ごめんなさい……」
「姫月が謝る事じゃない。うちらがどうかしてるのかも知れないし。あ、この事は他言無用で」
「……うん」
どうかしている。そうでなければ簡単に人を殺そうなんて思わない。姫月の判断は正しい。
改めて考えていると携帯が鳴った。画面には透花からのメール通知。何故?目の前にいてメール?
とりあえず開くと、『ごめん、先に帰って』 との文字。私が居たら気まずい事でも…………あるんだな。
「──ごめん。私、そろそろ帰るよ」
「一人で平気?」
「大丈夫。今日は護身用の武器も持ってるから」
「気をつけてね、海凪」
「うん。また学校で」
にこやかに透花の家から出るとまた携帯が鳴った。
『これから姫月のケア。お前には見られたくないだろうから。追い払う様な真似してごめん』
透花の文面は淡々としている。まぁ、そういう事なら女の私が居たらやりにくいもんな。
『気にせず。姫月の事よろしく』と片手で素早く返信し、私は帰路に着いた。
三回扉をノックして弟の名を呼ぶ。返事はしてくれる。でも、食欲が無いのか、ご飯は要らないとの返答。要らないのではなく、食べられないのかもしれない。吹っ切れてる私の方が精神おかしい気がしてくる。
「ごめんね、海凪……。母さん達にも謝っといて……」
「分かった。稀、熱とかは出てない?」
「ちょっと微熱だけど平気。ありがと、海凪」
「体調悪くなったら言ってよ」
「うん。おやすみなさい」
以前にも似たような事があったな……。
まだ兄が暴力を振るう前の優しい人だった頃、クラスメイトにいじめられた稀を兄は諭し、ケアをしてくれていた。そのスキルが私にも備わっていれば良かったのに。
人に寄り添うなんて簡単に口に出せる行為じゃない。何の見返りも無く言葉を掛けてくれるだけで傷だらけには優しい薬になる。
その夜、肌の手入れをしていた私の部屋に稀がやってきた。眠れないのかと聞くと何かに怯えた様に首を横に振る。
「……海凪……あの時……一緒にいた人……だれ……?」
「……透花?」
「……一緒に……病院にいた人……」
「あぁ、千歳くん?」
「…………その人……海凪の友達……?」
「まぁ、親しくして貰ってるよ」
そう答えると稀は私の服の裾を握ってきた。
「どうした?」
「…………俺を……お、襲ってきた奴らの中に……いた……」
「…………え?」
衝撃告白……。
「見間違いじゃ……」
「…………かもしれない……けど…………でも……」
「だって……私が介入した時には居なかったよ……?」
「あいつらに……指示してた後……居なくなったから……」
「……嘘だ……」
そんな事するはずない……。そう思いたい……。でも……あの時の行動を思い返したら不自然な点も……。なんで撮影してたんだろうとか……交番行くなら自ら助けてくれれば良かったのにとか……。証拠の為に端末を用意してたって言われればそれまでだけど……。 まさかずっと状況観察してた……とか……?
考えを巡らせる程分からなくなる。稀が嘘をつくとは考え難い……。疑問が不信に変わってしまう。
「……ごめん……」
稀は小さく謝り、自分の部屋へ戻って行った。
透花に相談した方が良いのだろうか……?でも、姫月の事もあるから気を煩わせたくない……。
…………姫月を襲ったのも同じ人達だとしたら……指示したのは……。それに見知らぬ学生がピンポイントで姫月を狙うなんて出来ないんじゃ……。誰かから教えて貰わないと出来ない行為だ。もし、全てを企てていたのが千歳くんだとしたら、目的はなんだ……?透花……?それとも……もっと別の……。
考えが巡り巡って結局その日は一睡も出来ず、私は眠気を押し殺しながら登校した。