ダブルデート【前編】
土曜日。
ダブルデートの日がやってきた。
天気は良好、体調も万全、メイクも完璧。
あとは、三人の到着を待つのみ。
張り切ってしまったみたいだ。
まさか、一番乗りに着くとは……。
「めっちゃ綺麗じゃん。誰か待ってんの?」
そして、ナンパされる始末。私より可愛い子もたくさん待ち合わせっぽい感じでいるのに、ピンポイントで声を掛けられる。
「友達」
「なら俺らと遊ばない?楽しいよ、きっと」
「彼氏居るんで。見つかったらヤバいんで」
ニコッと断ると大抵は諦めて去ってくれる。この場合の彼氏は透花という事にしている。ちゃんと本人にも許可取りしているから問題は無い。
「失礼。少しお時間宜しいですか?」
「いいえ」
「お綺麗でしたので、是非うちのモデルにと思いまして」
「お断りしますー」
ナンパとスカウトが交互に来るから次第に周りの人達からの視線が痛いものになってくる。これなら時間ギリギリに来た方が良かったかも知れない。
「いい気になってんじゃねーよ」
通りすがりの女子達が私にしか聞こえない位の声で吐き捨てて言った。見ず知らずの人に文句を言われる筋合いも無いと思うんだけどな。参った参った……。早く誰か来てくれ……。
「お待たせ」
スっと横に立たれ、振り返ると凛都達ではなかった。
「だれ?」
「遅れてごめんねー。声掛けられて大変だったっしょ?」
馴れ馴れしく話しかけてくる知らない青年。なんだこいつは。どっかで知り合ったか?
「じゃあ、行こっか」
「は?」
グイッと腕を掴まれ、無理矢理連れて行かれる。
ヤバい……。待ち合わせ場所から離れたら合流出来ない。
「離して……」
「いいじゃん。あんた変な目で見られてたし」
「待ち合わせしてんだよ」
「おれと楽しいことしようよ」
「やだって……」
力が強くて抵抗もままならない。
「海凪!」
大きな声が響き渡り、青年の足も止まった。
「……虎太郎くん……?」
「だれそいつ。知り合い?」
「違う……。無理矢理……」
「そう」
虎太郎くんは静かな目で青年を睨みつけ、牽制した。
「彼女はおれの彼女の友達だ。誘拐は止してもらおう」
「は?何言ってんの……」
「離せと言ったんだ」
私の腕を掴んでいる青年の手を虎太郎くんはこれでもかという力で握りしめた。
「痛った……!」
「このまま骨を折られても文句は無いな?」
「……わ、悪かった!離してくれ……」
虎太郎くんが手を話すと青年は怯えながら去っていった。
筋肉隆々な虎太郎くんに敵う相手はいない。空手、柔道、太極拳、截拳道の技を修得し、今は陸上選手として未来を期待されている。服の上からでも筋肉の凄さが分かる。
「ありがとう、虎太郎くん。助かった」
「怪我は?」
「大丈夫。掴まれただけだから」
「良かった。君に何かあったら凛都に怒られてしまう……」
「ほんとに助かったよ」
体格とは裏腹に性格は優しい。とても優しい。だから、凛都と喧嘩したなんて信じられなかった。仲直りしてくれてほんとに良かった。
「みーちゃーん!」
虎太郎くんと話していると凛都と千歳くんがこちらに歩いてきた。
「あ、こったんも一緒だったんだ」
「丁度会ってな」
「千歳くんも凛都と一緒に来たの?」
「あぁ。電車の中で会ったから」
「みーちゃん、聞いて!千歳くん、痴漢を撃退してくれたんだよ!」
「えっ」
「痴漢!?凛都、痴漢にあったのか?」
尋常じゃない位心配しだしながら虎太郎くんが凛都に聞いた。
「おしりなでなでされただけ。満員電車だったから最初気付かなくて。そしたら千歳くんが痴漢の手掴んで電車止まってから痴漢連れ出して大衆の面前で土下座させたんだよ!凄いよねえ!」
嬉しそうに話す凛都にも戸惑ったが、痴漢を捕らえる千歳くんにも驚きだ。
「当然の事をしただけだ」
「ありがとう!凛都を守ってくれて!」
虎太郎くんが千歳くんの手を取り、ブンブン振りながらお礼を言った。
「いや……大した事では……」
「本当にありがとう!あ、おれ虎太郎って言います!」
「あぁ……どうも。オレは千歳逢羅。よろしく」
私が紹介するより当人同士で挨拶が交わされたので手間が省けた。
「じゃあ、遊園地行こっか!」
凛都の仕切りで私達は遊園地へと向かった。
駅から数分歩くと大きな看板と入口に迎えられ、その手前ではキャストらしき人達がみんなにこにこで来場者を誘導していた。
「こんなんだったっけ?」
「一昨年くらいにリニューアルしたらしいよ」
私が気後れしていると凛都が教えてくれた。何気にパンフレットも持っているし、用意周到だな。
「ショーとかもあるらしいから、楽しみだね!」
「そうだね」
朝から凛都の笑顔を見れるだけで私は嬉しい。凛都は同性から見ても可愛いと思うし、人懐こいキャラに救われると思う。
「土曜日だからファミリー多いねぇ」
パークの中に入ると、まだ開園直後だというのに家族連れが目立っていた。確かに土日は家族連れが占拠するだろう。活気があってワクワク感もそそられる。
「凛都、あれ乗りたい!」
指さす方向にあったのは垂直に落ちていくアトラクション。遠くから見てもその高さはえげつない。よくあんなものを作ろうと思ったなと感心までしてしまう。あれは落ちる瞬間、お腹の中がぐうってなるから何度乗っても慣れない。
「勇者だなー!凛都!おれも乗る!」
「千歳くんは?」
「大丈夫だ」
「よし!一発目はあれで行こー!」
ハイテンションの凛都を先頭に私達はそのアトラクションへと向かった。まだそれほどでも無い列に並び、順番を待つ。
「海凪も平気なのか?」
「うん。乗った瞬間に後悔するけど、終わったらストレス発散出来てるし、いいスパイスかなと」
「そうか」
「千歳くんは何でも乗れそうだね」
「大抵のものなら抵抗は無い。あれは苦手だけど……」
そう言って千歳くんが指さしたのはコーヒーカップ。ファミリー達が楽しそうにくるくる回っている。
「酔うとか……?」
「いや……目の前が歪む感覚には慣れなくて……」
「あぁ……。回し過ぎて上下ひっくり返したみたいに見える時あるよね」
「あれは怖い……」
「そもそも、あんなにくるくるして何が楽しいのかが解らない。その後の気分は最悪だよ、きっと」
「同感。海凪って、ストレートなんだな」
「……急に?」
「人を分けているように見えたから」
「……それは時と場合によってはあるけど。でもみんなそうじゃない?嫌いな人とは目も合わせたくないでしょ?」
「本心はそうであるけど、関わらない事には解らない」
「……じゃあ、正野と正面で話せたりする?」
これは少し試しているのではないかと悟られてしまうかも知れない。
「いや。正面は難しい……。会って話すだけならできる」
「……凄いね」
「一応、先生だからな」
「立場があるって厄介……」
動き始める列に倣って前へ進んでいく。話していたからかいつの間にか先頭の方まで来ていた。
「──あ。凛都の事、守ってくれてありがとね」
「見過ごせない質なんだ」
「凛都は可愛いから、近付きたいって気持ちも分かるんだけどね」
「海凪も、痴漢には気を付けないと」
「そうだね……。虎太郎くんに護身術の技とか教えて貰おうかな……」
「それなら……!」
急に声のボリュームが上がったので私はビクッと肩を揺らしてしまった。千歳くんも自分の声の大きさに気付き、周りを一瞥した。
「……すまない。動揺した……」
「え…なんで…?」
「オレも……護衛術なら資格持ってるから……」
「……そうだったんだ。意外……」
「だから、教わるならオレを選んで」
すごいどストレートだな……。
「分かった。ありがと、千歳くん」
「あぁ……」
表情に感情が出ない人なのかと思っていたけど、素直なんだな。やっぱり見た目で判断するのは良くねーな。
「あ、順番来た」
「楽しみだねー、みーちゃん」
横並びに乗るので右から千歳くん、私、凛都、虎太郎くんの並びになった。これは男子二人の配慮だろう。凛都の隣にいきなり千歳くんが座ったら虎太郎くんは気が気ではないだろうし。
そして、準備が整うとキャストの「行ってらっしゃーい」という掛け声とともに私達は空高く昇って行った。
「……ぅわ」
見ないようにしてたのに視界に入った風景に思わず声が漏れる。眺めは最高だ。写真に収めたい位だ。このままゆっくり落ちていかないかな……。
「海凪」
「……ごめん千歳くん。手、握ってもいいかな」
「どうぞ」
私はギュッと千歳くんの手を握りしめ、落下に備えた。
てっぺんまで昇り、素晴らしい景観に癒されたのも束の間。
腹の中がぎゅんってなってほんとに落下するのではと思うくらいに落ちた。
しかも途中まで落ちてまた昇り出す始末。
いや、これ楽しいかな……?楽しい?最早罰ゲームでは……?
数回落ちたり昇ったりを繰り返し、最後はてっぺんから一気に落下した。一瞬だけおしりが浮いた。
「めっちゃ楽しかったねー!」
「ドキドキしたな!」
凛都と虎太郎くんは余裕だし、凛都なんて落下してる間ずっと笑ってたしその感覚には意味不明だし。でも、乗って良かったと思った。
「千歳くん、ごめん……。手、痛かったでしょ?」
「いや。オレも緊張してたから、助かった」
優しく微笑まれ、胸がざわつく。
「みーちゃん!千歳くん!次はあれ!ジェットコースター!」
「おーけー」
まだジェットコースターの方が免疫はある。
「子どもみたいだな」
はしゃぐ凛都とその彼女に惚れ惚れしている虎太郎くんを眺めながら千歳くんが呟いた。
「凛都は無邪気なんだよ。虎太郎くんも少年って感じ」
「いい人だな」
「そうだよ。虎太郎くんは優しい」
「オレも、優しいよ」
……ん?ちょいちょいアピールしてる?
こんな積極的な人なんだっけ?
そんな事を思いながらジェットコースターの列に並んだ。
「凛都、みーちゃんの隣!」
私の腕に抱きつきながら凛都は千歳くんと場所を交換した。
凛都と隣で良かった。千歳くんが隣に居たら私は声を出せずに放心状態だったかも知れない。思い切り叫んだはいいが喉がカラカラになってしまった。
乗り終えた後、少し休憩して凛都は虎太郎くんを連れて別のアトラクションへと向かった。私はまだ休みたかったのでまったり座っていた。千歳くんも静かにタピオカを飲んでいる。まさかタピオカを選択するとは思わなかったけど。可愛い。
「──あ。休みがてらならあれ乗りたいな」
丁度汽笛が聞こえたので、私は振り返りながら提案した。千歳くんは笑顔で了承してくれた。
汽車にはすぐに乗れたけど、周りは子連れが多く、遠足のバスかと思える程賑やかだった。
「……ちょっと場違いだったかな……」
「こういう雰囲気は好きだよ」
「そう?」
「子どもは見ていて飽きない」
「見てる分にはね」
「……苦手なのか?」
「ちょっと……。関わり方が分からなくて」
「笑っていれば大抵向こうからアクションしてくれる」
「……千歳くんは下のきょうだいだっけ?」
「あぁ。歳が10個離れているから殆ど保育士状態だ」
「似合うね、千歳くんのエプロン姿」
「自分でも見慣れてしまった」
「あ。透花も妹いるんだよね」
「そう言ってたな」
「お兄さん同士、愚痴ったりしない?」
「そういうのは無いな……」
「良いなぁ」
私にも兄はいたけど……。
今は稀と二人姉弟って感じだし。
兄はまだ入院中だ。母は日課の様にお見舞いに行っている。だから家事などは私や父が担当になる。稀はこの間の件で療養が必要になったので自室で安静にしていた。
「……具合の方は良いのか?」
外の景色を楽しんでいる子ども達を眺めていた私は一瞬答えるのに間を置いてしまった。
「あぁ……大分スッキリしてきたみたい」
「そうか」
「やっぱり久々に乗ると身体も対応出来ないもんだね」
「後ろから海凪の声が聞こえてきたから何事かと思った」
「ごめん、うるさかった……?」
「いや。清々しいなと思って」
「お陰で喉が異常事態だったけど」
「大丈夫か?」
「うん。水分補給したら治った」
「オレンジジュース?」
「そう。子どもの頃から好きなんだ。千歳くんはタピオカどうだった?」
「意外と美味しかったな」
「良かったね」
私は固形物はあまり得意ではないので手は出さないだろうけど。
考えた人は天才だなと思うよ。
「──弟はあれから具合どう?」
「えっ……あ、稀?自宅療養してるよ」
「……そうか」
「稀がね、友だちの事殴ったらしくて、仕返しされたらしいんだ。でも、友だちに手を出す様な子じゃないし、嵌められたのかなって」
「知らない人達だったんだろう?」
「うん……。だから、どっかで恨み買ったかなって私にも責任あるだろうし」
「海凪は悪くない」
「……ありがとう、千歳くん」
「……だから、また学校で何かあったら言って。今度はオレが守るよ」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は視線を逸らせず直視してしまった。改めて見ると綺麗な顔立ちだと感心する。透花とセットなら女子達は益々放って置かないのではないだろうか。
「……頼もしいな」
「惚れた?」
…………ん?
「なに……」
「顔が火照ってるから恋したかなって」
「えっ……」
頬を触ると熱を帯びているのが分かった。
「恥ず……」
「可愛い」
千歳くんはクスッと可愛らしく笑った。
イケメンは得だな……。
「そろそろ、終着点か」
「あ、そうだね……。次、なに乗ろっか?」
気持ちを切り替えて相談する。メリーゴーランドが目に着いたが流石に高校生の身で乗るのは気が引ける。
「お化け屋敷がある」
「えっ……」
他にアトラクションらしきものは無く、怪しい建物が聳えていた。如何にも恐怖!という感じの外装で、入口で受付している幽霊衣装のキャストさんもそれっぽい雰囲気を出している。
汽車から降りて近くに寄ってみると益々恐怖が漂っていた。
「海凪、こういうのは平気……?」
「あー!みーちゃんと千歳くん発見!二人もお化け屋敷入るのー?」
凛都と虎太郎くんが清々しい雰囲気で現れ、私は答える機会を逃してしまった。
「こったん、お化け平気?」
「あぁ!凛都に手出したらおれがぶっ飛ばしてやるから!」
「こったん、かっこいー!みーちゃん達も入ろー!」
此処でNOと言えば良かったかもしれない。でも、凛都の楽しそうな表情を見たら断れない!同意しちゃうよ。
「海凪?」
「……うちらも入ろっか?」
「あぁ……」
所詮は作り物、フィクションだ。中にいるのも全部人間でよく出来た機械が作動してるだけ。そうだよ、子どもだって入ってるじゃない。大丈夫だ。ニセモノなんだから。ビビる訳ないわ!
「みーちゃん、千歳くん。また後でね」
凛都達は先に入り、私達は少し間を置いてから中に通された。
外の明るさが一気に遮断されて、暗い世界に閉じ込められたみたいだ。周りは墓地の様な雰囲気で音もなく静けさが怖い。
「足元気を付けて」
「うん……」
千歳くんは私の歩幅に合わせて進んでくれている。
初めの方は子ども騙しの仕掛けみたいなのが出てきてその度に声を押し殺してビビってしまった。こんなんでゴール出来るのだろうか……。
「……海凪。さっきから呼吸が荒い気がするけど……」
「えっ……!いや……ちょっと暗いから……」
「暗所恐怖症?」
「いや……この雰囲気が苦手というか……」
「怖い?」
「……いや……」
怖い。めっちゃ怖い。早く出たい。変な動悸が止まらない。
「あ、ゾンビ」
「ひっ……!」
不意に出てきたゾンビメイクのキャストに私は情けなくも腰を抜かしてしまい、ヘタレてしまった。千歳くんは冷静な対応で膝立ちしながら心配してくれた。
「立てそう?」
「……もうやだ……。出たい……」
「海凪」
「ごめん千歳くん……。本当は怖い……。お化けとか苦手で本当に無理で……。言えなくてごめん……」
「謝ることないよ」
「……情けないとこ見せて……ごめんね……」
「大丈夫。歩くの無理そうなら、腕に抱くけど良い?」
「えっ……」
頷く間もなく千歳くんは軽々と私を姫抱きし、様子を見ていたゾンビ役のキャストさんに非常出口を案内してもらった。
滞在時間僅か五分……。子どもでももっと耐えられるシステムなんだろうけど、私には無理。いや、苦手なクセに入るなよって感じ。千歳くんにも嫌な思いさせてしまったかも……。