高校生活
「海凪いるー?」
軽いノリでクラスに乗り込んで来たのは、入学早々イケメンだと持て囃されていた透花だ。それはもう女子達の視線を独占し、優越に浸る姿は大したものだと感心する程。中学の頃も相当モテただろう彼は今、フリーだ。狙っている女子は大勢いる。
「……何でしょう?」
敵視する様な視線を掻い潜りながら私は透花の元へと向かった。
「あ、いたいた!ちょっと一緒に来て」
「……いや、これから授業……」
「サボっちゃえ」
「おい……」
半ば強引に連れ出され、中庭に連行された。色鮮やかな花が咲き誇るこの場所は告白スポットとしても有名だった。
「誰もいねぇな?」
「授業放棄してまで話したい事でも?」
「今日、朝からヤバくてさ。抜いてくれない?」
「……は?」
朝イチから何を言い出すのかと思ったらどんな展開だ。
思春期真っ只中なのは分かるけど。
「自分で処理しなよ」
「えー……。気持ちよくないじゃん」
「知らないし……」
「お願い、海凪」
「その辺の女子にやって貰えば良いのに」
「知らない女って怖くない?」
それはまぁなんとなく分かるけれども。
「嫌?」
「…………綺麗なんだよね?」
「勿論」
「してあげるから、後で勉強教えて下さい」
「ありがとう、海凪!」
そんなキラキラな笑顔を見せられたら断れない。
分かってやっているんだろうけど、私は彼の笑みに弱い。
こういう行為は中学の頃も度々あった。
初めは理解に手間取ったが、慣れてしまえばこんなものかと案外飲み込みは早かった。透花も、 やり慣れている感が物凄くあったので親達にバレない様に性欲を晴らしていた。
やるのには抵抗は無いのだが、後処理が面倒なのでだったら最初からやりたくないという結論に至ってしまう。億劫なのも厄介だ。
「スッキリしたー!」
身体を伸ばしながら透花は爽やかに言った。
対して私は手がベタベタになってしまったので気分が沈んだ。
水道で洗っても匂いは残るので、この後の授業は集中出来たものでは無い。
「お礼に放課後付き合うよ」
「……透花の家行っても良い?」
「どうぞ」
透花はイケメンに加えて頭も要領も良い。なんでこんなに人間としての差が激しいのだろうといつも劣等感を抱く。天は二物を与え無いんじゃなかったのか。
その上、教え方まで上手いときたから私が勝てる要素なんて一つもない。悲しい事に。
「なんか自己嫌悪に浸ってる?」
「……大丈夫。いつもの事だから」
「まぁ、オレと一緒にいたら価値観比べるよね」
「……嫌味?」
「本当の事じゃん」
言いたい事も言うし、誰に対しても態度を変えない。良くも悪くも見習いたい性格だ。
「海凪さ、彼氏出来たってほんと?」
「……どんなデマよ」
「あ、嘘か。安心安心」
「誰から聞いたの?」
「言いふらしてる奴いたから、オレの知らぬ間に作ったのかと思って」
「事実無根ですね。誰だ、ホラ吹いたの」
「どっかの男子」
「シメといてよ」
「見つけたらね。でも、告白はされるだろ?」
「されないよ?男子なんて透花と姫月としか話した事ないし」
「友だちもいねーの?」
「その辺は平気。歩き方知ってるから」
「またいじめられたら言えよ。姫月にとっちめてもらうから」
「愉しそうだね、透花」
「うん」
私が不幸になれば良いと思っているのかこいつは。
実際、友だちは少ない。
高校デビューした意識は無いけれど、中学卒業と同時に金髪に染めて地味子も解いた。スカートも膝上まで短くしてるし、ネイルだって始めた。担任からは何一つ注意されないけれど、生徒指導の教師がいちいち突っかかってくるのはいい加減飽きてきた。
切りたいと思っていた髪も、透花に「ロングヘア好きだからダメ」と何故か拒否権を無くされ、腰下まで伸びてしまった。ブリーチしたので綺麗な金色に染まっているからそれはそれで気に入っている。
「見る目ねーな、男子。オレなら秒で告るのに」
「もっと可愛い子いるよ」
「胸もそれなりにあって欲しい。美人て巨乳少ないじゃん」
「欲張り」
「海凪は綺麗だけどバカだもんな」
「悪かったね」
「それ位が丁度良いよ。頭の切れる美人さんはきらいだな」
「可愛いくておっぱいデカかったらいいの?」
「許容範囲内」
「透花って理想高いんだ」
「男子なら夢見るだろ。思春期だし」
「エロ本買え」
「あれは男を駄目にする」
「娯楽なんてそんなもんだよ」
未成年はエロ本なんて買えないと思うけど。
「チアの子とか透花と合うんじゃない?」
「ニコニコしてんのはアウト。なんか人形みたいでやだ」
「演技だから仕方ないよ」
「それに忙しそうだし」
「うちの高校のチア部ってレベル高いんだよね」
「性格キツそう」
「透花に言われたくないと思うよ」
「優しくしなくても側にいてくれる子が理想かな」
「十分高い理想だね」
もうとっくに始業のベルは鳴っていて、今は皆授業を受けている。その中で私達だけが中庭でのんびり過ごして、特別感が湧く。ほんとはしてはいけない事だけど。でも、透花と一緒なら怒られても然程怖くないかなと思ってしまう。
「──密会か?」
二人だけの空間に静かに入ってきたのはタバコを吹かした副担だった。この高校には各クラスに担任と副担任が付く制度があるらしい。偏差値も低かったし、馬鹿な子が多いからかも知れない。私のクラスの副担は挨拶の時からやる気が感じられなかった。担任は気にも止めておらず、異質な存在だと思った。
「先生こそサボり?」
透花が何気無い風に聞く。
「副担なんてやる事無いからな」
「いいなぁ。楽な位置だ」
「お前らこそお気楽だな」
「教室戻れとか言う人じゃないでしょ?椎名先生は」
「あぁ」
「タバコ一本頂戴」
「肺が腐るぞ」
「先生こそ」
そう言いながらも副担の椎名先生は透花にタバコを与えた。大人としての道徳を解かなくて良いのかと不安になる。
「──そうだ、吉原。お前、二股かけてんのか?」
「……は?」
なんだその情報は。二股なんて器用な事できる訳ないだろう。
「デマですよ」
「交友関係は慎重にやれよ」
「……それなりには」
気を付けている心算だったんだけどな。
誰かに嵌められてんのかな。
「恵海も、派手な行動は控えろ」
「はいはい」
透花は軽く受け流す。そういう気持ちでいた方が傷つかなくていい。
「ねぇ、先生。なんで屋上の鍵閉まってんの?」
「飛び降りた奴がいるからだ」
「死んだ?」
「一命は取り留めたらしいが、ずっと眠り姫らしい」
「だから施錠してあんの?」
「防止対策だな」
「あそこからの景色見たかったのに。詰まんない」
「此処の景色も優雅だろ」
「誰が世話してんの?園芸部?」
「そんな部活は無い。管理人だ」
「すごい人だよね。これだけの花を咲かせるのは並大抵の努力じゃない」
「だろうな」
透花と副担だけで会話が成り立っていたので私はその褒められている花々を愛でていた。どれも美しく鮮やかだ。
「これ吸い終わったら戻ろ」
「正野に見つかったら退学もんだぞ。気をつけろよ」
「分かってます」
透花は笑顔で返す。
正野とは学年指導の先生だ。いかにも曲がった事が嫌いという顔をしているベテランのおっさんだ。私は苦手だ。理解し合えない人間とは絡みたくない。
「海凪もリフレッシュ出来た?」
「まぁ……」
「サボったのバレたら姫月に叱られるな」
同じクラスなのだから既にバレているのでは?と思ったけれど口には出さない。
「また話そうよ、椎名先生」
「気が向いたらな」
「やった」
それから少し経って私と透花は先に校内へと戻った。その途中、窓から見えた副担は花壇の花に微笑んでいる様だった。
教室に戻る頃には終業のチャイムも鳴って、生徒達が廊下にちらほらと出ていた。
「みーちゃーん!」
私が教室に入った瞬間、大粒の涙を流しながら凛都が抱きついてきた。入学式以来、席も近くて親しい仲になった子だ。美人でウェーブの掛かった金髪を靡かせ、いつもにこにこしている可愛らしい子だ。
「……どうした?」
凛都の頭を撫でながら私は優しく聞いた。
「彼氏と喧嘩しちゃった〜」
うわぁーんと更に激しく泣きじゃくる彼女に私は掛ける言葉を選んでいた。
「どーしよ〜……みーちゃーん……」
「よしよし……。とりあえず泣き止んでしまおうか」
「う〜……喉痛い……」
そりゃあ、そんなに大声で泣き叫べば喉も悲鳴を上げるよ。
凛都を宥めながら席に着く。次の授業まであと数分しかない。
「今日喧嘩したの?」
「……ん。こったんが……もう、嫌いになったって……」
こったんと言うのは凛都の彼氏だ。虎太郎だから愛称がこったん呼びらしい。可愛らしくていい響きだと思うが、実際の本人はゴリゴリの体育会系男子だ。よく凛都を捕まえられたなと感心したが、凛都の方がベタ惚れだったらしい。
「なら別れちゃえば?」
「う〜……それはやだ……。こったんの事好きだもん」
「そっか。だったら話し合おう」
「……顔も見たくないって言われたのー」
「あらら……。随分と偉そうだな」
「自分じゃ凛都と釣り合わないって〜……。どうしよう……みーちゃん。嫌われちゃったよぅ……」
「それは無いよ」
「……なんで?」
「見てれば分かるもん。虎太郎くんも凛都にベタ惚れだって」
「でも……」
「わざと嫌われる態度取ったんじゃない?」
「……なんで?」
「凛都にはもっと相応しい人がいるって思ったとか」
「えー……。凛都にはこったんだけだもん」
「良いなぁ、両想い」
「みーちゃんと恵海くんは仲良しだよね。喧嘩しないの?」
「んー……そもそも付き合ってないから、喧嘩とまでは」
「えっ」
何故かショックを受けた表情を浮かべる凛都。
私達の話に聞き耳を立てていたクラスメイト達も驚いた表情を向けていた。
「……なに?」
「恋人同士じゃないの?」
「違うよ。中学から親しかったってだけで、恋愛感情は別に。それに透花のタイプは私じゃないから」
「みーちゃん、綺麗なのに」
「透花は巨乳で可愛い子が好きみたいよ」
敢えて声を上げて言ってやった。透花を気にしている女子達は沢山いる。タイプ位話してもお咎めはないだろう。
「男の子はみんなおっぱいだ」
「食欲と性欲しかない生き物だからね」
「こったんは違うよ!」
「あの人は凛都以外、好きにならないよ」
「……そう思う?凛都、嫌われてない?」
「うん。大丈夫。だから、ちゃんと話し合わないと」
「……わかった」
泣いてスッキリしたのか、凛都に笑みが戻った。
「ありがと、みーちゃん」
「いえいえ」
丁度切りの良い所で数学教師が入ってきた。 私と凛都も姿勢を正し、ちゃんと授業を受ける。数学だけは真面目にやらないと理解が追いつかない。試験期間中は透花に頼りっぱなしになるのでなんとか頑張らないと。
……といっても、先生が何を言っているのかまるで分からない。その記号はなんだ?呪文か?何か召喚するのか?
確り聞こうとすればする程、段々と子守唄に聞こえてくる。最早、催眠術だ。何も身につかない。多分、天才と凡才の違いはこの辺りからランク付けされていくのだろう。
私はどう足掻いたって天才にはなれない。凡才でも無い。
ただの、空っぽな人間……。
「お疲れ〜、みーちゃん」
やっと授業が終わり、どっと疲れた。数学の時間は長すぎる。
「疲れた……」
「売店行かない?今日、パンが安いんだって」
「ん」
固まっていた身体を解しながら凛都と一緒にカフェテリアへと向かった。お昼に行くと激混みなので休み時間に行くのが程よい。品物もあるし、食べたいものも見つかるし。
「何食べよっかなぁ」
「迷うね」
「あ。このパン可愛い」
イチゴがたっぷり乗ったフルーツサンドを手に取り、凛都は会計を済ませた。私は無難な焼きそばパンとコーヒーを買い、まだ時間があったのでゆっくり教室まで戻るつもりだった。
「みーちゃん!大変だ!正野発見!」
「なに?!」
カフェテリアを通り過ぎる正野を見つけ、影に隠れた。
「なんでいるかなぁ」
「暇なんじゃない?」
「見つからない様に戻ろう!みーちゃん」
「そうだね」
生徒達の影に隠れながら何とか気付かれずに教室へと戻ってこれた。けれど、この時は安心していて分からなかった。正野がずっと私と凛都を監視していたなんて。
「……あ、そっか。現国の授業だったっけ?」
「椎名先生だからリラックス出来るねぇ」
現国教師は副担の椎名先生だ。解りやすい授業内容と淡々とした声色で読まれる純文学には惹かれるものがあり、生徒達からの信頼も厚い。
丁度、私達が着席した頃、副担がチャイムと同時に入ってきた。
「──お?悪い、忘れもんだ……。取ってくるから自習しとけ」
副担はそれだけ言って出ていった。
途端に生徒達は騒ぎ出す。自習なんて自由時間と変わらない。
「──失礼する」
ガラッと扉を開けて現れたのは生徒指導の正野だ。それまで騒いでいた生徒達は凍りついた様に固まり、無言で姿勢を正す。
「吉原海凪、遊庵 凛都!前に出なさい」
いきなり名指しされ、私と凛都は渋々正野の元まで行った。皆の視線が痛い。正野の視線も刺さりまくって痛い。
「お前ら、これで何度目の注意だ?制服は正しく着用しなさいと言っているだろう」
この言葉は入学してから散々言われた。
髪を染めるな、スカートを短くするな、校則を守れ。
何度注意されても直す旨は無い。スカートはもう手遅れだ。
「すみません、先生。でも、スカートってこれしかないし、髪も地毛なんで見逃して下さい」
やんわりした口調で凛都が断った。しかし、正野にはぶりっ子染みた笑顔なんて通用しない。
「だったら黒く染めろ。スカートも買え。それが出来ないなら退学だ」
「えっ……」
厳しい口調で命令みたいに言われ、凛都は泣きそうになっていた。クラスメイト達も「退学」という言葉にザワついている。
「風紀を乱しているのが分からないか?お前らみたいな半端な格好の奴がいると学校の品も下がる。迷惑行為なんだよ」
「公立校なんだから、そこまで徹底しなくても良いんじゃないですか?」
「その緩みがダメなんだ!これだからゆとり世代は!」
……出たよ。昭和の人間がすぐ口にする差別用語。
大体、ゆとり世代って決めたのはお前らの世代だろう。
責任転嫁するな。
「何でも甘やかされると思ったら大間違いだ!大人を馬鹿にするのも大概にしろ!」
「うるさい」
冷たく静かな声が一瞬怖いと思った。さっきまで泣きそうになっていた凛都が機嫌の悪そうな顔をしていた。
「皆と一緒なら、問題起こさないとでも?」
「そうだろう?異端があるから問題が起こるんだ」
「黒髪で長いスカート履いて真面目に授業受けてれば人殺さないですか?」
「なんだと?」
「あんたが言ってるのはそういう事だよ。金髪で短いスカート履いてるから不真面目だとか、良く知りもしないクセに見た目で判断しないで下さい」
凛都がキレた。
普段はおっとりしていて可愛らしい雰囲気を放っているが、一度切れると教師相手でも言葉を選ばない。
「学校はそういう所だと、教わらなかったか?」
「生徒は教師の駒じゃない。人形でもない。意志を持って生きてる人間だ。大人だからって考えを押し付けないで貰いたい」
「一般論だ。他の教師も呆れている。私達の時代にはお前らみたいな格好の子はいなかったとな」
「時代錯誤も良いとこですね」
「このまま更正の姿勢が見られない様なら、今すぐ退学だ」
生徒指導の正野ならそれなりの権限はある。私達を退学処分にする事など多分造作もない。
「──条件を出そう。裸で校内一周出来たら退学は取り消す。だが、出来ないと言うなら、今この場で退学処分にする」
…………は?
それってハラスメントじゃね……?
何言ってんだこいつ。
「やり遂げたら?」
「その格好を認めよう」
「そんなんで受け入れてくれるなら喜んでやるわ」
「凛都……」
「但し、やるのはあたしだけ。海凪にはさせたくない」
「なら二人分だ。二周しろ」
「やってやるよ」
「凛都!」
脱ぎ始める彼女を止めたけれど、凛都は聞かない。
「海凪は見せたくないでしょ?身体。だから、あたしだけ頑張ればいい事」
「でも……!」
「減るもんじゃないし、サクッと終わらせるから」
何の躊躇いも無く、制服を脱いでいく凛都を私は見ている事しか出来ない。無理矢理止めたら彼女の意志が意味を持たなくなる。正野の良いようにされる。でも、皆の前でこんな姿……
「──それ以上はやめとけ」
スカートを脱ごうとした凛都の手を止めたのはいつの間にか戻ってきた副担。気配が無かったので正野も驚いている。
「困りますね、正野先生。勝手にこんな事されては」
「指導の一貫だ」
「生徒を丸裸にして、得するのは貴方だけでしょう?エーブイの見すぎじゃありません?」
嘲笑うように副担が突っかかる。
「あんたはこいつらの副担だろう!?何故注意しない!」
「俺には迷惑掛かってないんで。個性を潰すのは教職者としてどうなんですかね」
「黙れ!私は生徒指導だ!風紀を乱す者は除外する!」
「アホらしい。だからいつまでも古臭いって言われんだよ、クソジジイ」
すごいな、副担……。言いたい放題だな……。スッキリするくらいハッキリものを言えるなんて。こんな人だったか……?
「お、お前……!なんて口の利き方……!」
「生徒の意志を尊重するのも貴方の役目では?」
「こいつらの意志などクソ喰らえだ!」
「へぇ。先程から風紀だなんだ言っている割に生徒を"こいつら”呼ばわりですか。それこそクソ喰らえですね」
「なっ……!」
「部外者は出ていって貰いたい」
押し負けたのは正野だ。まだ何か言いたそうな顔をしていたが副担を睨み付けながら出ていった。その瞬間、空気が変わり、張り詰めていたものが緩んだのを感じた。
「済まなかった」
副担は私達に向き直り、頭を下げた。
「……椎名先生は悪くない……」
「辛い思いをさせたのは事実だ。二度とこんな事ないようにするから」
それを言うのは副担じゃない。正野がしなければならない事だ。でもあの人が易々と頭を下げるとは思えない。
「ありがとうございます、先生」
「そのままだと風邪引くから」
自身のジャケットを凛都に掛け、傍観していたクラスメイト達に視線を向ける副担。
「動画や写真は削除願おうか」
空気がザワついた。
まさかさっきの出来事を録っていた奴がいたのか。
流石、副担。目敏い。
挙動不審な動きを見せた数人の生徒達に歩み寄り、副担は二度同じ事を告げた。後ろ姿で表情は見えなかったけれど、生徒達は怯えた表情をしていた。
「──これじゃあ、授業する気になんねーな。お前ら、自習にしていいぞ」
なんと優しい人だろうか。
そこまで生徒を気遣うとは。
正野に見習って貰いたいものだ。
「吉原と遊庵は保健室行っとけ。ここじゃ、落ち着かないだろ」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「こんなん普通だよ。終業時間まで休んでていいぞ」
私はさっと凛都が脱いだ服を持ち、彼女の手を引きながら教室から出た。そのまま黙って保健室へと向かう。
「……ありがとう、みーちゃん」
「お礼を言うのは私。守ってくれてありがと」
「……違う……。凛都、ちゃんと守りきれなかった……。正野の事見返したかった……」
「格好良かった。惚れ直した」
「……みーちゃん……」
「保健室着いたよ」
中に入るなり、凛都は我慢していたものを吐き出す様に泣き出した。相当怖かっただろう。
「次は私が凛都を守るから」
もう絶対、正野の好き勝手はさせない。
あいつは生徒を舐め腐ってる。
自分の言うことを聞かない生徒をとことん追い詰めるタイプだ。
力でねじ伏せられる訳にはいかない。
「みーちゃんが、傷付けられなくて良かった」
泣き止んだ凛都は愛らしく微笑みながら言った。
身体の傷跡の事は割と早めに打ち明けた。それで引かれても別に構わなかったので、サラッと話すと凛都は私の為に泣いてくれた。とても、優しい子なのだと思った。だから、この子の事は守らなければいけないと決めたんだ。
「凛都のギャップも凄いよね」
「そうかな」
「海凪って呼ばれるとドキッてするもん」
「そうなんだぁ。じゃあ、偶にそう呼ぼっかなぁ」
気持ちの切り替えが出来たみたいで、凛都は安定の笑みを浮かべていた。