蠢くもの
最近、気付いた事がある。
どうやら私は、巻き込まれ体質のようだ。
「また会えて嬉しいなぁ」
透花の妹に会ったその日の帰りに、捕まった。
なんて事だ……。
しかも、見覚えのある奴らだ。
稀と私を陵辱した忌々しいあいつらだ。
今度会った時は殺してやると誓った憎き相手。
そしてこういう時に透花は居ない。
代わりに居たのが、夏目先生だ。
私が絡まれているのを発見し、そのまま一緒に捕らわれた。
「今回も、狙ってやったの?」
「なにそれ?あんた綺麗だからもう一回やりたかった訳だよ」
彼らは何も変わっていない。卑しい笑みと嘲笑混じりの挑発と性欲丸出しの表情。とことんクソだな。
「この間、綺麗な男の子を襲ったでしょ?」
「……誰?男の子?」
「あんたらが女と間違えて拉致した子。覚えてない?」
「……あー!あの綺麗な子か!どう見ても女だと思ったんだよなぁ」
「そうそう!脱がしたら男だったし。でも綺麗だしヤる分には丁度いいかなって」
「すっげー泣き喚いてさ。超やばかった」
「その割にはよがってたしなぁ」
「今日はキミがそうなる番だよ」
抵抗する間もなく車にぶち込まれ、暗い廃工場みたいな所に降ろされた。私は後ろで両手を縛られ、夏目先生は腕ごとロープで縛られてしまった。誰かに聞かないと足など運ばない陰気な場所だ。恐らく叫んだ所で助けは来ない。
「誰に指示されてるの?」
「は?何言ってんの?丁度あんたを見かけたから誘っただけじゃん」
「今回は二人も居てラッキー」
「海凪さんには何もしないで下さい」
私を守るように夏目先生は彼らに伝えた。
「やだよ。二人とも俺らの遊びに付き合ってもらう。まぁ、女の方は色々面倒だから最低限のルールは守るけど。あんたは男だろ?妊娠のリスクも無いし、好き放題させて貰うよ」
「なんで、先生が男だって知ってるの?」
「え?だって男なんだろ?」
「初見で分かる人なんてそうそう居ないよ。私だって女の人だって思ったもん」
「そりゃ、声とかで………」
「先生は声も高いし、仕草だって美しいよ。誰かから聞いてないと分からない筈だ」
一瞬の動揺を見せた彼らに私は責め立てる。
「誰かが後ろにいるんでしょう?そうじゃないと分からない情報だよね?」
「煩い女だな。それ以上喋ると孕ませるよ?」
「好きにすればいい。その代わり、リスクならあなた達にも背負って貰う」
「強気だな。さっさと黙らせるか」
「やめて下さい!」
夏目先生が必死に止めるが、彼らは無視した。
「いいじゃん。もう交わった仲なんだし、そんな怖がるなよ」
「嫌だ……。気持ち悪い!」
「ほんと、ねじ伏せたくなるな」
彼らの顔つきが変わった。冷たい目で見られ、恐怖が増す。
「やだ……。触らないで……」
「いいねぇ。そうやって抵抗されるのが一番好き」
無数の手が身体に伸びてくる。制服の上から無造作に触られ、軈て服を脱がされ、直に肌に手が触れた。
それから先は思い出したくもない。
「海凪さん……!」
「ほら、先生はこっち」
夏目先生も彼らの思うがままにされていた。
大学生といっても夏目先生とはそんなに大差の無い体格。寧ろ彼らの方が逞しい体付きをしている。
私も先生も、何の抵抗も出来ずに弄ばれた。
解放されたのは、夜の十時頃だった。
いつの間にか両手は使えるようになっていて、その時に腕時計を確認した。
見渡しても当然彼らの姿は無い。相変わらず楽しい思いだけして放置か。巫山戯るな。
身体の痛みよりも怒りの方が強く込み上げてきて、爆発しそうだった。
「海凪さん」
私の肩に自分の上着を掛けながら夏目先生が心配そうな表情で顔色を見てきた。
「先生……」
見上げた瞬間、私はすぐに顔を逸らしてしまった。
先生も脱がされて好き勝手にされたのだろう。身体には痣がついていてそれが痛々しい。
「平気です。初めてでは無いので」
「……でも……。傷跡を見られるのは辛いですよ……」
「はい。けれど、付けられてしまったものは仕方ありません」
「……あんな事されたのに……?平気ってなに……」
「昔からです。容姿が整い過ぎているから男女問わず襲われた事があります」
「受け入れるのは違うんじゃないですか……」
「それは本人次第です。どんなに憎んでも相手の情報は無い。落ち込むだけ無駄です」
「私は嫌だ……!泣き寝入りなんて絶対しない!あいつら……捕まらないって思ってる。だから、見つけ出して殺してやりたい」
「その役目は私が負います」
「……えっ」
「貴方はまだ学生です。望む未来もあります。それをあんな奴らの所為で棒に振っては勿体ないですよ」
「関係ない……。やられたままなんて嫌だ……。弱い女だって思われてんのが一番ムカつく」
「彼らには必ず罰が降ります。悪い事を隠し通せる程彼らは切れ者では無い。ただの馬鹿です。愚か者は長生きしません」
「……先生……?」
「守れなくて申し訳ありませんでした」
「先生が謝らないでよ……。守って欲しいなんて頼んでない……」
「貴方は私の生徒です。どこに居ても生徒を守るのが担任の務めです」
この間は全く違うことを言っていたのに……。
ただの生徒と担任の関係だって吐き捨てるように言ったのに。
私が問題児だから……?
「立てますか?」
「はい……」
「先程、蘇芳先生に連絡をしたのでもうすぐここに来るでしょう」
暫くして一台の車がやって来た。
中から蘇芳先生が出てきて安心した。
「一度学校に戻りますか?その格好では帰るのは難しいかと……」
「あの……透花の家に送って貰えますか?」
「恵海さんの?」
「色々事情知ってるから受け入れて貰いやすいし……」
「分かりました。蘇芳先生、お願いします」
「了解」
先生達は深くは問わず、私を透花の家まで届けてくれた。その間、透花には連絡していたので玄関先で透花が待っていた。
「先生達も寄ってく?」
「いえ。もう遅いですから」
「そっか。気をつけて」
私と透花は先生達を見送った後、中に入った。
「ごめんね、透花……」
「いい。シャワー浴びてこいよ」
「うん……」
言われるがまま、私は浴室へと向かった。
透花の妹はもう眠っていて両親も明日までは帰って来れないらしい。私の両親も、透花と一緒なら安心だと思ってくれているので面倒が無くていい。
「それで?また同じ奴らに襲われたの?」
「うん……」
お風呂から上がると透花は飲み物を渡しながら聞いてきた。
「絶対、裏に誰か居るはずなんだよね……。じゃなきゃ、私の事なんて二回も拉致しようと思わないし、夏目先生の事も知ってたし」
「その線が妥当だな。あいつら、金で雇われてんじゃねぇ?学生なら金稼ぎには丁度いいもんな」
「女襲って金貰えるとか腐ってんな」
「馬鹿はそんなもんだよ。要らなくなったら不意に棄てられる。オレらがやらなくてもその内誰かに刺されるんじゃん?」
「私はやられっぱなしってこと?癪なんですけど」
「オレがあとでケアしてやるよ」
「えっ」
「……あ。悪い、嫌だよな……。襲われた後に……」
「良いけど」
「えっ」
「いや……忘れたいし。透花の事待たせてるし、怖い思いしたままじゃ嫌だから」
「……おぅ」
透花は少しだけ頬を赤らめた。
「じゃあ……抱くけど。嫌だったら言って!絶対言えよ」
「うん……」
「よし……。部屋、移動するか」
緊張なんて久しくしてない。
それなのに、初めて透花とする様な感覚に陥った。
「海凪」
透花は優しく私の名を呼び、微笑んだ。
私の知らぬ所で状況は変わるものだ。
あの学生達が何者かに襲われて病院へと搬送されたらしい。暴走族にでもやられたのかと思う位、全身バキバキにされて息も絶え絶えだったそうだ。誰も説明が出来ない位に喉を潰され、頭への打撃も相当だったらしく、マシな情報は得られなかったらしい。
メディアにはそれ程大きくは報道されず、すぐに流れていった。
「使えねーな」
暗闇の中、報道を見た少年が呟いた。
「まぁ、どうせ駒に過ぎないし」
「……もうやめろ」
「なに?僕に命令してんの?お前だって出来損ないのクセに」
少年は暗闇の中にいる青年に向かって吐き捨てた。
「次はあいつに頑張って貰わないとだなぁ」
口元に笑みを浮かべながら少年は愉しそうに呟く。
その様子を、青年はただ見ている事しか出来ない。
止めることも、ままならない。
「お前は大人しく学園生活を送っていればいい。余計な事したら殺すからね」
暴走していく少年を止めることは誰にも敵わない。
大切な人の為、少年は恨みを晴らそうとしている。
たとえ、それが実の弟であっても兄である青年には何も出来ない。そういう風になってしまった。
標的が最期を迎えるまで、平穏な日々は戻って来ない。