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第九話 「子供部屋と再会」

 

 目覚めてから二年の月日が流れた。

 俺は二歳になった。


 この歳にもなると、ベビーベッドは卒業ということになるらしい。

 短い間だったがアレには思い出が詰まっている。

 強くなるために試行錯誤した思い出、瞑想で隠れながら鍛えた思い出、不安になって涙をこぼした思い出……。

 だから寝室からベビーベッドが消えたときは、ちょっとだけ悲しい気持ちになった。


 とはいえ、人は成長し、変化していくもの。

 変化の途中には、捨てていかねばならぬものもあるだろう。仕方がないことだ。

 俺は割り切って、今後の交渉をすることにした。

 すなわち「子供部屋をくれ」ということである。


 赤ん坊と呼べる期間も終わり、ベビーベッドもなくなった。

 今後のことを考えると、訓練や思考する場所として個人的なスペースは確保しておきたかったのだ。


 前の俺は、六歳の頃に勉強教材と一緒に貰っていた。

 子供部屋に入ったときには、すでに机と中身がぎっしりの本棚が用意されていた。

 かつて子供部屋があった部屋を覘いてみたが、さすがにそれらの準備はないものの、十分なスペースがあった。

 元々子供部屋として使うつもりだったのかもしれない。


 とある休日の昼食時、三人並んで食卓を囲んだ際に交渉してみた。

 理由を聞かれたので、「自立心を育みたい」と答えた。


 二歳児が言うことではないが、一年じっくり演技した甲斐があった。

 二人とも感覚が麻痺しているようで、理由についてはすんなりと納得してくれた。

 ただ――、


「私は反対だわ! だって寂しいもの~っ!」


「そうだそうだっ、寂しいぞぉ!」


 二人には猛烈に反対され、猛烈に抱き締められた。

 二人とも滝のように涙と鼻水を流していた。


 俺の中の良心が痛む。だが、ここで流されるわけにはいかない。

 俺は必死に、粘り強く交渉した。

 結果として、週に一回は二人と寝ること、という条件で子供部屋をゲットした。

 父さんは頭を抱え、母さんは目元をうるうるとさせていたが、どうにか押しきれた。


 そして今日は、俺が子供部屋で寝始めて通算一ヶ月目。

 父さんと母さんはまだ心配なのか、さっきからドアを少し開けて中の様子を伺っている。

 ここ最近、ほとんど毎日こういう状態だ。


「あぁっ、大丈夫かしらラベルちゃん。一人で眠れるかしら」


「賢い子だからきっと大丈夫だろう。……でも寂しくなって泣き出すかもしれないから、ラベルが寝つくまでは見守るとするか」


「ううぅっ、ラベルちゃん……」


 昨日もその前も普通に寝てただろ……と言いたくなるが、

 まぁ、心配になるのもしょうがない。

 なんせ俺は二歳児だ。普通、まだまだ親離れなんてする年齢ではない。

 俺がもし親だったとしたら――、やはり断固として反対しただろう。

 中年の酒クズ万年童貞には関係ない話かもしれないがね。


 翌日、起きて顔を洗おうかと廊下に出ると、ドアの前で二人が寝ていた。

 父さんは腹を出していびきをかき、母さんは父さんの胸の上でくーすかしていた。


「……随分仲が宜しいようで」


 俺はベッドの上から毛布を引っ張ってきて、二人にかけてやった。

 父さんはフガと鼻を鳴らし、母さんはフニャと呟いた。

 何だかちょっとだけ、温かい気持ちになった。



 ◇◆◇



 部屋に戻り、俺は子供部屋をもらってから日課となっていた素振りを開始した。

 素振りに使う訓練用の木剣は、父さんに頼んで作ってもらった。

 息子が男の子的な遊びのためにせがんだのだと勘違いしてくれたようだ。


 二歳児にしては危ない遊びだろうなどという野暮なことは言ってこなかった。

 片手剣にしてほしいと頼んだが、ちゃんと二歳児の身長に合わせて作ってくれた。


「はぁ、はぁ、はっっ!」


 息を切らしながら剣を振るう。

 汗が舞い、木目の床に散らばった。


 現在、素振りは型の確認を行う「基本素振り」と、

 実戦を想定して行う「実戦想定素振り」の二つを交互に行っている。


 基本的な素振りに関しては、剣を振るう動きをこの身体に覚え込ませ、剣を振るうに適した筋力を作るために行っている。

 横薙ぎ、斬り上げ、振り下ろし。それぞれを百回ずつ三セットだ。


 続けて、実戦を想定した素振りを行う。

 これは赤ん坊の頃から続けていた魔闘術の訓練と同じようなものだ。

 圧倒的に大きな相手を想定し、回避や受け身などを交ぜながら素振りをする。


「ふっふっふっ、せぇあああっっ!」


 基本的な素振りはじっくりと時間を掛けて行うのに対して「実戦想定素振り」は短時間で超負荷をかけたトレーニングになっている。

 まぁ、意図して短時間になっているわけではないのだが。

 無数の触手が振り下ろされる中、くぐり抜け、剣で捌きながら前進することを想定して動くので、どうしても早く息が上がってしまう。

 加えて、魔闘術の『瞬転』や『鋼化』も織り交ぜているため、魔力消費も激しい。


「ぜぇ、ぜぇ、はあ……っ」


 二つの素振りが終われば、床にへたりこんでしまうのが癖になってしまっている。

 俺は汗で濡れた床を這って、壁に立てかけておいたポーションを手にとると一気に飲み込んだ。


「ごくごくごく……ふぅ」


 身体が大分楽になる。俺は壁に背をつけて長い溜息をついた。

 横を見ると、十本の小瓶に入れられたポーションが立てかけてある。

 もちろん二歳児が買い物などさせてもらえるはずもない。

 これらは母さんの研究室からくすねてきたものだった。


 母さんはポーション開発の研究者でもあった。

 新作のポーションを開発しては、自分で直接売り出すだけでなく、道具屋やギルドにも売っていた。

 そしてその開発途中でできる失敗作は、「ワケあり商品」として初級冒険者向けに安く販売していたのだ。


 粗悪品のポーションは母さんの研究室にある『冷蔵箱』に大量にストックしてある。

 一定量貯まったら売りに出しているらしいが、そもそもが失敗作であり初級冒険者へのボランティア的なものだったため、数を細かくは把握していないみたいだった。


 くすねてきたポーションは大いに役立った。

 本来、二歳児の身体での訓練には限界がある。

 赤ん坊の頃から鍛えてきたが、こんな素振りをしていたら身体がぶっ壊れるのは必至。

 将来的にも悪影響を及ぼすことだっただろう。

 ポーションでの疲労回復や筋繊維回復は、ありえない負荷の訓練を可能にさせてくれた。


(まぁ、罪悪感がないではないけど)


 だが、こんな激しい訓練をしていることがバレたら、反対されることは目に見えているからな。騙していることに気は引けるが、一々気を揉んでも仕方がない。

 俺は割り切ることにした。


(それにしても……)


 父さんと母さんの二人はまだ、ドアの前で仲良く眠っているようだ。

 ドアは閉めているが、魔力で分かる。二人はまだ目覚めていない。

 二人とも眠れないことが多い職業だ。加えて最近は子供部屋で眠る俺を一晩中見守っていただろうから、限界が来てもおかしくはなかった。


(「心配しなくていいのに」なんて、言えるわけないよなぁ)


 俺が心の中でそんなことを呟き、疲れた頭でボケーっとドアの方を見ていると。



 カランカラーン!



 不意に、家の中にベルの音が響いた。

 玄関のドアに取り付けているベルが揺らされ、音を拡げる魔道具が作動したのだろう。

 つまりは、誰かお客さんが来たのだ。


「父さん、母さん、誰か来たんだけど」


 俺は部屋の前で寝っ転がる二人に呼びかけた。

 だが。


「ふにゃ」


「フガ」


 という返答とも言えない返答。そうしている間にも、もう一度玄関のベルが鳴る。


(仕方ねぇなぁ)


 俺は玄関に向かうことにした。

 ご近所さんに天才二歳児の存在を知らしめれば、魔災害時協力を仰げるようになるかも!だなんて腹案も持ちながら。



         ◇◆◇



 玄関のドアを開けると、そこには女の子の姿があった。

 身長は小さい。とはいっても俺は二歳児なので、相手の方が二回りくらいは大きい。

 四歳児くらいだろうか。


「あら、随分と可愛いご近所さんだ」


 耳の裏に、女の子の声が何度も反響した。

 その幼い見た目からは予想もできないほど、理知的な口調だ。


「おっと済まない。挨拶がまだだったね、失礼した」


 ずっと聞いていたくなる、透き通るような声。

 安心するような、どこか距離を感じてしまうような、そんな声。

 俺は、この声を――、



「ぼくの名前はリュナ――リュナ・マリベール」



 ………………え?



「父の仕事の都合で、急遽隣に引っ越してきたんだ。長い付き合いになるだろうから、よろしく頼むよ」


 そう言って、くすりと笑ってから少女は俺の頭を撫でてくる。

 瞬間、俺の体の中には電流が奔ったかのような感覚があって思わずのけ反ってしまった。


「……リュナ?」


「うん……?」


 銀の髪の隙間から、理知的な琥珀の瞳が心配そうに揺れる。

 記憶の中の彼女よりも、随分と幼い。

 何度も見惚れた白銀の髪は腰まで伸びておらず、耳に掛かる程度だ。

 しかし、豆電球に照らされているだけなのに、その毛先には幻想的な極彩が灯っている。

 そして、その幼い体には似つかわしくない知性を感じさせる振る舞いは彼女だけのものだった。

 彼女にしか、できないものだった。


(本当……人生何周目だってんだよ)


 心の中で、思わず愚痴をこぼしてしまう。

 見間違えるわけがない。俺が彼女を、見間違えるわけがない。


「えっと……君とは初めまして、だよね?」


 きょとんとして首を傾けると、さらりと銀の髪が揺れる。

 呆けたような表情さえも、たまらなく愛おしい。


(……ああ、間違いない)


 大切で、憧れで、隣に立ちたいと狂えるほど願った――


 幼馴染の女の子が、そこにいた。


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