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第八話 「魔闘術」

 

 ベビーベッドの上で再び思考を加速させる。

 俺は生前に言われた言葉を思い出していた。


 ――強くなりたければ体術を鍛えろ。


 これは生前、所属していたパーティーの団長カイルが言っていたことであるが、これは身体能力強化の加護を持っていた俺だけに言っていたわけではない。


 体術はすべての近接戦闘を行う者達にとって基本中の基本だ。

 剣術や槍術などの武装術における魔獣に有効な攻撃の、基礎となるのは当然として。

 回避や防御など「死なないための技術」として、体術は重要な意味を持つ。

 いや、正確には単なる体術ではない。


 ――魔闘術。

 そう呼ばれる「魔力を使った体術」をこそ、近接戦闘における基本なのである。


 元々この魔闘術は父さんの先祖が暮らしていたという、東端の島国で発展したものだ。

 そこでは昔、刀と呼ばれる曲剣を持ち合って男たちが争っていた。俗に言う侍である。


 しかし、突如として西洋から魔術という技術が伝来する。


 魔術は強力だった。

 刀よりも遥か遠くから攻撃することができ、その威力も刀などとは比較にならない。

 サムライたちが捨て身で特攻を仕掛けたところで。

 一人の魔術師がいれば、百単位のサムライを殺すことができた。


 であれば、刀を捨て、我々も魔術を学ぼう。

 そういう流れになったそうだが、残念ながらその国の者たちには魔術の適正がなかった。

 呪術と呼ばれる魔術によく似た技術は昔からあったそうだが、一言呟けばいい魔術とは異なり、その呪術には多大なる儀式と詠唱が必要であった。


 そのため発展したのが『魔闘術』と呼ばれる、魔力を使った体術であった。

 刀を持ちながら、魔術による攻撃を避けることができる足の速さと、魔術をその身に受けても即死しない身体の強靭さを得る武術であった。


 その技術は年々発展していき、攻撃にも転用できるようになった。

 そしてその技術は、西洋にも逆輸入されていくことになる。


 魔術師が台頭していた西洋にて。

 東洋同様、今まで魔術師に敵うことができなかった者たちが魔獣にも遅れを取らなくなったのである。


 魔闘術を極めれば、敵の攻撃を受けず、受けても致命傷にはならない。

 近付き、魔力を込めて攻撃すれば魔術と同等の威力を出すことができる。


 この特性から、俺は魔闘術を極めようと思ったのである。

 魔害獣との戦闘、その中でも海月型との戦闘において、攻撃を受けるというのは即死に繋がる可能性があるということだ。

 奴らの触手は麻痺効果のある毒を分泌できるからである。

 触手が人体を貫通すれば、俺達は動けなくなるのだ。


 なるべく攻撃を受けない、受けたとしても鋼のような肉体で弾き返す。

 これができなければ、奴らには敵わない。

 そのために習得、洗練するべきは『瞬転(しゅんてん)』と『鋼化(こうか)』と呼ばれる魔闘術である。


 ――『瞬転』。

 それは魔力を足先に集中させ、高速移動を可能にする魔闘術である。

 攻撃の回避、標的への接近に必要な技だ。


 ――『鋼化』。

 それは魔力を身体に纏わせることで、硬度や耐性を上げる魔闘術である。

 毒を持つ魔獣との戦闘や、攻撃が当たった際の防御に必要な技だ。


 無論、これら二つの魔闘術は基本であるため、生前でも使えた。

 だが、極めたと言えば嘘になるだろう。


 『瞬転』は極めれば残像を残すほどの超加速となり、瞬間移動とも思えるような速さに到達するらしいし、『鋼化』は文字通り鋼鉄の如き硬さになり、アイアンウルフの牙さえ通さないと言われている。


(まずは、この二つを極める……)


 そうすれば、魔害獣を相手にしても、すぐに殺されるようなことはないだろう。

 戦闘を継続することさえできれば、勝ちの目も出てくるはずだ。


 リミットは刻々と迫っている。

 今度は迷わない。今度は現実から目を逸らさない。

 そう心に決め、俺は明日の訓練のためにも眠りについた。



         ◇◆◇



 俺が意識を取り戻して、一年の月日が流れた。

 意識を取り戻したタイミングは、どうやら生まれてすぐのことだったらしい。

 俺は一歳になった。


 日々の鍛錬の成果と言えるだろうが、俺はもう立てるようになっていた。

 家中を動き回っていたため、両親に怪しまれることもなかった。

 万々歳である。


 起き上がってリビングに向かう。

 食卓の前で座っていると、母さんがやってきた。


「おはよう、ラベルちゃん」


「かーさん、おはよぅ」


 発声がしっかりしてきたので、二人とコミュニケーションを取ることも可能になった。


「【水よ溢れよ(アクルエイト)】からの~……【炎よ焦がせ(フレアム)】」

 母さんはティーポットを手に取り、宙に浮かせた水球の中に、炎を灯らせる。

 そのまま魔術で作り出した温水を指先で器用に操りながら流しいれる。

 カップにお湯が注がれると、紅茶の良い香りがふわりと部屋に広がった。


 毎朝朝食前に紅茶が注がれるので、すっかりこの匂いを嗅いだらお腹が空くようになった。まぁ、口にするのは味の薄いスープとかヤワヤワなパンとかなんだけど。


(……はぁ、ツマミと麦酒が恋しいぜ……)


 などという文句を一歳児が言うのはおかしいので、今日も俺は良い子を演じる。


「かーさん、ごはん、くらさい」


「はいは~い、待っててね」


 母さんは俺の額にキスをしてくる。

 気恥ずかしいが仕方ない。俺は一歳児なのだ。


 ちなみに、話す言葉がカタコトなのは演出だ。

 いきなりペラペラ喋りだしてもおかしいからな。

 こういうのは徐々に流暢になっていって「ちょっと頭が回る子供」程度に思われるのがちょうどいいはずだ。


 などと考えていると、父さんが食卓にやってきた。


「ふぁぁ~」


 欠伸をしている。だらしない。

 おそらく、朝の支度もしていないのだろう。


「おはようラベル」


「おはよー、とーさん」


 額へのキスを甘んじて受け入れる。吐き気はするが、あと一年は我慢してやろう。

 あと一年したら第一次反抗期を理由にこの臭ぇ口とはおさらばだ。


「とーさん、眠いの?」


「ん、ああ、気にすんな」


 そうは言うが、さっきから頭を振り子のように動かしている。かなり眠そうだ。

 仕事が立て込んでいるのだろう。昨日の夜も工房から鉄を打つ音がしていた。

 工房には魔道具によって防音が施されているが、家の中くらいだったら軽く響くのだ。


 俺は日々の訓練で疲れていたから鉄を打つ音を子守歌代わりにして寝ていたが、父さんは最近立て込んでいたのかもしれない。

 ……仕方ない、マッサージぐらいしてやるか。

 などと考えていたら、父さんはまた船を漕ぎだした。


 そして父さんはテーブルに顔をぶつけた。

 何やってんだと言おうとするも、思わず喉が詰まる。

 父さんが顔をぶつけた衝撃で机が揺れたのだろう。

 机の端に置いてあるティーポットが今まさに床に落ちそうになっていた。

 俺が朝食をせがんだため、母さんはすぐ傍に置いていってしまったのだろう。


 白を基調とし、可愛い花柄と金をアクセントにしたティーポット。

 あれはきっと、母さんにとって大事なものだ。

 生前では見かけなかったが、俺や父さん、母さんが使っているティーカップとあのポットは同じデザインのものなのだ。

 皿洗いで毎回ピカピカにもしてある。あれを壊させるわけにはいかない。


 俺は床に深く体を沈みこませる。

 片足の指先――にはまだ負担が大きいため、両足の裏に魔力を集める。そして解放する。


「――シッ」


 距離にして五歩分を跳躍した。

 やけどしたら危ねえな、という思考を一瞬で働かせて何とか取っ手の部分を掴む。


(ふぅ……なんとかなった、けど……)


 バッシャーーン!

 横から勢いよく掴んだポットの蓋は外れ、紅茶は床にぶちまけられた。

 やべえどうしよう、と思っていたら、母さんの鼻歌が聞こえてきた。

 ちょうど料理を作り終えたのだろう、母さんが皿をテーブルに運んできたのだ。

 遅るおそる後ろを振り返ると、そこには驚いた表情の母さんがいた。


「ラベルちゃん……?」


 そしてその表情が、段々と怒りを帯びたものに変わっていく。


「何やってるのよもぉ~~!」


 ティーポットが取り上げられる。

 なるほど。確かに、ポットが落ちる瞬間を見ていなければ一歳児がイタズラで紅茶をぶちまけたようにも見えるかもしれない。


(理不尽だ……)


 世の中の子供は、こんな理不尽を日々味わっているのかもしれない。

 そう思ったが、文句を口にする気にはならなかった。

 とにかく、ポットは壊れなかったのだ。それでいいじゃないか。


(それに……)


 本来壊れるはずだったポットが壊れなかった。

 小さなことだ。だがこれは、未来は変えられるという証明にもなったはずだ。



 ……うん。

 切り替えて、今日も訓練を頑張るとしよう。





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