第五話 「転生?」
闇の底から意識を引っ張り出されて――強烈な光が視界を満たした。
(ま、眩しい……、ここはどこだ?)
視界がぼやけてハッキリしない。目を凝らしてみても、中々焦点が合わない。
分かるのは、自分の身体が柔らかいベッドの上にあるということだけだ。
(まさか、生き残ったのか? あの状況から?)
考え、即座に否定する。
魔害獣どもに食い散らかされた自分の身体は、四肢が捥がれ、内臓を引き抜かれていた。
たとえ特級相当の回復魔術であっても修復は不可能な状態にあったはずだ。
(なら、なぜ俺には意識がある? ここは一体どこなんだ?)
堂々巡りする思考をまとめられず、俺が悶々と頭を悩ませていると。
がちゃり、とドアが開いた。部屋に誰か入ってきたようだ。
「ラベルちゃ~ん。そろそろマンマの時間ですよ~」
声音から察するに、どうやら女性らしい。
おっとりした性格が垣間見えるような、それでいてどこか安心する懐かしい声だ。
(にしてもマンマって……赤ん坊でもあるまいし)
俺はツッコもうと思ったが、それどころではないことに気付く。
この女性は自分のことを「ラベル」と呼んだのだ。それはつまり俺の名前を把握しているということ。
……知り合い、ということだろうか。
(いや……)
冒険者に知り合いはいたが、内臓や四肢を再生するような、それこそ勇者レベルのヒーラーの知り合いなんていない。
それにこの歳になってからというもの、仲が良い知り合いは先立ったか、成功を収めて冒険者の街から離れていった。友達なんていなかった。
可能性があれば全てに適正を持っていた幼馴染くらいだが。
しばらく連絡は取っていなかったし……、うーん、現実的ではない気がする。
「あらあら難しい顔しちゃってどうしたのかしら。オムツはさっき替えたばかりよね……」
俺は一人で思考の世界に旅立っていた。考え事をする俺に女性の声は届かない。
「…………」
やがて俺は結論を下す。
(とりあえず、話を聞いてみるか)
――助け出してくれて、ありがとうございます。
――つかぬところお聞きしたいのですが、あなたはどなたで、ここはどこですか?
初対面の相手に対する著しいコミュニケーション能力の低さを自覚していた俺は、心の中で何度も言うべき言葉を繰り返し練習した。
よぉし、尋ねるぞぉ……と心を決めて、口を開いた。
「だぁーーー、うーーーー?」
言葉にすらなっていない声が、部屋の中に響いた。
俺は茫然とし、縋るような想いで女性の顔を見た。
表情は見えなかったが、女性の鈴を転がしたような笑い声が部屋に響いた。
◇◆◇
二ヶ月の月日が流れた。
これだけの時間が経つと、馬鹿で阿保で中年の酒クズだった俺でもさすがに気づく。
どうやら俺は、かつて愛読していたオタク向け絵巻物の主人公と同じ状況にあるのだと。
つまりは、赤ん坊の頃までタイムスリップしてしまったらしい、と。
前世の記憶を取り戻してから一週間目。
自分が赤ん坊であることに気付いたときは、もしや輪廻転生したのかと思った。
始祖タナエルを教祖とするタナエル教の教えでは、死者の魂は天上の世界に居るタナエルによって浄化され、再び世界へと降り立つのだという。
死と隣り合わせの冒険者という職業柄、タナエル教との関わりは最低限あった。
無論、死んだ仲間に祈りを捧げたり、冬の記念日にケーキを買ったりとかいうライトな信徒ではあったが。
その教えの一つである、輪廻転生のイレギュラーだと思い、最初は絶望した。
前世の最低な記憶を保持したまま、大切な人もいない世界で、気の遠くなるような時間生き続けなければならないなんて、無理だと思った。
いっそ自殺してしまおうとも考えた。
とはいえ、この体にまだ自殺をできるほどの運動能力はない。
時を待とう、と俺は思った。
一ヶ月の月日が流れた頃、俺は違和感を持ち始めた。
まず、俺の名前について。
この子供の両親である二人は、俺を前世の名である「ラベル」と呼んだ。
ただの偶然かと思ったが、違和感はさらに増えていく。
なんとこの二人の名も、前世の両親とまったく同一のものだったのだ。
俺の母の名はアーナ・エルレイン。
おっとりとした性格で、料理がとても上手かった。
母さんは元冒険者で、上級の回復術師だったと子供の頃に聞いたことがある。
この家のアーナという女性も慕われていたようで、時折昔の知り合いが挨拶に来た。
結婚する前に冒険者は辞め、新婚生活の傍らでポーション販売をしていたと話には聞いていたが、時折頭を撫でてくるアーナの手からは、ポーション特有の薬品と酸味の強い果実を混ぜたような独特の臭いがした。
父の名はバルド・エルレイン。
寡黙な仕事人という感じだが、ときどき抜けたところがあって、母さんにはよく尻に敷かれていた。
父さんは有能な鍛冶師で、元々は母さんと同じ冒険者のパーティーに専属の鍛冶師として働いていたと言っていた。
この家のバルドという男も同様に、アーナの知り合いとは仲が良さそうだった。
知り合い、とやらがあつまったとき、頑張って耳をそばたててみたところ。
結婚した後は上級冒険者や騎士軍――魔災害の対応にあたる国を超えた軍隊のような組織――の部隊長レベルの者たちのオーダーメイド装備を作っているそうだ。
……と、この情報も俺の知っている父さんのものと同じものだった。
そして俺に話しかけてくる二人の声は、すごく懐かしいものだった。
赤ん坊の視力ではまだ二人の姿をハッキリと把握することはできない。
だが、二人の声を聞くと、今はもういない両親の声を思い出しては涙が溢れた。
二人は、そんな俺を見て。
「この子、泣くには泣くのだけど、静かに泣くのよねぇ……。この間も夜中にシクシク泣いてるからびっくりしちゃって……」
「そうだな……、医者に診せてみるか」
というやり取りをよく交わし、二人は医者に俺を診せた。
結果は異状なし、とのこと。
まぁ、さすがに医者でも分からんだろうな、と思った。
二人を心配させるのも悪いと思い、泣くのを我慢するようにした。
二人は余計心配したようで、家に医者が来る回数が増えた。
親の心は難しい、と俺は思った。
◇◆◇
そして時は過ぎ、二ヶ月が経った今日。
視界も鮮明になり俺は確信したのだ。
どうやら俺は、愛読していたオタク向け絵巻ものの主人公と同じように。
過去にタイムリープ……逆行転生というものをしてしまったらしい、と。
そして思った。
これが、酒クズ中年オヤジが死に際に見た妄想ではないとするならば。
やり直せるかもしれない。
二人を守り、故郷を守り、取りこぼしてきたものを全て拾い尽くして。
なれるかもしれない。
遥か先を行く幼馴染の隣に立てる。隣に立って、誰よりも強い彼女を守れる。
そんなかつて欲してやまなかった、最強の勇者に。
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